反強磁性体におけるトポロジカルホール効果の実証に成功

反強磁性体におけるトポロジカルホール効果の実証に成功

磁気情報の新しい読み出し手法としての活用に期待

2023-4-21工学系
基礎工学研究科招へい准教授鈴木通人

研究成果のポイント

  • スピンの立体的な配列に起因して、電子の進行方向が曲がる現象「トポロジカルホール効果」を、磁化を持たない反強磁性体において実証することに成功しました。
  • 従来、ホール効果の発現には磁場や磁化が必要であると考えられていましたが、これらを必要とせずにホール効果を生み出せることが明らかになりました。
  • 磁化を持たない反強磁性体における磁気情報の読み出し手法として利用できるため、反強磁性体をベースにした新しい磁気記憶素子の開発につながることが期待されます。

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図. 立体的なスピン配列の反強磁性秩序が生み出すトポロジカルホール効果の模式図

概要

東京大学大学院工学系研究科の高木寛貴 大学院生(研究当時)、高木里奈 助教(研究当時)、関真一郎 准教授らの研究グループは、同物性研究所の中島多朗 准教授、同先端科学技術研究センターの有田亮太郎 教授らとの共同研究を通じて、スピンの立体的な配列に起因して電子の進行方向が曲げられる現象「トポロジカルホール効果」を、磁化を持たない反強磁性体において実証することに成功しました。ホール効果は、地磁気の検出や、強磁性体における磁気情報の読み出しなどに広く活用されている現象で、通常は磁場や磁化に比例して生じることが知られています。一方、本研究で注目した反強磁性体においては、四面体状のスピン配列の中を運動する電子が「曲がった空間」に由来した仮想磁場を感じることで、強磁性体に匹敵する巨大なホール効果が発現することが明らかになりました(図1)。上記の現象は、磁化を持たない反強磁性体における磁気情報の新たな読み出し原理として利用できることが期待され、反強磁性体をベースにした高速・高密度な新しい磁気情報素子の開発につながることが期待されます。

本研究成果は2023年4月20日(英国夏時間)に英国科学誌「Nature Physics」オンライン版に掲載されました。

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図1. 磁化を持つ強磁性体における通常のホール効果と、磁化を持たない反強磁性体におけるトポロジカルホール効果。前者では磁化が、後者では立体的なスピン配列が誘起する仮想磁場が、それぞれ電子(灰色の円)の進行方向を曲げる原因となる。赤い矢印はスピンの向きを表している。

研究の背景

ハードディスクや磁気抵抗メモリ(MRAM)に代表される現行の磁気記憶素子においては、スピンが平行に整列した強磁性体が利用されており、2つのスピン状態(スピンが上方向と下方向のどちらを向いているか)を利用して、磁気情報の保持が行われています。強磁性体に電流を流すと、磁化に比例した角度だけ電子の進行方向が曲がる「ホール効果」と呼ばれる現象が生じることが知られており、その符号を測定することで、電気的に2つのスピン状態を区別して読み出すことが可能です(図1左)。

 一方で、スピンが反平行に整列した反強磁性体の場合には、磁化がゼロであるために、ホール効果を利用した磁気情報の読み出しは困難であると考えられてきました。ところが、最近の理論研究によると、磁気秩序を構成するスピンの向きが同一平面上に無いような、非共面なスピン配列が実現している場合には、隣接する3つのスピンが生み出す立体角(スピンカイラリティ)に比例した仮想磁場を電子が感じることによって、巨大なホール効果が生じることが予測されています(図1右)。この「トポロジカルホール効果」と呼ばれる現象は、磁場や磁化と関係なく生じるため、反強磁性体における磁気情報の新しい読み出し手法として利用できることが期待されます。しかし、従来の研究例は大きな磁化を持った強磁性体に限られており、磁化を持たない反強磁性体におけるトポロジカルホール効果の実験的な検証が大きな課題となっていました。

研究の内容

そこで本研究では、CoTa3S6、CoNb3S6という2つの組成の反強磁性体に着目して、同現象の詳細な検証を行いました。この物質は、二次元ファンデルワールス物質であるTaS2(硫化タンタル)、NbS2(硫化ニオブ)の層間に磁性イオンであるCo(コバルト)を挿入した構造を持っており、磁化を持たない反強磁性体であるにも関わらず、巨大なホール効果を生じることがわかっています(図2)。そのスピン配列を明らかにするため、研究用原子炉JRR-3に設置された偏極中性子三軸分光器5G PONTA、および大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学研究施設に設置された中性子回折装置 BL15 TAIKAN、BL18 SENJU を利用して、中性子散乱実験による詳細な磁気構造解析を行いました。その結果、図3に示すような、四面体状の非共面なスピン配列が実現していることが明らかとなり、さらにこのスピン配列の安定性を理論的に確認することにも成功しました。以上の結果は、この物質の示す巨大なホール効果が、非共面なスピン配列が誘起する仮想磁場に由来したトポロジカルホール効果として良く理解できることを示しています。従来利用されてきた強磁性体が2つのスピン状態を持つように、今回着目した反強磁性体は図3のような2種類のスピン状態を持っており、これら2つの状態はそれぞれ逆符号のトポロジカルホール効果を生じます。上記の現象を利用することで、反強磁性体におけるスピン状態の電気的な読み出しを実現できることが明らかになりました。

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図2. 反強磁性体CoTa3S6の(a)結晶構造、(b)単結晶の写真、および(c)磁化とホール抵抗率の磁場依存性。ホール抵抗率は、明らかに磁化に比例しない振る舞いを示していることが読み取れる。

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図3. 反強磁性体CoTa3S6、CoNb3S6において実現している四面体状の非共面なスピン配列。2種類のスピン状態は、それぞれ逆符号のトポロジカルホール効果を生じるため、電気的に区別して読み出すことが可能となる。

今後の展望

本研究の結果は、磁化を持たない反強磁性体におけるスピン状態を、トポロジカルホール効果を利用して電気的に効率よく読み出せることを示しており、反強磁性体をベースにした新しい磁気情報素子の開発につながることが期待されます。反強磁性体は、これまで利用されてきた強磁性体と比べて、①磁気ビット間の干渉の原因になる漏れ磁場が存在しないため素子の微細化・集積化に有利である、②外場に対する応答が2〜3桁高速である、③磁気的な外乱に対する耐性が高い、といった特徴があるとされており、こうした応用上のメリットを享受できる、新しい磁気情報媒体として活用できる可能性があります。

また最近では、「スキルミオン」と呼ばれるスピンの渦巻き構造が、幾何学的に安定な粒子としての性質を持った高密度な情報担体の候補として注目を集めており(関連のプレスリリース)、今回発見された三角格子上の四面体状のスピン配列は、僅か数個の原子で構成される極小サイズのスキルミオンの集合体とみなすことが可能です。こうした新しいスピン配列を持った反強磁性体は、系の幾何学的な性質に起因して予測されるさまざまな量子現象を検証するための、理想的な舞台として活用できることが期待されます。

関連のプレスリリース

「新機構が生み出す過去最小の磁気渦粒子を発見 -超高密度な次世代情報担体としての活用に期待-」(2020/05/19)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/foe/press/setnws_202005190901563548026362.html

特記事項

論文情報
〈雑誌〉 Nature Physics (オンライン版4月20日(英国夏時間)掲載予定)
〈題名〉 Spontaneous topological Hall effect induced by non-coplanar antiferromagnetic order in intercalated van der Waals materials
〈著者〉 H. Takagi, R. Takagi, S. Minami, T. Nomoto, K. Ohishi, M.-T. Suzuki, Y. Yanagi, M. Hirayama, N. D. Khanh, K. Karube, H. Saito, D. Hashizume, R. Kiyanagi, Y. Tokura, R. Arita, T. Nakajima, S. Seki*
〈DOI〉 10.1038/s41567-023-02017-3
〈URL〉 https://doi.org/10.1038/s41567-023-02017-3

発表者
東京大学
 大学院工学系研究科
 物理工学専攻
  高木 寛貴(研究当時:修士課程)

 附属総合研究機構
  高木 里奈(研究当時:助教)
 〈研究当時:東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 助教、
  現所属:東京大学物性研究所 准教授、科学技術振興機構 さきがけ研究者〉
  関 真一郎(准教授)
 〈研究当時:科学技術振興機構 さきがけ研究者、
  現所属:東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 准教授〉

 附属量子相エレクトロニクス研究センター
  平山 元昭(特任准教授)
 〈理化学研究所創発物性科学研究センタートポロジカル材料設計研究ユニットユニットリーダー〉

 大学院理学系研究科 物理学専攻
  見波 将(研究当時:特任助教)
  〈現所属:京都大学大学院工学研究科機械理工学専攻 助教〉

 先端科学技術研究センター 計算物質科学分野
  野本 拓也(講師)〈科学技術振興機構 さきがけ研究者〉
  有田 亮太郎(教授)
  〈理化学研究所創発物性科学研究センター計算物質科学研究チーム チームリーダー〉 

 物性研究所 附属中性子科学研究施設
  齋藤 開(助教)
  中島 多朗(准教授)

 総合科学研究機構 中性子科学センター
  大石 一城(主任研究員)

東北大学 金属材料研究所
 鈴木 通人(准教授)
 〈大阪大学大学院基礎工学研究科スピントロニクス学術連携研究教育センター招へい准教授〉

富山県立大学 工学部 教養教育センター
 柳 有起(准教授)

理化学研究所 創発物性科学研究センター
 十倉 好紀(センター長)〈東京大学卓越教授(国際高等研究所東京カレッジ)〉

 強相関物質研究グループ
  軽部 皓介(研究員)
  Nguyen Duy Khanh(研究当時:研究員)
  〈現所属:東京大学大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター特任助教〉

 物質評価支援チーム
  橋爪 大輔(チームリーダー)

日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター 物質・生命科学ディビジョン
 鬼柳 亮嗣(研究副主幹)

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)の「トポロジカル材料科学と革新的機能創出」研究領域(No. JPMJPR18L5、JPMJPR20L7)および「情報担体とその集積のための材料・デバイス・システム」研究領域(No. JPMJPR20B4)、同戦略的創造研究推進事業CRESTの「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出」研究領域(No. JPMJCR1874)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 基盤研究S(No. JP21H04990、JP22H04965)、同基盤研究A(No. JP18H03685、JP20H00349、JP21H04437、JP21H04440)、同基盤研究B(No. JP19H01856、JP21H01789)、同基盤研究C(No. JP20K05299)、同挑戦的研究(萌芽)(No. JP20K2106、JP21K18595)、同若手研究(No. JP21K13873、JP21K13876)、同新学術領域研究(研究領域提案型)(No. JP19H05825、JP20H05262)、旭硝子財団、村田学術振興財団、東京大学克研究奨励賞、UTEC-UTokyo FSI Research Grant Programの助成を受けて行われました。中性子散乱実験は、J-PARC物質・生命科学実験施設とJRR-3の利用研究課題(2017L0701、2020B0119、21401、21511、22529)として行われました。

用語説明

スピン

エレクトロニクスの主役である電子は、電荷とスピンの2つの自由度を持つ粒子であることが知られています。このうち、スピンの自由度は、電子の自転が生み出す角運動量に由来しています。スピンは原子サイズの棒磁石のような性質を持っており、磁性体の中ではこのスピンが一定の規則に従って整列した状態が実現しています。

磁化

スピンは「磁気モーメント」と呼ばれるベクトル量によって特徴付けられ、単位体積あたりの磁気モーメントは「磁化」と呼ばれます。これは磁性体内部におけるスピンの平均値に相当します。

反強磁性体

私たちの日常で利用されている磁石は「強磁性体」と呼ばれ、その内部ではスピンが向きを揃えて平行に整列しており、大きな磁化が生じています。一方、スピンが反平行ないし四面体状に整列している場合には、磁化は打ち消し合ってゼロとなります。後者のような、磁化がゼロのスピン配列をもつ物質を「反強磁性体」と呼びます。

ホール効果

ホール効果とは、電子の進行方向が何らかの理由によって曲がる現象のことを指しています。通常、電子は電場に対して真っ直ぐに運動しますが、磁場や磁化が存在する環境下では、電場と直交した方向に電子を動かそうとする力が生じ、これがホール効果の起源となることが知られています。

仮想磁場

非共面なスピン配列の下で電子が運動する際に、電子が感じる仮想的な磁場のこと。量子力学的な効果に起因しており、現実の磁場をかけていないにも関わらず、あたかも磁場が存在しているかのように電子が振る舞うことから、このような名称で呼ばれています。

二次元ファンデルワールス物質

二次元の層が、分子間力の1種であるファンデルワールス力によって弱く結合した積層構造を持った物質のこと。グラフェンが代表的な例で、単層のシートを剥離して別の層状物質とさまざまな接合構造を作ることができるため、近年大きな注目を集めています。

中性子散乱

中性子は、原子核を構成する粒子の1つで、電子と同様にスピンの自由度を持っています。このため、電子に中性子をぶつけると、互いのスピンを感じることによって特徴的な散乱が生じます。物質中の電子スピンが何らかの秩序に従って整列している場合には、外部から中性子ビームを照射してその散乱パターンを解析することで、どのようなスピン配列が実現しているのか詳細に明らかにすることが可能です。