自己免疫疾患の新しい治療ターゲットを発見
免疫制御因子COMMD3/8複合体を標的とした治療薬開発の可能性
研究成果のポイント
- 免疫制御因子COMMD3/8複合体が自己免疫疾患の病態の悪化に関わることを発見
- 生薬の薬効成分であるセラストロールがCOMMD3/8複合体の働きを抑えることで、自己免疫疾患の病態を改善することを発見
- 本研究成果はCOMMD3/8複合体を標的とした自己免疫疾患の新しい治療薬の開発に直結する
概要
大阪大学免疫学フロンティア研究センターの鈴木一博 教授と白井太一朗 特任研究員(常勤)らの研究グループは、免疫制御因子COMMD3/8(コムディー・スリー・エイト)複合体が自己免疫疾患の病態の悪化に関わることを見出すとともに、COMMD3/8複合体の働きを抑える化合物を同定し、COMMD3/8複合体が自己免疫疾患の新たな治療ターゲットになり得ることを明らかにしました。
COMMD3/8複合体は、COMMD3とCOMMD8というタンパク質から構成され、免疫細胞の移動の制御に関わっています。研究グループのこれまでの研究から、COMMD3/8複合体がB細胞の移動を促すことにより、免疫応答を強める働きをすることが示されています。しかし、COMMD3/8複合体が自己免疫疾患の病態においてどのような役割を果たしているのかについては、解明されていませんでした。
今回、研究グループは、代表的な自己免疫疾患である関節リウマチと同様の症状を呈するマウス(関節リウマチモデルマウス)において、COMMD3/8複合体が病態の進行を促すことを突き止めました。さらに、COMMD3/8複合体の働きを抑える化合物としてセラストロールを同定し(図1)、セラストロールが関節リウマチモデルマウスの病態を改善することを示しました。本研究は、COMMD3/8複合体を標的とした自己免疫疾患の新たな治療薬の開発につながると期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Science Immunology」に、4月1日(土)午前3時(日本時間)に公開されました。
図1. セラストロールとCOMMD3/8複合体の相互作用
研究の背景
免疫系は本来、病原体などの異物に反応し、それらを排除すること(免疫応答)によって私達の体を守る仕組みです。効果的な免疫応答を引き起こすためには、体内の免疫細胞が適切なタイミングで適切な場所に移動することが必要不可欠です。一方、免疫系の異常により免疫応答の矛先が自己の組織に向かい、組織の機能が障害されてしまうことがあります。このような病気を自己免疫疾患と呼びますが、自己免疫疾患の病態においても免疫細胞の移動が重要な役割を果たしています。COMMD3/8複合体は、鈴木教授らの研究グループによって同定された分子であり、免疫細胞の移動をつかさどるケモカイン受容体のシグナル伝達に関わっています。研究グループのこれまでの研究から、COMMD3/8複合体が免疫細胞の一種であるB細胞の移動を促すことにより、免疫応答を強める働きをすることが示されています。しかし、COMMD3/8複合体が自己免疫疾患の病態においてどのような役割を果たしているのかについては、解明されていませんでした。
研究の内容
回、研究グループは、代表的な自己免疫疾患である関節リウマチと同様の症状を呈するマウス(関節リウマチモデルマウス)を用いて、COMMD3/8複合体の自己免疫疾患の病態における役割について研究しました。関節リウマチモデルマウスの体内でCOMMD3/8複合体を欠損させると、関節炎の進行が抑えられたことから(図2A)、COMMD3/8複合体が自己免疫疾患の病態の悪化に関わることが明らかになりました。これにより、COMMD3/8複合体の働きを抑える薬剤が自己免疫疾患の治療薬になる可能性が示唆されたことから、COMMD3/8複合体の働きを抑える化合物を探索した結果、セラストロールという化合物を同定しました。セラストロールは、抗炎症性の生薬ライコウトウの主要な薬効成分ですが、その薬理作用のメカニズムは十分に解明されていませんでした。セラストロールを関節リウマチモデルマウスに投与することによって、COMMD3/8複合体を欠損させた場合と同様に関節炎の進行が抑えられたことから(図2B)、セラストロールがCOMMD3/8複合体を標的として自己免疫疾患の病態を改善することがわかりました。
図2. COMMD3/8複合体の欠損(A)およびセラストロール(B)が関節リウマチモデルマウスの関節炎の重症度に及ぼす影響
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
今回の研究から、COMMD3/8複合体が自己免疫疾患の治療ターゲットになり得ることが明らかになりました。また、本研究は、セラストロールがCOMMD3/8複合体を標的分子として抗炎症作用を発揮することを明らかにし、セラストロールの薬理作用のメカニズムを分子レベルで解明した点においても有意義です。COMMD3/8複合体の働きを抑える化合物としてセラストロールが同定されたことから、セラストロールを起点(リード化合物)とするCOMMD3/8複合体の阻害剤の開発が可能になります。したがって、本研究成果は、COMMD3/8複合体を標的とした自己免疫疾患の新たな治療薬の開発に直結します。
特記事項
本研究成果は、2023年4月1日(土)午前3時(日本時間)に米国科学誌「Science Immunology」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Celastrol suppresses humoral immune responses and autoimmunity by targeting the COMMD3/8 complex”
著者名:白井太一朗1,2,中井晶子1,3,安藤恵美子1,藤本潤1,4,Sarah Leach1,有森貴夫5,肥後大輔6,Floris J. van Eerden7,8,Janyerkye Tulyeu9,10,Yu-Chen Liu11,奥崎大介10,11,12,村山正承13,宮田治彦14,布村一人15,Bangzhong Lin15,谷昭義15,熊ノ郷淳4,10,16,17,伊川正人10,14,James B. Wing9,10,Daron M. Standley7,8,10,高木淳一5,17,鈴木一博1,2,3,10*(* 責任筆者)
所属:
1. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 免疫応答動態学研究室
2. 大阪大学 大学院医学系研究科
3. 大阪大学 微生物病研究所 免疫応答動態分野
4. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
5. 大阪大学 蛋白質研究所 分子創製学研究室
6. サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社
7. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 免疫システム学研究室
8. 大阪大学 微生物病研究所 ゲノム情報解析分野
9. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター ヒト単一細胞免疫学研究室
10. 大阪大学 感染症総合教育研究拠点
11. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター ヒト免疫学(単一細胞ゲノミクス)研究室
12. 大阪大学 微生物病研究所 遺伝情報実験センター
13. 関西医科大学 附属生命医学研究所 モデル動物部門
14. 大阪大学 微生物病研究所 遺伝子機能解析分野
15. 大阪大学 大学院薬学研究科 附属化合物ライブラリー・スクリーニングセンター
16. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 感染病態学研究室
17. 大阪大学 先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門
DOI: 10.1126/sciimmunol.adc9324
本研究はAMED革新的先端研究開発支援事業(PRIME)、免疫アレルギー疾患実用化研究事業、創薬基盤推進研究事業、創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム、JSPS科学研究費補助金(基盤研究A、基盤研究B、基盤研究C、若手研究)、JSTムーンショット型研究開発事業、武田科学振興財団、かなえ医薬振興財団、中外製薬株式会社の支援を受けて行われました。
参考URL
大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 免疫応答動態学研究室 ホームページ
https://ird.ifrec.osaka-u.ac.jp/
用語説明
- 自己免疫疾患
本来は病原体などの異物に反応する免疫系が、自己の組織に反応して炎症を引き起こすことにより、組織の機能が障害される病気。代表的な自己免疫疾患として、関節リウマチや全身性エリテマトーデスがある。
- B細胞
リンパ球の一種。抗原を認識すると活性化し、形質細胞に分化すると抗体を産生する。
- ケモカイン受容体
細胞を誘引する活性をもつサイトカインであるケモカインの受容体。ケモカインが細胞表面のケモカイン受容体に結合すると、細胞内にその信号(シグナル)が伝達され、細胞がケモカインの存在する方向に移動する。
- ライコウトウ
炎症性疾患の治療に長年使用されてきた生薬。臨床試験において関節リウマチに有効であることが示されている。セラストロールはライコウトウの主要な薬効成分の一つとされている。