お腹の中に免疫系が形成される仕組みを明らかに

お腹の中に免疫系が形成される仕組みを明らかに

腹腔内感染症のメカニズム解明へ期待

2023-3-1生命科学・医学系
免疫学フロンティア研究センター特任准教授(常勤)岡部泰賢

研究成果のポイント

  • 腹腔免疫系の形成を制御するストローマ細胞を同定
  • 本ストローマ細胞がリンパ球の腹腔へのリクルート(流入)を制御することを解明
  • 腹腔内感染症のメカニズムの理解や治療法の開発へ繋がることが期待

概要

大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)恒常性免疫学研究室の岡部泰賢特任准教授(常勤)らの研究グループは、胃、肝臓、腸管、すい臓などの内臓を収納する腹腔(お腹の中)に免疫系が形成される仕組みを明らかにしました。

腹腔は本来、無菌的な空間です。しかし腹腔内に感染がおこり重篤化すると、細菌や毒素が全身をめぐり多臓器障害を伴う致死的な敗血症を引き起こす危険性があります。腹腔内臓器の大網は、腹腔内の感染の波及を防ぐ機能があり、『腹部の警察官』と例えられます。特に大網に存在する『大網乳斑』と呼ばれる二次リンパ組織に類似した白血球凝集体構造は、腹腔内に侵入した細菌に対する感染防御に中心的な役割を担います。しかし大網乳斑が形成される仕組みについてはよく分かっていませんでした。

今回、研究グループは、大網乳斑に存在する新しいストローマ細胞を同定し、この細胞の性質を詳細に解析しました。その結果、このストローマ細胞は血中からのリンパ球のリクルートを制御し、大網乳斑の形成に重要であることを明らかにしました(図1)。さらに、このストローマ細胞を除去したマウスでは、腹腔内のリンパ球の数が顕著に減少することを明らかにしました。今回の研究成果によって、腹腔内感染症における免疫応答の理解やその治療法の開発へ繋がることが期待されます。

本研究成果は、2023年3月1日(水)午前2時(日本時間)に米国科学誌「Journal of Experimental Medicine」(オンライン)に掲載されました。

20230301_1_1.png

図1. 本研究で同定したストローマ細胞(Aldh1a2+FRC)は、高内皮細静脈と呼ばれる特殊な血管構造を経由した大網乳斑へのリンパ球のリクルートを制御する。

研究の背景

胃、肝臓、腸管、すい臓などの内臓を収納する腹腔は、身体の中で最も大きな体腔です。腹腔は本来、無菌的な空間ですが、腸穿孔(腸に穴があく)や腹部外傷などの原因により腹腔内に細菌が侵入し感染が広がると、致死性の敗血症などの重篤な病態が引き起こされます。腹腔内臓器の大網には、『大網乳斑』と呼ばれる二次リンパ組織に類似した白血球凝集体構造が形成され、腹腔内の免疫応答に中心的な役割を担います(図2)。しかし大網乳斑が形成される仕組みについてはよく分かっていませんでした。

20230301_1_2.png

図2. マウス大網には最大で80個ほどの大網乳斑が存在する。右側は1つの大網乳斑を拡大した写真で、リンパ球を主とする白血球の凝集構造が観察される。Bar: 0.1mm。

研究の内容

今回、研究グループは、マウスの大網乳斑に存在するストローマ細胞について解析を行いました。その結果、細網繊維芽細胞(Fibroblastic reticular cell)と呼ばれるリンパ組織構造を支える細胞群の一部に、高いレチノイン酸合成活性を示す集団が存在することを見出しました。

遺伝学的な手法を用いてこの細胞をマウスの生体内から除去すると、大網乳斑の構造が著しく縮小することを見出しました。そこでシングルセルRNA-seqフローサイトメトリーを用いて大網乳斑を構成する白血球集団を解析した結果、血中からリクルートされるリンパ球の数が顕著に減少していることを見出しました。さらに研究グループは、本ストローマ細胞から産生されるレチノイン酸が血管内皮細胞に作用し、リンパ球のリクルートを誘導するケモカインCXCL12を制御することを示しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、腹腔内の病原体侵入の監視・応答を担う大網乳斑の形成メカニズムが明らかにされました。これらの知見は、腹腔内感染症のメカニズムの理解や治療法の開発へ繋がることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年3月1日に米国科学誌「Journal of Experimental Medicine」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Aldh1a2+ fibroblastic reticular cells regulate lymphocyte recruitment in omental milky spots”
著者名:Tomomi Yoshihara1 and Yasutaka Okabe1,2,3* (*責任著者)
所属:
1. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 恒常性免疫学
2. 大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)
3. 国立研究開発法人 科学技術振興機構 さきがけ

なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業、科学技術振興機構などの支援により行われました。

用語説明

ストローマ細胞

組織の支持構造を形成する非血球系の細胞

大網

胃から下方へエプロンのように垂れ下がる脂肪組織。

二次リンパ組織

免疫細胞が集中し、病原体に反応して免疫応答を行うリンパ節や脾臓などの臓器

シングルセルRNA-seq

数千~万の細胞集団に対して、1細胞ごとの遺伝子発現を網羅的に定量解析する手法

フローサイトメトリー

毎秒数千個以上の速度で細胞の形態やたんぱく質などの発現情報を解析する手法