合成粘土ががん創薬研究を変革する

合成粘土ががん創薬研究を変革する

合成粘土ナノ粒子でがん細胞3次元培養を高効率・低コストで実現へ

2023-2-21生命科学・医学系
薬学研究科教授辻川和丈

研究成果のポイント

  • 合成粘土ナノ粒子を取り込んだがん細胞は、より悪性化形質を獲得したスフェロイドを形成することを発見
  • これまで高価な培地や培養容器が必要だったがん細胞培養実験が、合成粘土ナノ粒子の使用で変革
  • がんの本態機能研究やがん治療創薬研究への応用展開に期待

概要

大阪大学大学院薬学研究科の平出祥啓特任研究員、辻川和丈教授らの研究グループは、クニミネ工業株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長 勢藤大輔、証券コード5388)との共同研究により、大腸がん細胞を合成粘土ナノ粒子含有培地で培養すると、より悪性化形質を獲得した3次元スフェロイドが形成されることを世界で初めて発見しました。

がん研究では、がん細胞を接着プレートで培養した2次元平面培養が主に利用されています。一方、がん組織においてがん細胞は3次元状態で存在しており、それに近い培養法として、高価な培養液や特殊培養容器を用いた方法が使用されていました。

今回、辻川教授らの研究グループは、合成粘土ナノ粒子を培養液に添加して培養することにより、安価な接着プレートと通常培養液の利用でも、大腸がん細胞がより悪性化形質を獲得し、3次元スフェロイドを形成することを発見しました。またこのような合成粘土ナノ粒子によるがん細胞の3次元スフェロイドの形成は、多様な種類のがん細胞でも認められています。よってこの技術により、がん研究や癌治療創薬研究の加速が期待されます。

本研究成果は、英国王立化学会誌「Lab on a chip」の2月21日号に掲載されました。

研究の背景

がん研究においては、培養がん細胞が重要なツールとして利用されています。がん細胞の培養では、現在接着培養容器を用いた2次元培養が主に使用されています。しかし、がん組織においてがん細胞は2次元平面状態ではなく、3次元立体的に増殖していきます。よって、がん組織をより模倣する培養法として、底面がU型の培養容器や、高価な培地や非接着培養容器が利用されています。しかし、U型培養容器は重力により沈殿する細胞を物理的に塊まらせて培養する手法であり、がん細胞自身の性質による3次元構築とは言えません。また非接着容器を用いた3次元培養では、細胞同士がくっつきあって大きな塊を形成してしまい、実験を進めるうえで支障となる場合もあります。

研究の内容

辻川教授らの研究グループでは、通常の培養液に合成粘土ナノ粒子を低濃度で添加することにより、安価な接着培養容器を使った培養でも効率良い3次元大腸がん細胞スフェロイドが均質に形成されることを可能としました(図1)。また、その大腸がん細胞スフェロイドでは、生体がん組織により近い悪性形質を有する遺伝子発現となっていることも発見しました。


さらに、この合成粘土ナノ粒子は大腸がん細胞のみではなく、膠芽腫、膵がん、腎がん、卵巣がんなど多様ながん細胞の培養においても、同様に安価、効率良い均質なスフェロイドを形成させることも見出しています。

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図1. 合成粘土ナノ粒子含有培地で培養して形成された大腸がん細胞スフェロイド(上図)とその走査型電子顕微鏡写真(下図)

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図2. Lab on a chip裏表紙に掲載されるartwork。
金色で示す合成粘土ナノ粒子ががん細胞に取り込まれると悪性化形質が増し、スフェロイドを形成する。右上の写真からローダミンで標識した合成粘土ナノ粒子(赤色)がスフェロイドを形成する細胞内に取り込まれていることが分かる。青色はHoechst33342による核染色を示す。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、がん研究で重要とされてきているがん細胞3次元培養がより実施しやすくなり、がんの本体解明に大きな研究展開が期待できます。また、アカデミアにおけるがん創薬研究の加速にも貢献することから、革新的な治療薬創成につながることも期待できます。

特記事項

本研究成果は、英国王立化学会誌「Lab on a chip」2023年2月21日号に掲載されます。また裏表紙に本研究のartwork(図2)が掲載されました。

タイトル:“A novel application of hectorite nanoclay for preparation of colorectal cancer spheroids with malignant potential”
著者名:Yoshihiro Hirade, Munehiro Kubota, Kaori Kitae, Harumi Yamamoto, Hiroko Omori, Susumu Shinoki, Takao Ohmura, Kazutake Tsujikawa
DOI:10.1039/d2lc00750a.

なお、本研究は、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)の生命科学・創薬研究支援基盤事業(創薬等先端技術支援プラットフォーム(BINDS))課題番号22ama121054の支援においてクニミネ工業株式会社との共同研究として行われました。

参考URL

辻川和丈教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/aaa761f915c413cc.html

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を

用語説明

合成粘土ナノ粒子

本研究では、スメクタイトというグループに属し、水ガラスなどの化学原料から水熱処理することにより人工的に合成された層状ケイ酸塩粘土鉱物が使用されています。その合成粘土は、不純物がなく、高純度であり、その厚みは約1 nm、幅は約100 nmであることからナノ粒子に分類されます。

スフェロイド

細胞同士が凝集して形成された塊はスフェロイドと呼ばれます。3次元培養により球形に組織化され(図1下)、よりがん組織に近い培養形状です。

悪性化形質

がんは、遺伝子の変異などにより生存に有利な性質を獲得した細胞が無秩序に増殖しながら、より悪性化した形質を獲得していきます。合成粘土ナノ粒子を用いることにより、培養系においてよりがんの悪性化形質と類似する遺伝子変異が認められています。