『外遊びが幼児期のデジタル視聴による神経発達への影響を弱める』可能性を世界で初めて明らかに
幼児期のデジタル視聴対策にあらたな方向性
研究成果のポイント
◆ これまでの知見 幼児期の長時間のデジタル視聴は神経発達に望ましくない影響を与える可能性がある。
◆ この論文の知見 幼児期の長時間のデジタル視聴は、
○ その後の神経発達(コミュニケーション機能・日常生活機能)に弱い影響がある。しかし、
○ その影響を、十分な外遊びで減らすことができるかもしれない。
◆ 今後の展望
○ 子どものデジタル視聴を減らすべきか、さらなる研究が必要である。
○ 子どものデジタル視聴の影響を減らす手立てを開発する必要がある。
概要
大阪大学大学院連合小児発達学研究科(大阪府吹田市)大学院生 杉山美加さん(博士後期課程)、浜松医科大学子どものこころの発達研究センター 兼 大阪大学大学院連合小児発達学研究科 土屋賢治特任教授(常勤)、浜松医科大学子どものこころの発達研究センター 西村倫子特任講師らの研究グループは、幼児期のスクリーンタイム(テレビを含むデジタル視聴の総称)とその後の子どもの神経発達の関連を解析しました。
これまで、幼児期のスクリーンタイムが長いと子どもの神経発達に望ましくない影響があるとの多くの報告がありましたが、それを否定する研究もありました。本研究は、コミュニケーション機能の発達に弱いながらも影響があることを示した一方、子どもの頻繁な外遊びがスクリーンタイムの望ましくない影響を緩和することを世界で初めて明らかにしました。
研究グループは、2007年より運営されている「浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)」に参加する885名の子どもの大規模追跡データを用い、浜松医科大学、大阪大学連合小児発達学研究科、国立成育医療研究センター、名古屋大学、ニューヨーク市立大学クイーンズ校の研究者とともに解析を行いました。
子どものスクリーンタイムをどのようにコントロールすべきか、社会全体で考えていく必要に迫られています。また、その影響を減らす外遊びなどの介入方法の深化も求められます。
本研究成果は、米国医学会科学誌「JAMA Pediatrics」に、1月24日(火)1時(日本時間)に公開されました。
研究の背景
テレビやDVDに加え、スマートフォンやタブレットなどをみる1日当たりの平均デジタル視聴時間を「スクリーンタイム(ST)」といいます。世界保健機関(WHO)は、2歳児のスクリーンタイムが1時間を超えることのないよう指針を出していますが、新型コロナウイルス感染が広がる昨今、指針を遵守する家庭はせいぜい3割程度との米国からの報告もあります。
幼児のSTが長いことのいちばんの心配は、神経発達学的予後(神経発達)にあります。すなわち、STが長いと、その後の言語機能、社会機能・対人機能(社会性)、運動機能の発達に望ましくない影響が生じたり、学業成績が低下したりする可能性が指摘されています。ただしSTの影響を否定する研究もあります。加えて、ST問題の理解と対応において以下の2つの未解決の課題が残されていました。
① 幼児期の長いSTが、子どものどんな機能に、どの程度影響するのか、確かでない。
② 幼児期のSTを減らす保健指導・介入がこれまでも行われてきたが、成功していない。
幼児のSTを減らすべきかどうか、もし減らすべきなのであればなぜなのか、そして、どのように
望ましくない影響を減らすとよいか、それを考えるための科学的根拠が十分に集まっていません。
研究の内容
研究グループは、2007年11月、浜松医科大学(静岡県浜松市東区)において大規模疫学研究「浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)」の運営を開始しました。その参加者は妊娠中の女性と、生まれてくる子どもです。研究グループは、2007年12月~2012年3月のあいだに生まれた1、258名の子どもたちの成長(身体発達、神経発達)を縦断的に追いかけてすでに15年目を迎えています。
同グループは、以下の仮説を立てました。
1) 2歳でST 1時間超の子どもは、4歳の神経発達学的予後スコアが低い。
2) 2歳でST 1時間超の子どもが、2~4歳で十分に外遊びをすると、
4歳の神経発達学的予後スコアが通常範囲におさまる。
仮説の背景に、外遊びが神経発達によい影響を与えることが知られています。STが神経発達に望ましくない影響を与えるのか、あるいは、STが増えると外遊びが減ることを通じて神経発達に影響するのか。もし仮説2が正しければ、仮にSTが神経発達に望ましくない影響を与えるとしても、外遊びを増やせば望ましくない影響を減らせるのではないかと、考えました。
この仮説の検証のため、今回、HBC Studyに参加した子どものうち885名を対象に、4歳の神経発達学的予後としての「コミュニケーション機能」「日常生活機能」「社会機能」の得点、2歳での「1日あたりのST」、2歳8か月での「1週当たりの外遊び日数」のデータを利用して、3つの変数の関連を媒介分析という手法を用いて解析しました。なお、STと神経発達学的予後との関連を説明するかもしれない第三の変数(交絡因子)として、「母親の教育歴」「父親の教育歴」「1歳6カ月における発達障がいの傾向」の有無を考慮しました。
① 2歳のSTが長い(1日1時間超)と、4歳のコミュニケーション機能が少し下がる(0.2SD)。
この低下は、2歳8か月の外遊びを増やしても(1週6日以上)、減らない。
② 2歳のSTが長い(1日1時間超)と、4歳の日常生活機能が少し下がる(0.1SD)。
この低下は、2歳8か月の外遊びを増やすと(1週6日以上)、大幅に減る。
③ 2歳のSTが長くても、4歳の社会機能は低下しない。
以上より、2歳のSTは、4歳の「コミュニケーション機能」「日常生活機能」を低下させるが、その影響の程度は限定的であり、とくに「日常生活機能」への影響は2~3歳に十分な外遊びをすることで緩和される可能性があること、また、2歳のSTは4歳の「社会機能」に明確な影響を与えていないこと、がわかりました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
① 「幼児期のSTのコントロールに関する指針の見直しの必要性を指摘した。」
世界には、STのコントロールに関するガイドラインがあります(WHOや米国小児医学会:2~5歳は1時間以内、など)。一方、わが国では、子どものSTのコントロールについて保護者向け啓発ガイドを作成しましたが、デジタル視聴のメリット・デメリットが提示されていないうえ、STに関する量的な目安もないことから、STのコントロールは育児を担う保護者の裁量に任されています(内閣府 2020: https://www8.cao.go.jp/youth/kankyou/internet_use/r01/leaf/pdf/leaf-print.pdf)。
さらに、ガイドラインの存在が知られていても、守られないことも分かっています(米国での2~5歳児家庭の遵守率 36%:McArthur et al. 2022, JAMA Pediatrics)。
保護者にSTのコントロールをゆだねる以外の方策を探るべきです。
②「幼児期のSTを減らすことに固執すべきではないことを示した。」
この研究に参加した子どもたちのSTの平均は2.6時間でした。育児に関わる多くの保護者が「手が離せないときに子どもにデジタルデバイスの利用をさせる」ことを経験しており、しかも「うしろめたさを感じ」つつ「STを減らしたくとも減らせない」ことが指摘されています(たとえば、ねとらぼ 2017年3月29日:https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1703/29/news013.html、神戸新聞NEXT 2021年10月31日:https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/omoshiro/202110/0014806098.shtml)。
本研究は、STを減らすこと以外に、外遊びや外出によってSTの望ましくない効果を減らせることを指摘しました。STを減らすことが難しい保護者に代替法を提示したことに意義があります。
なお、コロナ禍以降、世界中で子どもたちの外遊びの時間が減っています(Neville et al., 2022, JAMA Pediatr)。STを減らすことや外遊びを増やすこと以外にも、STがもたらす望ましくない影響を減らすための新たな手立てを積極的に開発すべきであることを示唆しています。考えられる手立てには、デジタル視聴のメリットを最大化する、という方略も含まれます。
③ 「『スマホ育児』というネガティブワードの見直しが必要であることを示した。」
デジタル機器を利用する子育てに対して、十分な根拠のないまま、それを否定的にみる空気があります。「スマホ育児」という言葉の定着によって、否定的な空気は両親、とりわけ母親の属性や行動様式に結び付けられがちです(例:のぶみ「ママのスマホになりたい」,2016,WAVE出版; 橋元ら,2020,東京大学大学院情報学環紀要「育児とスマートフォン」,https://www.iii.u-tokyo.ac.jp/manage/wp-content/uploads/2020/03/36_5.pdf)。
今回の結果は、「子どものSTを短くする必要があり、そのためには両親が『スマホ育児』をやめるべきである」という論調を見直すに十分なデータです。
特記事項
本研究成果は、2023年1月24日(火)1時(日本時間)に米国医学会科学誌「JAMA Pediatrics」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Outdoor play as a mitigating factor in the association between screen time for young children and neurodevelopmental outcomes.”
著者名:Mika Sugiyama, Kenji J. Tsuchiya (共同筆頭著者), Yusuke Okubo, Mohammad Shafiur Rahman, Satoshi Uchiyama, Taeko Harada, Toshiki Iwabuchi, Akemi Okumura, Chikako Nakayasu, Yuko Amma, Haruka Suzuki, Nagahide Takahashi, Barbara Kinsella-Kammerer, Yoko Nomura, Hiroaki Itoh, and Tomoko Nishimura(杉山美加、土屋賢治、大久保祐介、モハマド・シャフィウル・ラハマン、内山敏、原田妙子、岩渕俊樹、奥村明美、中安智香子、安間裕子、鈴木晴香、高橋長秀、バーバラ・キンセラ・カマラー、野村容子、伊東宏晃、西村倫子)
DOI:https://doi.org/10.1001/jamapediatrics.2022.5356
なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金(19H03582, 20K07941, 21KK0145, 22H00492)、AMED BIRTHDAY(JP21gk0110039)、米国精神衛生研究所(NIMH R01 MH102729)の支援を受け、また、大阪大学連合小児発達学研究科関連5大学 子どものこころの研究センターによる国際拠点形成とOUエコシステムアジア展開の一環として行われました。
参考URL
土屋賢治 特任教授(常勤)、西村倫子 特任講師(大阪大学大学院 連合小児発達学研究科 浜松校)
https://www.ugscd-osaka-u.ne.jp/
http://www.hama-med.ac.jp/education/united-graduate/index.html
(浜松医科大学子どものこころの発達研究センター)
https://rccmd.net/
高橋長秀 准教授
(名古屋大学医学部附属病院 精神科・親と子どもの心療科)
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/laboratory/clinical-med/clinical-neurosciences/psychiatry/
SDGsの目標
用語説明
- 神経発達
脳(中枢神経系)の成長・発達に伴ってあらわれる行動とその変化。小児発達学領域においては、運動機能(粗大運動・微細運動など)、感覚機能(視覚・聴覚など)、言語およびコミュニケーション機能(理解・表出・書字など)、対人・社会機能、日常生活機能などに分けて整理されることが多い。
乳幼児期には「運動機能」「言語機能」「(原初的)対人機能」を計測可能であるが、幼児期後期(4歳以降)になるとより複雑な機能、たとえば「コミュニケーション機能」(例:自分の意見を言える、他人の言い分を理解できる、など)、「日常生活機能」(例:食事のあとのお片づけを手伝う、出したものをしまえる、危険がわかる、など)、「社会機能」(例:ミスに気付いてあやまれる、必要に応じて挨拶ができる、など)を計測できる。「コミュニケーション機能」「日常生活機能」「社会機能」の3つは「運動機能」とあわせてしばしば「適応機能」とよばれ、小児期から成人期にかけての、いわば、生きる力を反映すると考えられ、臨床的に重視される(Sparrow et al., 1984)。一般に適応機能は知的機能(IQ:知能指数によて計測される)と相関するが、一致しない。
- 外遊び
本研究では、米国CDC(国立疾病予防センター)の調査に採用された定義をもとに、「1日に30分以上、外気にふれて息が多少弾む程度の活動を行った週当たりの日数」とした。この定義によれば、必ずしも外で走り回る遊びのみが「外遊び」とされるわけではなく、外での散歩や長時間の買い物も含まれる。なお、本研究の参加者の約半数が6日または7日であったため、解析においては6日以上である場合「外遊びが多い」と定めた。
- スクリーンタイム
一般に、テレビや動画、ゲーム画面などを視聴する1日当たりの時間をさす。本研究でのSTは、米国CDC(国立疾病予防センター)の調査に採用された定義をもとに、「テレビ、スマホ、タブレット、ゲーム機器などの画面を視聴する1日当たりの時間数。受動的・積極的にみているかどうかを問わない」とした。2歳の時点で毎日の平均のSTを保護者聴取し、記録した。1時間より長い場合、「STが長い」と定義した。1時間をカットオフと定めた理由は、世界保健機関WHOが、2歳児のSTは1時間以内におさめるべきである、としたことによる。
- 浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)
浜松医科大学子どものこころの発達研究センター(浜松市東区)で行われている、わが国を代表する出生コホート研究の一つ。出生コホート研究とは、分娩予定のある女性を募集し、生まれてくる新生児とその保護者を対象にその成長・変化のようすを長期にわたって追跡してデータ収集をおこなう研究手法を指す。HBC Studyは2007年11月に参加者の募集を開始、2007年12月に最初の新生児を登録、2012年3月まで募集を継続した。登録された新生児は生後1、4、6、10、14、18ヶ月、2歳、2歳8か月、3歳4ヶ月、4歳、6歳、9歳、13歳で保護者ととともに対面調査を受ける。調査の内容は神経発達、身体発達、生活環境など多岐にわたる。
- SD
標準偏差: Standard deviation。データのばらつき。正規分布したデータにおいては、平均値をとるひとは上位50%の順位に、平均値より1標準偏差分高い値をとるひとは上位16%の順位に位置する。教育テスト等で用いられる「偏差値」も平均値と標準偏差から計算される値であり、平均値には偏差値50が、平均値より1標準偏差分高い値には偏差値60(10増える)が割り振られる。