尿中エクソソームを用いて膀胱がんを診断する新たな検査法を確立

尿中エクソソームを用いて膀胱がんを診断する新たな検査法を確立

患者負担の少ない、膀胱がんの早期診断が可能に

2022-7-11生命科学・医学系
医学系研究科招へい准教授藤田和利

研究成果のポイント

  • 膀胱がん患者は健常者や良性疾患による血尿患者、膀胱炎患者と比較して、尿中エクソソーム表面の膜タンパクであるEphA2が有意に上昇することを発見
  • 尿からのエクソソーム回収にPSアフィニティー法を採用し、尿中エクソソーム表面のEphA2を簡易に測定する検査法を確立
  • 少量の尿のみで、患者負担が少ない膀胱がんの早期診断が可能に

概要

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)泌尿器科学教室准教授 藤田和利らを中心とした研究チームは、大阪大学大学院医学系研究科(大阪府吹田市)、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(大阪府茨木市)等との共同研究で、膀胱がん患者の尿中に分泌される細胞外小胞(エクソソーム)の膜タンパク「EphA2(エフエーツー)」を測定することで膀胱がんを診断する、新たな検査法を確立しました。本研究成果によって、患者負担の少ない、膀胱がんの早期診断が可能になると期待されます。

本件に関する論文が、令和4年(2022年)7月7日(木)(日本時間)に、がんの臨床研究を主に紹介する国際的な医学雑誌“British Journal of Cancer”にオンライン掲載されました。

20220711_1_1.png

研究の背景

膀胱がんは日本で年間約25,000人が発症し、早期に診断された場合は根治も可能ですが、進行して見つかると予後が非常に不良であるため、早期診断が特に重要です。

しかし、診断に用いられる膀胱鏡による検査は、患者負担が大きい刺激の強い方法で、費用も高く、スクリーニング検査には適しません。膀胱がんは血尿を契機に発見されることが多いですが、検診などで血尿を指摘されても、膀胱がんと診断される確率はわずか0.5%であり、負担の大きい膀胱鏡検査が多くの患者に不要に行われているのが現状です。

また、尿中にこぼれ落ちた細胞を専門の病理診断医が観察して診断する尿細胞診も、膀胱がんの診断法として一般的に用いられますが、正しく診断される確率は約30%程度と低く、がんの見逃しが問題となっています。

そのため、患者負担が少なく、かつ高精度に膀胱がんを診断できる検査法の開発が待ち望まれています。

研究の内容

研究チームは、膀胱がんが尿中に分泌するエクソソームという物質に着目しました。エクソソームとは、あらゆる細胞が体液中に分泌する細胞外小胞の一種で、細胞同士の情報伝達に用いられます。エクソソームには分泌元の細胞由来の分子が含まれるため、がん由来のエクソソームを研究することで、がんの診断や治療効果判定に利用できると近年期待されています。

そこで研究チームは、膀胱がん患者と非膀胱がん患者の尿中エクソソームのタンパクについて、質量分析器を用いて網羅的に解析することで、膀胱がん患者の尿中では「EphA2」というタンパクが増加することを発見し、これを膀胱がんの新規診断マーカーとして同定しました。さらに、尿からのエクソソーム回収にPSアフィニティー法(商品名:MagCapture™ Exosome Isolation Kit PS Ver.2 )を用いることで、尿中エクソソーム表面のEphA2を簡便に測定する検査法の確立にも成功しました。

本研究結果により、膀胱がんの診断時や経過観察時に繰り返し行われる膀胱鏡検査を減らし、患者の身体的、経済的負担を軽減することができると期待されます。現在、近畿大学病院において、本検査法の臨床応用を目指し、臨床試験を開始すべく準備を進めています。

20220711_1_2.png

研究の詳細

エクソソームは、あらゆる細胞から分泌される膜小胞で、体液中に安定して存在し、がん細胞からも分泌されています。がん由来エクソソームはがん由来の分子を含んでおり、がんの診断マーカーの探索源として近年有望視されています。研究チームは先行研究で、尿中に含まれるエクソソーム表面のタンパクと、がん組織から直接培養液中に分泌させたエクソソーム表面のタンパクを質量分析により網羅的に解析することで、両者の大部分が重複していることを確認し、尿が膀胱がん由来のエクソソームを検出するのに適切な体液であることを報告しています

今回の研究では、複数の候補タンパクについて質量分析で定量を行い、血尿や膀胱炎で上昇しない尿中エクソソームタンパクを絞り込みました。そのうえで、診断マーカー候補タンパクの中で特に有望であった尿中エクソソームタンパク「EphA2」に着目しました。

現在、尿中エクソソームの主要な回収法は超遠心法とされていますが、高額な機械(超遠心機)を必要とし、時間もかかることから、臨床現場での使用は現実的ではありません。そこで、研究チームは臨床応用可能な測定系の開発を行うべく、エクソソームの回収にPSアフィニティー法を採用しました。これは、エクソソーム膜面のホスファチジルセリンに結合するTim4タンパクを利用した技術で、高純度なエクソソームを短時間で回収することが可能です(商品名:MagCapture™ Exosome Isolation Kit PS Ver.2 )。研究チームは、PSアフィニティー法により尿5mlからエクソソームを回収し、プレートに固体化したEphA2抗体でEphA2陽性エクソソームを捕捉し、エクソソームの表面マーカーであるCD9に対する抗体でエクソソームを検出するELISA法による測定系(EXO-EphA2-CD9 ELISA)を開発しました(下図)。

20220711_1_3.png

この測定系により、尿からのエクソソーム回収およびエクソソームタンパク表面のEphA2の測定までを簡便に行うことが可能となりました。本検査法の膀胱がん診断を、72人の尿(膀胱がん患者36例、血尿や膀胱炎患者を含む非膀胱がん患者36例)を用いて評価したところ、感度(病気を言い当てられる確率)が61.1%、特異度(間違えて病気だと診断してしまわない確率)が97.2%と優れた診断能を示しました。現在膀胱がんのスクリーニング検査として一般的に用いられている尿細胞診の感度が50%に留まるのと比較しても、今回開発した検査方法が尿細胞診のみでは見落とされがちな早期膀胱がんの検出において、尿細胞診よりも優れることが分かりました。また、尿細胞診が病理診断医の習熟度に依存し、結果を得るのに1週間程度を要するのに対し、本検査は数時間で診断可能である点でも優れた検査法だと言えます。なお、尿細胞診と本検査を組み合わせた場合、感度80.6 % 、特異度97.2 %と診断能はさらに向上し、尿細胞診と本検査を同時に行うことで、膀胱がんの診断能が向上する可能性も示唆されました。

20220711_1_4.png

特記事項

【論文掲載】
掲載誌:British Journal of Cancer(インパクトファクター:7.64 @ 2021-2022)
論文名:EphA2 on urinary extracellular vesicles as a novel biomarker for bladder cancer diagnosis and its effect on the invasiveness of bladder cancer
(尿中エクソソームタンパクEphA2は膀胱がんの新規診断マーカーとなり、膀胱がんの浸潤を促進する)
著 者:冨山 栄輔 1, 藤田 和利1,2※, 松崎 恭介1, 鳴海 良平3, 山本 顕生1, 植村 俊彦1, 山道 岳1, 洪 陽子1, 松下 慎1, 林 裕次郎1, 橋本 士 2, 坂野 恵里2, 加藤 大悟1, 波多野 浩士1, 河嶋 厚成1, 植村 元秀1, 請川 亮4, 高尾 徹也5, 高田 晋吾6, 植村 天受2, 足立 淳3, 朝長 毅3, 野々村 祝夫1 ※責任著者
所 属:
1 大阪大学大学院医学系研究科器官制御外科学(泌尿器科)
2 近畿大学医学部泌尿器科学教室
3 医薬基盤・健康・栄養研究所プロテオームリサーチプロジェクト
4 富士フイルム和光純薬株式会社 
5 大阪急性期・総合医療センター泌尿器科
6 大阪警察病院泌尿器科

20220711_1_5.png

(解説図)ホスファチジルセリン(PS)結合分子を用いて細胞外小胞を金属イオン依存的に捕捉した後、キレート剤により溶出します。 https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/category/lifescience/exosome/index.html(富士フイルム和光純薬株式会社HPより)

用語説明

尿中エクソソーム

エクソソーム(Exosome)は、細胞から分泌される直径30-100 nmの膜小胞です。エクソソームの表面には細胞膜成分が、内部には細胞内の物質が含まれ、分泌された元の細胞の特徴を反映しています。さらに、体液(血液、髄液、尿など)中に安定して存在するため、病気の診断に使えるのではないかと注目を集めています。

エクソソームは細胞外小胞(Extracellular vesicle)の一種で、細胞外小胞にはエクソソームのほかにマイクロベシクル、アポトーシス小体があり、それぞれ産生機構や大きさが異なります。エクソソームの膜表面には特定のタンパク(CD9、CD63、CD81など)が多く存在するとされており、これらはエクソソームの回収や検出に利用されることもあります。

PSアフィニティー法

ホスファチジルセリン(PS)は、生細胞ではフリッパーゼという酵素の働きによって細胞膜の内側に配向しているのに対して、エクソソームでは膜の外側にも露出していることが知られています。また、T-cell immunoglobulin domain and mucin domain-containing protein 4(Tim4)というタンパク質は、カルシウムイオン依存的に PS と結合することがわかっています。

PSアフィニティー法とは、Tim4 を固相化した磁気ビーズを用いて細胞上清や体液中のエクソソームを回収する、新たなエクソソーム精製法です。従来のエクソソーム精製法と比べて、高純度なエクソソームをそのままの状態で簡便に精製することができ、これまでゴールドスタンダードとされてきた超遠心法を代替する新たなエクソソーム精製法として確立されつつあります。富士フイルム和光純薬株式会社は、PSアフィニティー法に対応した研究用試薬「MagCapture™ Exosome Isolation Kit PS Ver.2」 を販売しています。

(解説図参照)

尿が膀胱がん由来のエクソソームを検出するのに適切な体液であることを報告しています

論文名:尿中および組織由来細胞外⼩胞のプロテオミクス解析による膀胱がんのバイオマーカー開発(令和3年(2021年)5月)

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/cas.14881