CO2水素化によるメタノール合成の反応過程を解明

CO2水素化によるメタノール合成の反応過程を解明

2022-7-1工学系
工学研究科教授森川良忠

概要

二酸化炭素(CO2)の排出量は世界で増加し続けており、これを再利用する手段として注目されているのがCO2の水素化によるメタノール合成です。メタノールは今後、エネルギー媒体として、再生可能エネルギーを用いた社会において重要な役割を担うと期待されています。CO2の水素化によるメタノール合成では、銅(Cu)系触媒が用いられますが、反応温度の低温化と転換効率の向上が求められており、そのためには、反応メカニズムを明らかにすることが不可欠です。

本研究では、触媒の表面上でCO2の水素化が進行する反応メカニズムの概略を明らかにすることに成功しました。Cu(111)というモデル触媒を用いて、①モデル触媒の冷却、②水素原子による反応中間体の水素化、③反応中間体のエネルギー解析、の3つの戦略に基づいたアプローチをとりました。これらの実験結果に基づいて反応過程のエネルギーダイアグラムを作成し、実際の触媒から得られる実験値と合致することが分かりました。また、実験と第一原理電子状態計算の結果を解析し、CO2からフォーメート(HCOO)、ジオキシメチレン(H2COO)への水素化が、CO2水素化によるメタノール合成の素過程を構成し、全体の反応速度を決める過程であることを明らかにしました。

今後、本研究結果に基づいて、フォーメート(HCOO)からジオキシメチレン(H2COO)への水素化過程を加速する触媒や反応システムを構築することで、CO2の水素化によるメタノール合成を低温化し、転換効率を高めることを目指します。

研究の背景

2022年現在、世界のCO2排出量は350億トンを越えており、これは、人口1人あたり、平均して1日に10 kg以上ものCO2を排出していることに相当します。このCO2を再利用する技術として、メタノール合成が知られ、実用化がすでに始まっています。この反応は発熱反応であることから、反応温度が低いほど平衡転化率を高めることができますが、そのためには、反応メカニズムに基づいて触媒や反応システムを設計することが不可欠です。CO2の水素化によるメタノール合成では、Cu系触媒、特にCu/ZnO系触媒の活性が高く、半世紀にわたって研究が進められてきました。ところが、反応中間体の実験的な検出が困難なため、その反応素過程についてはいまだに明確になっていません。

反応メカニズムのうち、Cu/ZnO系触媒の活性点についても議論が続いており、Cu-Zn合金サイトとする説や ZnO-Cu 界面とする説があります。CO2の水素化によるメタノール合成の反応素過程が明らかになれば、これらの議論に対する結論を導くことができます。

研究内容と成果

本研究チームは、CO2の水素化によるメタノール合成(CO2+3H2→CH3OH+H2O)の素過程を明らかにするために、フォーメート種(HCOOa)を生成したCu(111)モデル触媒を用いました。この触媒を200 Kへ冷却した後に、原子状水素の曝露によって水素化を進行させ、反射赤外吸収分光法(IRAS)と昇温脱離法(TPD)による反応中間体の測定を行いました。その結果、HCOOaは銅触媒に対して、室温ではバイデンテート、200 Kではモノデンテートとして存在し、温度に応じて可逆的に変化することが分かりました。さらに200 Kで原子状水素による水素化を行うと、HCOOaはジオキシメチレン(H2COOa)へと水素化されることが分かりました(図1)。その後Cu(111)の加熱を行うと、200Kから290KへかけてH2COOaが減少し、代わりにHCOOaが増加しました。また、HCOOaを水素化した後には、HCOOaの水素化物としてホルムアルデヒド(HCHO)が微量に検出されました。これは、HCOOaが原子状水素によってH2COOaへ水素化され、さらに250 K付近でHCHOとHCOOaへ熱分解されることを意味します。この温度と生成量の比から、H2COOa→HCOOa+HaおよびH2COOa→HCHO+Oa活性化エネルギーを見積もると、それぞれ63 kJ/molおよび68 kJ/molとなりました。これらの値と第一原理計算および文献データを用いて、銅表面上でCO2からH2COOaを経由したCH3OH合成のエネルギーダイアグラムを作成しました(図2)。この図から、バイデンテートHCOOaからH2COOaへの水素化が律速段階となり、その活性化エネルギーは121±8 kJ/molと見積もられました。さらにCO2からのメタノール合成の見かけの活性化エネルギーは68±8 kJ/molとなり、実際のCu粉体触媒上での見かけの活性化エネルギーと合致しました。つまり、CO2の水素化によるメタノール合成では、HCOOaおよびH2COOaを経由して水素化が進行し、HCOOa+Ha→H2COOaが反応律速過程であることが裏付けられました。

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図1. 原子状水素を用いたフォーメートの水素化によるジオキシメチレン生成の模式図。(茶:銅原子、赤:酸素原子、灰:炭素原子、青:水素原子)

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図2. 本研究で得たCO2の水素化によるメタノール合成のエネルギーダイアグラム。紫字が今回の結果から解析した各種活性化エネルギーに対応し、その他の数値は文献値を表す。HCOOa+Ha→H2COOaの活性化エネルギー121±8 kJ/molが最も高く、反応が進行する定常状態ではエタノール合成全体の見かけの活性68±8 kJ/molとなり、銅粉体触媒上の値と合致することが分かった。

今後の展開

本研究チームは、今回明らかになった反応過程をもとに、Cu/ZnO系触媒の活性点とその役割を明らかにするべく研究を続けています。また、律速過程となるHCOOa+Ha→H2COOaの反応を加速する触媒および反応システムの開発につながると期待されます。

特記事項

掲載論文
【題 名】 Hydrogenation of formate species using atomic hydrogen on a Cu(111) model catalyst.
(Cu(111)モデル触媒表面上における原子状水素によるフォルメート種の水素化)
【著者名】 Kotaro Takeyasu⋆, Yasutaka Sawaki⋆, Takumi Imabayashi, Seputia Eka Marsha Putra, Harry Handoko Halim, Jiamei Quan, Yuji Hamamoto, Ikutaro Hamada, Yoshitada Morikawa, Takahiro Kondo, Tadahiro Fujitani, and Junji Nakamura* (⋆: Equal contribution)
【掲載誌】 Journal of the American Chemical Society
【掲載日】 2022年6月28日
【DOI】 10.1021/jacs.2c02797

本研究は、科学研究費補助金(萌芽研究:20K21099、学術変革研究A「大規模・高精度な第一原理計算による超秩序構造の機能解明とデザイン計画研究」:20H05883、新学術領域「ハイドロジェノミクス」:18H05519)、筑波大学産学連携強化プロジェクト、他の研究プロジェクトの一環として実施されました。

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 12 つくる責任つかう責任
  • 13 気候変動に具体的な対策を

用語説明

バイデンテートおよびモノデンテートフォーメート

フォーメートは銅触媒の表面に対して2種類の吸着構造をとる。バイデンテート(二座位)では、フォーメートの2つの酸素原子が両方とも銅表面に吸着し、モノデンテート(一座位)では、1つの酸素原子が銅表面に吸着し、もう1つの酸素原子を浮かせた構造になっている。

原子状水素

水素原子と同義。水素分子を熱的に解離させ、原子状にして曝露し、フォーメートの水素化を行った。

活性化エネルギー

化学反応が進行する際に、エネルギー的に越えなければならない山の高さを指す。

第一原理計算

物質の原子配列の最適構造と電子状態を、量子力学の基本原理に基づいて計算する手法。今回は、反応中間体の安定構造、電子状態、振動波数を算出するために用いた。

エネルギーダイアグラム

反応中間体のエネルギーや活性化エネルギーを化学反応の進行方向に対して図示したもの。

見かけの活性化エネルギー

反応素過程における個別の活性化エネルギーに対して、ある化学反応が進行する際に正味で越えなければならないように見える活性化エネルギーの大きさを指す。