水質変成鉱物 方解石(炭酸カルシウム結晶)の新しい衝撃指標を確立
水を含む天体の衝突の歴史を紐解く辞書
研究成果のポイント
- 岩石は様々な鉱物の集合体。隕石に含まれる鉱物にみられる「衝撃変成組織」は過去の天体衝突の証拠。
- 水や有機物を多く含む炭素質隕石は過去に水–岩石–有機物が反応した水質変成を経験している。方解石(炭酸カルシウム)は水質変成で形成される鉱物で、はやぶさ2が持ち帰ったリュウグウの試料にも含まれていた。
- 二段式軽ガス衝撃銃を用いて大理石(方解石からなる岩石)に実験的に衝撃を加え、回収した試料を詳細に観察。「波状消光」と呼ばれる変成組織が3万気圧の衝撃圧力で発生することがわかった。
- 3万気圧の衝撃圧力は比較的浅い領域のみで達成される。もしリュウグウやベンヌの試料中に波状消光を示す方解石粒子が発見された場合、その母天体上の比較的浅い領域で水–岩石–有機物反応が起きていたことを示唆する。
概要
我々が普段目にする岩石は鉱物が固まってできた集合体です。宇宙から飛来し、地球上で発見された岩石が隕石です。多くの隕石は「歪んだ鉱物組織」を含んでいます。これは「衝撃変成組織」と呼ばれ、その隕石が元となる天体(母天体)上で過去に経験した天体衝突の証拠です。天体衝突の条件と生成される衝撃変成組織の関係が明らかであれば、衝撃変成組織から「過去の太陽系でどんな天体衝突が起きていたのか? 」その動的な姿を蘇らせることができます。そのためには衝撃変成組織を読み解くための「辞書」が必要です。
2020年末にはやぶさ2が小惑星リュウグウの試料を持ち帰り、現在も詳細な分析が行われています。また2023年には米国のオサイリスレックス探査機が小惑星ベンヌの試料を持ち帰る予定です。これまでの結果から、小惑星リュウグウの岩石は水と有機物を多く含む炭素質隕石に近く、過去に鉱物と水の反応(水質変成)を受けていることがわかってきました。現状では水質変成を受けた鉱物の衝撃変成組織についてはあまり調べられていませんでした。水質変成の結果として生成される鉱物の一つに方解石(炭酸カルシウム)があります。方解石はリュウグウ試料中に含まれていました。またベンヌの表面には炭酸塩の鉱脈が露出していることがわかっており、ベンヌ試料にも方解石が含まれている可能性があります。方解石の衝撃変成についてはごく弱い衝撃(5千気圧未満)、もしくは非常に強い衝撃(20万気圧)についてのみ知られていました。その中間の衝撃データを取得し、方解石についての辞書の記載を完成させることが必要でした。
衝撃変成組織を調べる実験手法は3つ提案されていますが、そのいずれにも問題点があり、時間的にも費用的にもコストが高く、多くの実験データを短期間で取得することは困難でした。千葉工業大学 惑星探査研究センターの黒澤耕介上席研究員を中心とする研究チーム(千葉工業大学、岡山理科大学、大阪大学、海洋研究開発機構、東京大学、東京工業大学、高知大学、広島大学)は先行研究の弱点を克服し、効率のよいデータ蓄積を可能にする新しい実験手法を開発しました。イタリア カッラーラ産の良質な大理石(方解石のかたまり)を用いて衝撃実験を実施(図1)し、回収試料を偏光顕微鏡、X線マイクロCT、 微小部X線回折法を用いて詳細に観察(図2、図3)しました。大理石が経験した衝撃圧力は衝突実験と同条件で数値衝突計算を実施し推定しました。その結果、3万気圧を超える衝撃圧力が加わった場合に方解石粒子の大部分が「波状消光」と呼ばれる不均質な光学的特徴を示すことを確かめました。
更に研究チームは典型的な隕石母天体の衝突破壊を想定した数値衝突計算結果を解析しました。この計算では直径100 kmの母天体に直径20 kmの天体が秒速5 kmで衝突させ3万気圧を超える衝撃圧力が加わる領域の広さを調べました。波状消光を示すような粒子が発生する領域は、衝突点からおよそ30 km程度の領域に限られることがわかりました。現時点ではまだ調べられていませんが、もし仮にリュウグウ試料中の方解石が波状消光を示した場合、地球に持ち帰られた試料の少なくとも一部はリュウグウ母天体の30 kmより浅いところにあった可能性が高いといえるでしょう。このような議論はリュウグウ試料だけでなく、ベンヌ試料や炭素質隕石の分析にも適用できます。研究チームの黒澤、三河内、富岡、玄田はリュウグウ試料の初期分析チームに所属しています。本実験で得られた知見を、リュウグウ試料の分析結果を解釈する際に提供する予定です。
成果はアメリカ地球物理学連合が発行する「Journal of Geophysical Research Planets」の6月2日付け電子版に掲載されました。
図1. (a) 今回用いた実験試料の写真。イタリア カラーラ産の大理石を直径30 mm、長さ24 mmの円柱形状に加工して使用しました。この大理石は100–300ミクロンほどの方解石粒子がほとんど隙間を含まずに固結している良質な岩石(堆積岩)です。円柱試料をチタン製の金属コンテナに封入してチタン製の前蓋で閉じ真空チャンバ内に配置しました。その後、二段式軽ガス衝撃銃で加速した高速飛翔体をチタン前蓋に衝突させることによって大理石試料に衝撃波を作用させました。飛翔体は直径5 mmのポリカーボネートです。 (b) 千葉工業大学に設置されている二段式軽ガス衝撃銃の写真です。
図2. (a)薄片に加工した衝撃後の大理石の薄片写真(偏光顕微鏡で撮影。透過光、直光ニコル)。飛翔体の大きさを円で示しています。白い点線より下では、試料が元の場所にそのままとどまった状態で回収できました。爆心点近傍では方解石粒子が激しく損傷し、光を通しにくくなっていますが、衝突点遠方ではほぼ無傷の方解石粒子が残っていることがわかります。爆心点から視て真下に位置する白い長方形の領域を赤い長方形の小領域に区切って偏光顕微鏡で観察し、波状消光を示す粒子の数を数えました。(b) 数値衝突計算で求めた白い長方形の領域の衝撃圧力の分布。
図3. 回収した試料の顕微鏡写真を拡大して示します。爆心点からの距離と経験した衝撃圧力が異なります。(a) 距離は5 mm、衝撃圧力は4万気圧、(b)距離は20 mm、衝撃圧力は1万気圧。(a)に示した4万気圧を経験した方解石粒子は全体にまだら状に黒っぽく写っていますが、(b)に示した1万気圧の粒子では明暗のコントラストがはっきりしていることがわかります。波状消光は(b)に示した粒子のようなきれいな消光が観られなくなる状態のことを指しています。これは結晶構造が衝撃によって歪んでしまうことが原因です。
特記事項
<掲載論文>
Kosuke Kurosawa, Haruka Ono, Takafumi Niihara, Tatsuhiro Sakaiya, Tadashi Kondo, Naotaka Tomioka, Takashi Mikouchi, Hidenori Genda, Takuya Matsuzaki, Masahiro Kayama, Mizuho Koike, Yuji Sano, Masafumi Murayama, Wataru Satake and Takafumi Matsui (2022), Shock recovery with decaying compressive pulses: Shock effects in calcite (CaCO3) around the Hugoniot elastic limit, Journal of Geophysical Research Planets, 127, e2021JE007133, https://doi.org/10.1029/2021JE007133
本研究は科学研究費補助金JP18KK0092、JP19H00726、JP21K18660の援助を受けて実施されました。
用語説明
- リュウグウ試料中に含まれていました
令和4年6月10日付け、JAXA プレスリリース 小惑星探査機「はやぶさ2」初期分析 化学分析チーム 研究成果の科学誌「Science」論文掲載について
- 効率のよいデータ蓄積を可能にする新しい実験手法を開発しました
衝撃変成組織を読み解く辞書として、1970年代にDieter Stöffler博士が提案した分類表が頻繁に使われています。この分類表に記載されていない鉱物の衝撃指標を新たに確立するためには、(1)衝撃を加えていない試料との差異が明確であり、再現性があること、(2)回収した試料が経験した衝撃圧力を推定可能であり、衝撃変成組織との対応が可能であることが求められます。その2つを満たすために多くの実験が行われてきましたが、時間的、費用的コストが高く、Stöffler博士の分類表の記載は限られたものになっていました。そこで本研究チームでは従来手法の弱点を取り除いた実験手法を開発しました。その内容を次に示します。千葉工業大学 惑星探査研究センターに設置された二段式軽ガス衝撃銃で直径5 mmのプラスチック飛翔体を加速させ、標的に衝突させます。標的は図1に示した大理石試料を封入した金属コンテナの前蓋です。発生した衝撃波は内部の大理石に伝わり、方解石が衝撃を受けます。金属コンテナに封入しておくことで、試料が破砕されてしまうことを防ぐことができます。このとき大理石試料(直径30 mm)よりも十分に小さい飛翔体(直径4。8 mm)を用いると、試料中で衝撃波が減衰します。この減衰を利用して様々な衝撃圧力を経験した方解石粒子を1回の実験で回収することができます。この方法の難点は衝撃圧力の推定が難しいことです。本研究では、計算機中で同じ衝突条件を再現することで大理石内部の衝撃波の減衰の様子を数値的に解き、それぞれの位置にある方解石粒子が経験した衝撃圧力を計算することで、この難点を克服しました。数値的に推定した衝撃圧力の信頼性は別途圧力計を用いた実験を実施して直接圧力を計測することで検証しました。実測値と計算値のずれは最大でも2倍程度であり、本論文の主要な結論を変えるほどには大きくないことを確かめています。
- 微小部X線回折法
衝撃を受けた大理石試料は脆いため樹脂を浸透させた後に分析を実施しました。5回行った衝撃実験の試料のうちの1つは高知大学 海洋コア総合研究センターのX線マイクロCT装置で内部構造の観察を行いました。この計測で衝撃によるダメージは試料中の射線軸に対してほぼ軸対称に分布していることを確認しました。全ての衝撃を受けた大理石試料は真っ二つに切断し、射線軸に平行な方向の断面を薄片に加工しました。この薄片を千葉工業大学 惑星探査研究センターに設置されている偏光顕微鏡、および大阪大学 大学院理学研究科に設置されている微小部X線回折装置で観察、分析しました。これらの装置によって大理石に含まれる方解石の結晶が衝撃によって損傷を受けているかどうかを調べました。
- 数値衝突計算結果
こちらの計算は以前にプレスリリースをした先行研究で実施されたものです。本研究では計算データを再解析して利用しました。
令和3年8月2日付け、千葉工業大学プレスリリースリュウグウが半乾きになった原因は天体衝突ではない -リュウグウ模擬試料を用いた高速度衝突実験から試料分析への示唆-