新たな冷却方法やエネルギー輸送の実現に期待

新たな冷却方法やエネルギー輸送の実現に期待

高効率なアンチストークス発光を示す半導体複合ナノ構造材料を発見

2022-4-20工学系
工学研究科教授小島一信

概要

千葉大学大学院理学研究院の梶野 祐人特任研究員(現・九州大学先導物質化学研究所 学術研究員)、山田 泰裕准教授、京都大学化学研究所の金光 義彦教授、大阪大学大学院工学研究科の小島 一信教授らの共同研究グループは、半導体のCs4PbBr6結晶内部に埋め込まれたCsPbBr3ナノ構造から高効率なアンチストークス発光を観測することに成功しました。高効率なアンチストークス発光は、光を照射することで半導体の温度を下げる「半導体光学冷却」の実現の道を拓くものであり、冷媒やコンプレッサーを使わない「無振動無冷媒」冷却の実現や、熱を光に変換して輸送するような新しいエネルギー利用も期待できます。

本研究成果は、米国物理学会の国際学術誌 Physical Review Materials に2022年4月14日に掲載されました。

研究の背景

太陽の日差しを浴びると暖かく感じます。これは、光のもつエネルギーが物質に受け渡されることで、物質の総エネルギー量が増大し、温度が上がるためです。このように通常は光を物質に照射すると、物質の温度は上昇します。一方で、光を使うことで物質の温度を下げることも可能で、特に原子気体ではレーザー冷却として盛んに研究が行われてきました。この場合は、光の「圧力」を使って気体原子の運動を止めることで冷却を実現します。ただし、気体原子はとても密度が低いので、レーザー冷却の技術を使って身の回りのモノを冷やすことはできません。

光を用いた冷却は、原子気体だけでなく固体でも研究されています。固体レーザー冷却では、入射光よりも高いエネルギーの光を放出する過程(アンチストークス発光)を利用します(図1)。高効率にアンチストークス発光が生じれば、光を当てるほど物質はエネルギーを失い、冷却されることになります。

固体におけるアンチストークス光学冷却は、希土類イオンを添加した結晶やイオンにおいて既に実現されています。近年活発な研究が行われており、90 K(=-183 ℃)程度への冷却が報告されています。しかしながら、希土類系では原理的な冷却限界が存在しており、半導体を用いたアンチストークス光学冷却が期待されています。半導体では理論的には10 K(=-263 ℃)程度までの冷却が可能とされているほか、既存の半導体光・電子デバイス作製技術を活用してユニークな冷却デバイスの開発も期待できます。

アンチストークス光学冷却には、ほぼ100%の発光量子効率、および大きな電子-フォノン相互作用が必要です。本研究ではこの条件を満たす半導体としてハロゲン化金属ペロブスカイトに注目しました。特に、ハロゲン化金属ペロブスカイトの一種であるCsPbBr3がCs4PbBr6結晶中に分散された構造(CsPbBr3/Cs4PbBr6)が有望であると考えました(図2)。CsPbBr3/Cs4PbBr6は97%以上という極めて高い発光効率が報告されているほか、周囲を安定な構造に囲まれているために、大気暴露や光励起で劣化しやすいというハロゲン化金属ペロブスカイトの弱点を克服できます。これにより光学冷却の実験的検証や実際のデバイス開発が容易になると期待されます。

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図1. アンチストークス発光の原理。半導体に一定以上のエネルギーの光を照射すると、電子がエネルギーを吸収して高エネルギー状態(励起状態)になり、これが元の状態(基底状態)に戻るときに放出する光を発光と呼びます。光が吸収されるギリギリのエネルギーの光で半導体を励起すると、電子がフォノン(熱エネルギー)を吸収することで、励起光より高いエネルギーの発光(=アンチストークス発光)が生じることがあります。このためには、電子とフォノンの相互作用がある程度強いことが必要です。

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図2. CsPbBr3/Cs4PbBr6の模式図(左図)と蛍光灯(右上図)と紫外線ランプ励起下(右下図)での試料の写真。


研究の成果

本研究ではまず、CsPbBr3/Cs4PbBr6が継続的な光照射に対して極めて安定であることを示しました。また、実際に高効率なアンチストークス発光を観測し(図3)、そこから光学冷却に必要な発光量子効率を97%と見積もりました。これまでに報告されているCsPbBr3/Cs4PbBr6の発光量子効率が97%以上であることを考えると、原理的にはこの材料で半導体光学冷却の実現が可能だということになります。

さらに低温でも測定を行い、70 K(=-203 ℃)という低温でもアンチストークス発光の観測に成功しました(図4)。この温度は、希土類系での光学冷却における最低到達温度の90 Kより低く、発光効率さえ十分に高ければ、これまでより低温への光学冷却が実現する可能性が あります。

研究チームでは、電子-フォノン相互作用の強さを定量的に調べることで、高効率なアンチストークス発光をもたらすメカニズムについても議論しました。アンチストークス発光には大きな電子-フォノン相互作用が必要ですが、電子-フォノン相互作用が大きすぎると、電子は結晶格子を大きく歪めることでエネルギーを失い、アンチストークス発光が起きにくくなってしまいます。CsPbBr3/Cs4PbBr6は電子-フォノン相互作用の大きさが絶妙であり、光学冷却に有望な材料系であることを示しました。

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図3. CsPbBr3/Cs4PbBr6の室温での発光スペクトル。矢印は照射した光のエネルギー。これより高エネルギー側の発光がアンチストークス発光に相当します。

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図4. CsPbBr3/Cs4PbBr6の220, 140, 70 Kにおける発光スペクトル。低エネルギー(青)と高エネルギーで励起した場合でも発光スペクトルの形状はほとんど変わらない。70 Kで2.325 eVで光励起した場合、励起光よりも高エネルギー側に発光ピークがあり、アンチストークス発光が生じていることが分かります。

今後の展開

実用的な光学冷却を目指すには、Cs4PbBr6中に埋め込まれているCsPbBr3ナノ構造の割合を高くすることが必要です。そのために複合ナノ構造の形成過程を明らかにすることが今後の課題となります。また、結晶品質の向上や発光メカニズムの解明を通して、発光効率をより100%に近づけることも重要です。

半導体光学冷却が実現できれば、冷媒やコンプレッサーを使わない「無振動無冷媒」冷却が実現できるほか、熱を光に変換して輸送するような新しいエネルギー利用も期待できます。今後は、実際に半導体光学冷却の実現に挑むとともに、ユニークな応用の可能性も探っていきたいと考えています。

特記事項

論文掲載情報
論文タイトル:Anti-Stokes Photoluminescence from CsPbBr3 Nanostructures Embedded in a Cs4PbBr6 Crystal
著者情報:Yuto Kajino, Shuji Otake, Takumi Yamada, Kazunobu Kojima, Tomoya Nakamura, Atsushi, Wakamiya, Yoshihiko Kanemitsu, and Yasuhiro Yamada*(*責任著者)
掲載誌:Physical Review Materials
2022 年 4 月 14 日公開 
DOI: 10.1103/PhysRevMaterials.6.L043001

本研究は戦略的創造研究推進事業(科学技術振興機構; JPMJCR16N3)、科学研究費補助金(日本学術振興会; JP19K03683, JP19H05465)、キヤノン財団、千葉ヨウ素資源イノベーションセンターの支援で行われました。

用語説明

アンチストークス発光

半導体に一定以上の高いエネルギーをもつ光を入射すると、半導体中の電子は光を吸収して高いエネルギーの状態をとり、それが元に戻るときに光を放出し、これを発光と呼ぶ。入力光のエネルギーよりも高いエネルギーの発光をアンチストークス発光と呼ぶ。

光学冷却

アンチストークス発光を使って物質を冷やす冷却手法。1929年にPringsheimによって提唱されたものの、長らく実現されていなかったが、近年希土類イオンを結晶やガラスに分散させた材料で光学冷却は実現されている。一方、半導体光学冷却についての報告はあるものの、その成否については多くの議論がなされている。

発光量子効率

入射した光子数に対して発光として物質から外部に取り出された光子数の割合。

電子-フォノン相互作用

電子-格子相互作用ともいう。結晶を構成する格子(イオン/原子)と電子の相互作用。フォノンとは、結晶格子の熱振動。

ハロゲン化金属ペロブスカイト

近年注目を集める新規半導体材料。太陽電池や発光デバイス材料として研究されているほか、基礎物理の研究においてもそのユニークな性質から注目されている。ペロブスカイトは結晶構造の名前であり、様々なペロブスカイト構造の物質が存在する。