ひとふりで立体像を獲得するレーザー顕微鏡法を開発

ひとふりで立体像を獲得するレーザー顕微鏡法を開発

「光の針」を使って3次元情報を一挙に可視化

2022-2-28工学系
産業科学研究所准教授中村友哉

研究成果のポイント

  • 観察対象の3次元的な微細構造や動きを実時間かつ動画的に記録できる新たなレーザー走査型蛍光顕微鏡法を開発
  • 「試料を照らす光」と「検出される光」の伝搬特性を操作する方法を提案
  • 極めて迅速な3次元観察・計測技術として生命・医療分野や材料科学、製造現場などでの応用展開に期待

概要

レーザー走査型蛍光顕微鏡法は、生体の細胞や組織などを生きたまま3次元的に観察できることから生命科学研究や医療診断では必須の観察ツールです。しかし、3次元像を得るには試料位置を変えながらレーザー走査を何度も繰り返す必要があるため、リアルタイム性に欠けるうえに、試料の損傷や光退色といった多くの課題がありました。東北大学 多元物質科学研究所の小澤祐市准教授らと大阪大学 産業科学研究所の中村友哉准教授の研究グループは、細長い「針」状の分布を持つレーザー光を1回2次元走査するだけで、試料の3次元情報を一挙に取得する新たなレーザー顕微鏡を開発しました。

今回開発したイメージング法では、針状の光で試料を照明することに加えて、試料から発する光に対して独自の波面制御を施すことで、観察対象の複数の深さ位置の情報を同時に検出する新しい原理を提案しました。構築したシステムにより、従来のレーザー顕微鏡では困難であったリアルタイムかつビデオレートでの高速な3次元可視化性能を実証しました。本技術は、生命・医療分野に加えて材料科学や製造現場などへの応用展開も見込まれ、多くの学術・産業分野で必要となる光イメージング技術の大幅な性能向上が期待されます。

なお、本成果は、米国時間の2月24日(木)付で、光科学に関する国際的な学会であるOptica(旧・米国光学会、OSA)が発行するオープンアクセス電子ジャーナル誌の「Biomedical Optics Express」誌に掲載されました。

詳細な説明

レーザー走査型の蛍光顕微鏡法は、生体試料を生きたまま3次元的な観察ができることから、生命科学研究や医療診断などの分野では必須の観察方法として広く普及しています。一方で、3次元画像を得るためには、観察面を移動しながらレーザー光の2次元的な走査を何度も繰り返す必要があり(図1(b))、3次元画像の取得には時間がかかるという制約がありました。また、レーザー光の長時間照射による試料への影響(ダメージ)や光退色も課題とされてきました。

 東北大学多元物質科学研究所と大阪大学産業科学研究所の研究グループは、試料の深さ方向に伸びた「針」状の強度分布を持つレーザー光を使ったイメージング法に着目しました(図1(a)下)。このような針状スポットを用いたイメージングでは、試料の深さ方向に対して広い範囲でピントの合った画像が得られることは古くから知られており、最近では生きた生体脳での神経活動を高速に観察する技術としても活用されています。しかしながら、この方法では深さ方向の情報が失われた2次元画像しか得られず、深さ情報を含めた3次元的な立体画像を得ることは困難でした。

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図1. 光の「針」と独自の波面制御の原理に基づく高速な3次元イメージング法
(a) 開発した方法、(b) 従来のレーザー顕微鏡法による3次元画像構築

そこで、研究グループは、試料から発生する蛍光信号に対して、その空間的な伝搬特性を操作する新たな原理を考案しました。本原理は、立体ディスプレイや精密計測の分野で用いられている計算機合成ホログラムと呼ばれる技術を応用しており、顕微鏡装置に空間光変調器を導入することで実現します。研究グループでは、針状スポットによって照明された発光物体が、その深さ位置に応じて像面での異なる面内位置に像を結ぶような波面制御パターンを設計しました。これによって、針状スポットの深さ方向に沿って存在する発光物体の情報を像面での面内方向の情報として変換し、異なる深さ情報を同時に検出することが可能になります(図1(a)上)。

 研究グループでは、本原理に基づいたレーザー顕微鏡システムを構築し、通常の集光スポットの20倍以上の長さを持つ針状スポットの1回の2次元走査から、深さ20 mmの範囲の3次元的な撮像に成功しました。さらに、水中に浮遊する蛍光ビーズの3次元的な可視化を試み、個々の微粒子がブラウン運動する様子を3次元的な動画として記録できる性能を実証しました(図2)。レーザー光を試料面で2次元に走査するタイプの顕微鏡システムにおいて、このようなビデオレートでの3次元微粒子追跡性能はこれまでにはありませんでした。

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図2. 水中に浮遊する直径1 mmの蛍光粒子の像の連続記録 (31 Hz)
(a) 「針」状スポットの1回の2次元走査から構築された粒子の3次元的な分布
(b) 5秒間の記録に対して粒子の3次元的な位置を追跡した結果

また、構築したシステムでは深さ20 mmの深さ範囲を一挙に可視化できる性能を持つことから、厚みのある試料に対しても少ない撮像回数で3次元観察が可能となります。実際に、従来の装置では観察位置を変えながら200回近い2次元撮像を繰り返す必要のあった生体試料に対しても、本システムではわずか13回の撮像で同じ領域を可視化でき、3次元観察に対して10倍以上の高速化に成功しました(図3)。本結果は、生体試料の微細形態の詳細な可視化や早い動きの動的な3次元記録を可能にするだけでなく、医療における病理診断での迅速化や高精度化などにもつながると期待されます。

 開発したイメージング法は、通常のレーザー走査型顕微鏡装置と同様の構成において、照明光であるレーザー光と試料からの検出信号に対する光の波面操作で実現するものであり、高い拡張性と汎用性を有しています。このため、生体試料だけでなく、材料科学研究で必要となる表面形状の観察や、産業現場における高速な3次元検査装置などへの応用展開も見込まれます。今後、本装置の小型化と適用範囲の拡大を図りながら、本システムの実用化へ向けた検討を進めていく予定です。

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図3. 厚みのある生体試料の観察例(固定したマウス脳スライス標本)

特記事項

【論文情報】
タイトル:Wavefront engineered light needle microscopy for axially resolved rapid volumetric imaging
著者:Yuichi Kozawa, Tomoya Nakamura, Yuuki Uesugi, Shunichi Sato
掲載誌:Biomedical Optics Express
DOI:10.1364/BOE.449329

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「非回折と自己湾曲性を駆使した3次元高速光イメージング(研究者: 小澤 祐市)」(JPMJPR15P8)、JSPS科研費基盤研究(B)(19H02622)、日本医療研究開発機構(AMED)「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」(JP20dm0207078)、コニカミノルタ科学技術振興財団、人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンスの支援を受けて行いました。本研究で使用した生体試料は自然科学研究機構生命創成探求センター 石井和宏博士、根本知己教授から提供を受けたものです。

用語説明

レーザー走査型蛍光顕微鏡法

蛍光試料面上でレーザー光の集光スポットを2次元的に走査し、各点からの蛍光強度を検出器によって取得することで画像を構築する顕微鏡法。

光退色

長時間の光照射あるいは強い光の照射によって蛍光強度が低下する現象。蛍光物質の構造的な変化に伴って不可逆的な光退色が起こると観察ができなくなる。

波面制御技術

光の波としての性質の一つである位相の空間的な分布を、液晶素子を使った空間光変調器などの装置によって人為的に操作する技術。

計算機合成ホログラム

計算機上で合成したホログラムによって光の空間的な分布を制御する技術。

ブラウン運動

水などの媒質中で、浮遊した微粒子がランダムに動く現象。