受精卵で働くレトロトランスポゾン 脳の遺伝子としても働く

受精卵で働くレトロトランスポゾン 脳の遺伝子としても働く

バイオインフォマティクス解析で紐解くヒトゲノムの進化

2021-10-21生命科学・医学系
蛋白質研究所准教授橋本浩介

研究成果のポイント

  • 受精卵から数日以内の細胞で活性化するレトロトランスポゾンの種類を特定。
  • その一部が、脳の松果体で発現していることを発見。
  • レトロトランスポゾンは、ゲノム中に数多く存在するDNA配列。発現してRNAを作り、そのRNAから再びDNAを作ることで自分自身のコピーをゲノムの他の場所に挿入する性質を持つ。
  • ヒトゲノムの40%を占めるレトロトランスポゾンの理解を促進する成果。

概要

大阪大学蛋白質研究所の橋本浩介准教授、カロリンスカ研究所、理化学研究所からなる共同研究グループは、ヒトの受精卵と脳の遺伝子発現データを解析し、数千万年前に受精卵から8細胞期に挿入されたレトロトランスポゾンが、脳の松果体で遺伝子の一部として働いていることを明らかにしました。

ヒトゲノムの約40%は、レトロトランスポゾンと呼ばれる自らをコピーし増殖するDNAで占められています。100万コピーを超えるレトロトランスポゾンが、過去にどの細胞でゲノムに挿入されたのかを知ることは困難です。

今回、共同研究グループは、ヒト受精卵から3日後までの遺伝子発現を1細胞レベルで解析し、この時期に強く発現するための制御領域を持つLTR型レトロトランスポゾンを特定しました。その中の少数は、脳の松果体で活性化し、他の遺伝子と融合して発現していることを明らかにしました。これにより、元々は脳以外で獲得されたレトロトランスポゾンが、後に脳で発現するという可能性が示され、ゲノム進化におけるレトロトランスポゾンの存在意義の理解が深まることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Genome Research」に、10月22日(金)午前2時(日本時間)に公開されました。

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図 脳で発現するLTR型レトロトランスポゾンの進化モデル

研究の背景

ヒトの細胞1つ1つにはDNAが含まれていますが、次の世代に受け継がれるのは生殖系列のDNAだけです。例えば脳のDNAが書き換わったとしても次の世代には受け継がれません。現在のヒトゲノムに含まれる無数のレトロトランスポゾンは、過去に生殖系列の細胞で発現し、挿入されて受け継がれてきたものです。一方、レトロトランスポゾンが生殖系列以外の細胞でも活性化することが報告されており、その進化的なメカニズムは明らかになっていませんでした。

本研究では、ヒト初期発生をはじめ、様々な細胞の発現データを組み合わせたバイオインフォマティクス解析によって、主として初期発生の段階のみで活性化するが、一部は脳で発現するようなLTR型レトロトランスポゾンのグループを特定しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、ヒトの持つ遺伝情報の大部分を占める、蛋白質をコードしていない領域について、進化的な観点から理解が深まることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年10月22日(金)午前2時(日本時間)に米国科学誌「Genome Research」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】“Embryonic LTR retrotransposons supply promoter modules to somatic tissues”
【著者名】
Kosuke Hashimoto1,2,*, Eeva-Mari Jouhilahti3, Virpi Töhönen4,5, Piero Carninci2,*, Juha Kere3,4,6,*, Shintaro Katayama3,4,6,* (*共同責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1101/gr.275354.121
【所属】
1. 大阪大学 蛋白質研究所
2. 理化学研究所 生命医科学研究センター
3. Stem Cells and Metabolism Research Program, University of Helsinki
4. Department of Biosciences and Nutrition, Karolinska Institutet
5. Department of Molecular Medicine and Surgery, Karolinska Institutet
6. Folkhälsan Research Center

なお、本研究は、蛋白質研究所新分野開拓支援プログラムのサポートを受けて行われました。

参考URL

橋本浩介 准教授
https://researchmap.jp/khx

用語説明

レトロトランスポゾン

ゲノム中に数多く存在するDNA配列で、発現してRNAを作り、そのRNAから再びDNAを作ることで自分自身のコピーをゲノムの他の場所に挿入する性質を持つ。このうち、前後にLTRと呼ばれる反復配列を持つものをLTR型のレトロトランスポゾンと呼ぶ。現在のヒトゲノムに存在するレトロトランスポゾンのほとんどは、変異や断片化のためにコピーを増やす能力を失っている。

松果体

左右の大脳の間に位置する小さな内分泌器官。メラトニンを分泌し、睡眠・覚醒のリズムをコントロールする働きを持つ。