腎臓の細胞増殖を促進して機能を高める D-アミノ酸(D-セリン)の新しい機能を発見

腎臓の細胞増殖を促進して機能を高める D-アミノ酸(D-セリン)の新しい機能を発見

慢性腎臓病の新たな治療法開発への期待

2021-9-15生命科学・医学系
医学系研究科教授猪阪善隆

研究成果のポイント

  • 腎移植ドナーにおいて腎臓摘出後に血中D-セリン(D-アミノ酸の一つ)濃度が上昇することを発見したことからD-セリンの機能に着目して検討を進めた結果、腎臓の細胞増殖を促進することにより腎臓のサイズを大きくする作用があることを見いだしました。
  • 腎臓の機能が低下した場合に、D-セリン濃度の上昇を通じて腎臓の機能を維持する新しい機序を明らかにすることができたことで、慢性腎臓病の新しい治療法の開発に資する知見が得られました

概要

慢性腎臓病は、日本人の約1割が罹患するにも拘らず、有効な治療方法が確立しておらず、透析による医療費の大きな負担が深刻な問題となっています。

医薬基盤・健康・栄養研究所 KAGAMI プロジェクト 木村友則プロジェクトリーダー(兼、難治性疾患研究開発・支援センター長)と部坂篤 研究調整専門員、大阪大学大学院医学系研究科腎臓内科 猪阪善隆教授らは、生体中に微量に存在し、加齢とともに変動するD-アミノ酸のひとつであるD-セリンに、腎臓の細胞増殖を促進して機能維持する作用があることを発見しました。

本知見は、腎臓病患者の残腎機能を維持する治療法開発への可能性を示すもので、腎臓病の予後の改善や加齢に伴う腎機能低下の抑制、人工透析導入の抑制などの効果も期待されます。

本研究成果は、8月16日に「Kidney360」誌のオンライン版で公開されました。

研究の背景

慢性腎臓病は世界的な問題で、人口高齢化とともに頻度が高くなっています。日本においては人口の1割、世界では8.5億人が慢性腎臓病であると推定されています。腎臓病が進行すると心不全、心筋梗塞を代表とする循環器疾患など致死的疾患の合併症のリスクが上昇し、その治療も必要となります。また、最終的に血液、腹膜透析療法や腎臓移植が必要になりますが、日本の現状として毎年3万人以上の慢性腎臓病患者に透析療法が導入され、30万人を超える透析患者がいます(図1)。透析療法は患者の生活の質を大きく落とすものであり、また医療費を圧迫する問題でもあります。現在のところ、慢性腎臓病の根本的な治療法はなく、透析患者数の増加を止めることができていませんでした。

また、アミノ酸にはL体とD体のキラルアミノ酸(鏡像異性体のアミノ酸、図2)が存在します。体内にはL体しか存在しないと長い間考えられていましたが、我々のこれまでの研究により、体内にはごく少量のD-アミノ酸が存在し、特にD-セリンは加齢とともに変動すること、さらには、腎臓の機能と高い相関があることを発見してきました。腎臓の老化による腎機能障害があるとD-セリン濃度が上昇します。そこで今回、腎臓病の治療法開発を目的として、D-セリンに着目して、腎臓に対する作用機序を解明する研究を行いました。

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図1. 増加を続ける人工透析患者数は社会、医療、経済上の大きな問題となっている。

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図2. キラルアミノ酸。アミノ酸には鏡像異性体として、L体(左図)とD体(右図)が存在するが、性質は異なる。生体にはL-アミノ酸しかないと長らく考えられていた。

研究の成果および期待される効果

研究グループは、ヒトの生体腎移植ドナーにおいては、片方の腎臓を摘出すると、尿への排泄が減ることによって血中D-セリン濃度が上昇することを見出していました。そこで、D-セリンに着目して、腎移植ドナーモデル動物を用いて、腎臓に対する作用を検討した結果、D-セリンを投与した残存腎臓において、血中D-セリン濃度が上昇し、細胞増殖が促進され(図3)、腎臓の臓器サイズが大きくなり機能を高めていることを見出しました。さらに、D-セリンの作用メカニズム解析の結果、これまでD-アミノ酸を認識しないとされていた、細胞内アミノ酸シグナルを介する作用であることが明らかとなりました。(図4)

本研究により、これまで有効な治療法が確立していなかった腎臓病の新しい治療方法開発への可能性が示されました。本研究成果を利用することによって腎臓機能を修復することができれば、透析患者数の減少にもつながることが期待されるとともに、D-セリンの作用機序を解明することで、加齢に伴う腎機能低下の抑制や、新規治療薬の開発にもつながることが期待されます。

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図3. D-セリンを投与した腎移植ドナーモデルマウスの腎臓
D-セリンによって増殖している細胞(Ki67という細胞増殖を反映するマーカーで茶色に染色されている細胞)数が増加した (図は論文の図を一部改編して引用)。写真内太線は50マイクロメートル。

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図4. D-セリンの腎臓への作用
D-セリンは生体腎移植などで腎臓が一つ無くなった際に、これまでD-アミノ酸を認識しないとされた細胞内アミノ酸シグナルを介して、細胞を増殖させることで残りの腎臓を大きくして機能を高める。

特記事項

本研究成果は、8月16日(月)に、「Kidney360」オンライン版に掲載されました。

論文タイトル: D-Serine mediates cellular proliferation for kidney remodeling.
著者: Atsushi Hesaka, Yusuke Tsukamoto, Shigeyuki Nada, Masataka Kawamura, Naotsugu Ichimaru, Shinsuke Sakai, Maiko Nakane, Masashi Mita, Daisuke Okuzaki, Masato Okada, Yoshitaka Isaka and Tomonori Kimura
掲載雑誌情報: Kidney360
DOI: https://doi.org/10.34067/KID.0000832021

 本研究成果は、日本医療研究開発機構(AMED)の「老化メカニズムの解明・制御プロジェクト」における「老化機構・制御研究拠点(研究開発代表者:原英二)分担研究開発課題:老化におけるオートファジー分泌機構(研究開発分担者:木村友則)」の一環として得られました。

用語説明

D-アミノ酸

アミノ酸はタンパク質の構成要素であり、ほとんどのアミノ酸には鏡像異性体(キラル体)であるL-アミノ酸、D-アミノ酸が存在する。しかし、自然界に存在するアミノ酸は、ほとんどがL-アミノ酸のみである。最近の技術の進歩により、自然界にもD-アミノ酸がごく微量存在し、様々な生理活性を持つことが分かってきた。今回注目しているD-セリンはL-セリンのキラル体である。

鏡像異性体(キラル体)

3次元の物体などが、その鏡像と重ね合わすことが出来ない性質を持つ物質。つまり、鏡に映った際に、違うものとして見える物質のこと。例えば、L-アミノ酸は、鏡に映すと別の物質であるD-アミノ酸として見えるが、L-アミノ酸、D-アミノ酸は、お互いがキラル体である。

生体腎移植

腎移植は、他の人の腎臓を体内に移植することで、腎臓の働きを回復させる治療法。その中でも生体腎移植は、親族や配偶者などから提供された腎臓を移植する。