生体のマグネシウムイオン(Mg2+)輸送の構造基盤を解明

生体のマグネシウムイオン(Mg2+)輸送の構造基盤を解明

膜輸送分子がMg2+を認識して細胞外に排出する仕組みを明らかに

2021-2-11生命科学・医学系
微生物病研究所教授/助教三木裕明/船戸洋佑

研究成果のポイント

生体で様々な役割を担うマグネシウムイオン(Mg2+を運ぶ膜輸送分子(トランスポーター)CorC/CNNMが、Mg2+を特異的に認識する仕組みを解明。

CorC/CNNMは複数のアミノ酸が6方向から直接Mg2+をトラップするユニークな構造を持ち、これらのアミノ酸は進化上高度に保存されヒトの遺伝病にも関連していることから、このMg2+トラップ構造が機能的に重要であることが明らかとなった。

Mg2+は病原細菌の抗生物質耐性への関与をはじめ、哺乳動物ではがん・脳神経機能異常などの難治性疾患に関わっており、その輸送機構をターゲットにした新規治療薬の開発や難治疾患発病メカニズムの解明につながることが期待される。

概要

大阪大学微生物病研究所の船戸洋佑助教、三木裕明教授らの研究グループは、中国・復旦大学の服部素之教授らとの共同研究により、Mg2+排出トランスポーターCorC/CNNMの膜貫通部分がMg2+を認識する立体構造基盤を結晶構造解析により明らかにしました。Mg2+を細胞外へ排出するトランスポーターの立体構造解明は世界で初めての成果であり、Mg2+の特異的な認識や細胞膜を介した特定方向への輸送機構の詳細が理解できるようになりました。Mg2+は生体が正常に機能するために重要な役割を果たしており、この輸送機構の解明により疾患発症のメカニズムなど様々な生命現象の理解につながることが期待されます。本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に、2月11日(木)午前4時(日本時間)に公開されました。

研究の背景・内容

Mg2+はあらゆる生命に必須の物質で、細胞内のMg2+量はその流入と排出のバランスを調節することで厳密に制御されています。CorC/CNNMは細胞の中から外へのMg2+輸送することが知られており、細菌などの原核生物からヒトに至るまで生物進化の中で高度に保存された膜タンパク質分子です。しかし、極めて小さなMg2+をどのようにして他のイオンと見分けて特異的に認識できるのかなど、その分子機能には多くの謎が残されていました。

船戸助教、三木教授らは、好熱菌Thermus parvatiensis由来のCorCが効率的に人工発現できることに着目し、このCorCの結晶構造解析によりMg2+を認識するタンパク質立体構造の詳細を明らかにすることに成功しました(図1)。CorCの膜貫通部分は、いくつかのアミノ酸がMg2+を取り囲むように配置されて6方向から直接トラップするユニークな仕組みであることが明らかとなりました(図2)。これらのアミノ酸はJalili症候群や精神発達遅滞・脳構造異常を伴う低マグネシウム血症などの遺伝病で変異しており、このMg2+トラップ機構が機能的に重要なものであることも見つかっています。さらに、CorC分子の構造変化によってMg2+を排出する作動基盤も明らかにすることができました。

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図1 結晶構造解析から明らかになったCorC膜貫通部分の立体構造。N末側から膜を3回貫通して(TM1-3)、最後に膜と平行に伸びた構造をとっており、それが二量体を形成している。膜の断面を横から見た図(左)と膜を細胞外から見た図(右)。

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図2 CorCによるMg2+の認識機構。3つの膜貫通部分が近接する部分にMg2+がはまりこめるポケットがあり、複数のアミノ酸との相互作用で6方向からトラップされる。これらのアミノ酸は遺伝病で変異している。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

Mg2+を輸送するCorC/CNNMは原核生物から哺乳動物まで進化的に高度に保存されており、細菌のリボソーム機能を標的とした抗生物質への耐性発現に関わっていることや、哺乳動物でのがんの悪性化、遺伝性低マグネシウム血症、高血圧、脳神経機能異常などさまざまな難治性疾患に関わっていることが明らかにされています。本研究成果によりCorC/CNNMの基本的な作動機構が明らかになったことで、この分子を標的とした新しい抗生物質や疾患治療薬の開発、また発症原因の解明などにつながることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年2月11日(木)午前4時(日本時間)に米国科学誌「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Structural basis for the Mg2+ recognition and regulation of the CorC Mg2+ transporter
著者名:Yichen Huang†, Fei Jin†, Yosuke Funato†, Zhijian Xu, Weiliang Zhu, Jing Wang, Minxuan Sun, Yimeng Zhao, Ye Yu, Hiroaki Miki*, and Motoyuki Hattori* (†equal contribution, *corresponding authors)

なお、本研究は科学研究費補助金の協力を得て行われました。

参考URL

微生物病研究所 細胞制御分野
http://www.biken.osaka-u.ac.jp/laboratories/detail/13

用語説明

マグネシウムイオン(Mg2+)

陽イオンとして細胞内で2番目に多い。大半はATPなどに結合して存在しており、それらの物質の利用に必須の役割を果たしている。

膜輸送分子(トランスポーター)

細胞膜など生体膜で仕切られた二つの領域間の物質移動を担うタンパク質。電荷を帯びたイオンなどは生体膜を自由に通過することができないが、トランスポーターはそれぞれ特定のイオンなどを認識・結合して構造変化することで移動を媒介する。

CorC/CNNM

原核生物からヒトなどの真核生物を通して保存されたMg2+排出トランスポーター。細菌での抗生物質耐性発現に関わっていることが知られる。ヒトでのCNNM遺伝子変異は低マグネシウム血症やJalili症候群などの遺伝病の原因となる。またがん、高血圧、神経機能異常などの疾患との関わりも明らかにされている。

結晶構造解析

タンパク質など巨大な生体分子の立体構造を明らかにするための解析手法の一つ。タンパク質の結晶を作成し、そこにX線を照射した際に起こる回折現象を利用して、結晶内での原子配置を明らかにできる。

Thermus parvatiensis

Thermus属の好熱菌の一種であり、至適増殖温度は70℃。温度が90℃以上になるヒマラヤの温泉から発見された。

Jalili症候群

歯のエナメル質形成不全や視細胞の変性を併発する遺伝性の疾患。2009年にCNNM4遺伝子の変異が原因であることが明らかになった。