架橋型人工核酸を転写・逆転写可能な改変ポリメラーゼの開発に成功

架橋型人工核酸を転写・逆転写可能な改変ポリメラーゼの開発に成功

生体内で安定な人工核酸アプタマーを創出するための要素技術

2021-1-15生命科学・医学系
薬学研究科教授小比賀聡

研究のポイント

  • 本研究で開発した改変ポリメラーゼKOD DGLNKは優れたLNA伸長活性と正確性を有している。
  • KOD DGLNKは、アプタマー創出のために十分な長さにLNAを伸長することが可能である。
  • KOD DGLNKは、他の人工核酸 (2'-OMe-RNA) についても高効率・高正確なLNA伸長が可能なため汎用性が高い。
  • トロンビンを標的として、LNAと2'-OMe-RNAを組み合わせた人工核酸アプタマーを取得することに成功した。

概要

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所創薬デザイン研究センターの星野 秀和 特任研究員と笠原 勇矢 サブプロジェクトリーダー、大阪大学大学院薬学研究科の小比賀 聡 教授、日本大学文理学部化学科の桒原 正靖 教授の研究グループは共同研究によって、架橋型人工核酸 (2',4'-BNA/LNA,以下LNA)を高精度かつ迅速に転写・逆転写可能な改変ポリメラーゼを開発し、世界で初めてLNAを含む人工核酸アプタマーを創出することに成功しました。

一般に、核酸アプタマーはタンパク質や低分子化合物、細胞、ウイルスなどの標的分子に特異的に結合する1本鎖のDNAやRNAです。似たような性質を持っている抗体と比べると、化学合成で大量に作製することができることや、室温で長期間安定であることなどが利点として挙げられ、抗体に続くバイオ医薬品として期待されています。一方で、核酸分解酵素 (ヌクレアーゼ) によって容易に分解されるため、生体内での安定性の向上が核酸アプタマーを治療薬として実用化するうえで大きな課題のひとつとなっています。ヌクレアーゼ抵抗性の向上には核酸への化学修飾が有効であり、特に大阪大学大学院薬学研究科にて開発されたLNAを含むオリゴ核酸は優れたヌクレアーゼ抵抗性をもつことが知られています。また、オリゴ核酸へのLNAの導入はDNAやRNAへの二重鎖形成能の向上をもたらすため、核酸アプタマーのみならず、アンチセンス核酸やsiRNAなど、さまざまな核酸医薬品(候補)への導入が試みられています。

このように核酸医薬品のマテリアルとして優れた特性をもつLNAを含む人工核酸アプタマーをつくるためには、ポリメラーゼを用いた酵素反応によって、DNAを鋳型鎖としてLNAを含むオリゴ核酸を合成したり、逆に、LNAを含むオリゴ核酸を鋳型鎖としてDNAを合成したりすることができなければなりません。これまでに我々は、超好熱性古細菌 (Hyperthermophilic Archaeon Thermococcus kodakaraensis)由来のKOD DNAポリメラーゼが、化学修飾を導入した種々の人工核酸の合成に適した触媒であることを世界に先駆けて見出していました。LNAについても、効率はかなり低いですが、KOD DNAポリメラーゼを用いた反応による生成を確認していました。そこで、今回、数あるポリメラーゼの中で、KOD DNAポリメラーゼに着眼し、改変ポリメラーゼの設計と作製、それらの性能評価ならびに核酸アプタマー医薬品創出への応用について検討しました。

我々はKOD DNAポリメラーゼの構造情報をもとに新規の変異を設計・導入し、100種類以上の改変ポリメラーゼを作製しました。多数の改変ポリメラーゼの性能を比較検討した結果、これまでに報告されている他のポリメラーゼに比べて、LNAからなるオリゴ核酸の合成効率が20倍以上向上し、正確性が約10倍高くなった改変ポリメラーゼ (KOD DGLNK) を見出すことに成功しました。

本研究で開発した改変ポリメラーゼ (KOD DGLNK) によって、核酸アプタマーを取得するための特殊な方法であるSELEX法にLNAを用いることができるようになりました。つまり、これまでSELEX法で創出することが困難であった高い生体内安定性と二重鎖安定性を兼ね備えたLNAを含む人工核酸アプタマーの開発が可能となりました。現在、製薬企業との共同研究やAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)事業において種々の創薬標的に対する人工核酸アプタマーの開発に取り組んでおり、ヒトに投与可能な人工核酸アプタマーの創出を進めています。また、開発した改変ポリメラーゼの汎用性の高さを利用してLNAだけでなく他の人工核酸の利用範囲拡大や、すでに部分的に実用化されているLNAを含むオリゴ核酸の二重鎖安定性を利用した次世代シーケンサーのライブラリ作製ツールの発展、長鎖伸長可能な特性を利用したLNAからなる長鎖オリゴ核酸によるDNAナノ構造体の作製やそれらを利用したデリバリー担体、DNAナノロボットの開発など、核酸工学分野への活用も期待されます。

本研究は科学研究費助成事業 (JP19K15702、糖部修飾型人工核酸アプタマー創出に向けた基盤技術の構築) およびAMED創薬基盤推進研究事業 (JP18ak0101102、アプタマー情報をベースにした低分子医薬品創製プラットフォームの構築)、日本大学学術研究助成金 (総合研究) の支援を受けて進められ、その成果は、米国科学雑誌「Journal of the American Chemical Society」(2020年12月11日付けの電子版) に掲載されました。

背景

一般に、核酸アプタマーはタンパク質や低分子化合物、細胞、ウイルスなどの標的分子に特異的に結合する1本鎖のDNAやRNAです。似たような性質を持っている抗体と比べると、化学合成で大量に作製することができることや、室温で長期間安定であることなどが利点として挙げられ、抗体に続くバイオ医薬品として期待されています。一方で、核酸分解酵素 (ヌクレアーゼ) によって容易に分解されるため、生体内での安定性の向上が核酸アプタマーを治療薬として実用化するうえで大きな課題のひとつとなっています。ヌクレアーゼ抵抗性の向上には核酸への化学修飾が有効であり、特に大阪大学大学院薬学研究科にて開発された架橋型人工核酸 (2',4'-BNA/LNA,以下LNA) は優れたヌクレアーゼ抵抗性をもつことが知られています。また、核酸鎖へのLNAの導入はDNAやRNAへの二重鎖形成能の向上をもたらすため、核酸アプタマーのみならず、アンチセンス核酸やsiRNAなど、さまざまな核酸医薬品(候補)への導入が試みられています。これまでに我々は、超好熱性古細菌 (Hyperthermophilic Archaeon Thermococcus kodakaraensis) 由来のKOD DNAポリメラーゼが、化学修飾を導入した種々の人工核酸の合成に適した触媒であることを世界に先駆けて見出していました。LNAについても、効率はかなり低いですが、KOD DNAポリメラーゼによる反応を確認していました。そこで、今回、数あるポリメラーゼの中で、KOD DNAポリメラーゼに着眼し、改変ポリメラーゼの設計と作製、それらの性能評価ならびに核酸アプタマー創出への応用について検討しました。

研究成果

我々はKOD DNAポリメラーゼの構造情報をもとに新規の変異を設計・導入し、100種類以上の改変ポリメラーゼを作製しました。作製した多数の改変ポリメラーゼの性能を比較検討した結果、改変ポリメラーゼKOD DGLNKが特に優れたLNA伸長性能を有することが分かりました (図1)。

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図1 改変ポリメラーゼKOD DGLNKの変異箇所と性能評価

続いて、KOD DGLNKが人工核酸アプタマーの開発のために必要な性能を有しているか評価しました。人工核酸アプタマーの開発のためには、LNAなどの人工核酸を50塩基程度伸長できる性能が必要です。そこでKOD DGLNKを用いて評価した結果、10分程度の短時間でLNAを50塩基伸長できることが分かりました (図2)。なお、これまでに世界で報告されている改変ポリメラーゼは72塩基を伸長させるのに6時間程度かかっていました。また、人工核酸アプタマーを効率よく取得するためにはポリメラーゼによる反応が正確である必要があります。正確性について評価した結果、これまでに世界で報告されている改変ポリメラーゼと比べてKOD DGLNKは約10倍の正確性を有していることが分かりました。特に本研究で新規に導入した変異は改変ポリメラーゼのLNA伸長性能及び正確性を向上させることが分かりました。さらにKOD DGLNKはLNAを1000塩基伸長することも可能でした。LNAに限らず人工核酸をこれほど長く伸長できた例はなく、KOD DGLNKは前例のないレベルの性能を有していることが分かりました。

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図2 KOD DGLNKによるLNAの伸長評価

また、KOD DGLNKの汎用性を検証するために、人工核酸の一つである2'-OMe-RNAについてLNAと同様に評価しました。その結果、KOD DGLNKは非常に優れた2'-OMe-RNA伸長活性と正確性を示すことが分かりました (図3)。複数の人工核酸を用いることで核酸は多様な構造を取り得るため、より優れたアプタマーを取得することが可能になります。

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図3 KOD DGLNKによる2'-OMe-RNAの伸長

最後に、実際にKOD DGLNKを用いて人工核酸アプタマーの創出が可能か検証しました。血液凝固因子の一つであるトロンビンを標的に人工核酸アプタマーの選別を行いました。その結果、LNAと2'-OMe-RNAを組み合わせた人工核酸アプタマーを取得することに成功しました。取得した人工核酸アプタマーはトロンビンと強く結合することが分かりました。

今後の展開

本研究で開発した改変ポリメラーゼKOD DGLNKによって、核酸アプタマーを取得するための特殊な方法であるSELEX法にLNAを用いることができるようになりました。つまり、これまでSELEX法で創出することが困難であった高い生体内安定性と二重鎖安定性を兼ね備えた人工核酸アプタマーの開発が可能となりました。現在、製薬企業との共同研究やAMED事業において種々の創薬標的に対する人工核酸アプタマーの開発に取り組んでおり、ヒトに投与可能な人工核酸アプタマーの創出を進めています。また、開発した改変ポリメラーゼKOD DGLNKの汎用性の高さを利用してLNAだけでなく他の人工核酸の利用範囲拡大や、すでに部分的に実用化されているLNAの二重鎖安定性を利用した次世代シーケンサーのライブラリ作製ツールの発展、長鎖伸長可能な特性を利用した長鎖LNAによるDNAナノ構造体の作製やそれらを利用したデリバリー担体、DNAナノロボットの開発など、核酸工学分野への活用も期待されます。

発表雑誌

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文タイトル:DNA polymerase variants with high processivity and accuracy for encoding and decoding locked nucleic acid sequences
著者:Hidekazu Hoshino,1,2 Yuuya Kasahara,1,2 Masayasu Kuwahara,3 and Satoshi Obika1,2
所属:1 National Institutes of Biomedical Innovation, Health and Nutrition (NIBIOHN), Osaka, Japan
2Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Osaka University, Osaka, Japan
3 Graduate School of Integrated Basic Sciences, Nihon University, Tokyo, Japan
DOI:10.1021/jacs.0c10902

参考URL

薬学研究科 生物有機化学分野HP
http://www.phs.osaka-u.ac.jp/homepage/b007/index.html

用語説明

架橋型人工核酸 (2',4'-BNA/LNA)

標的RNAへの結合性を高めつつ生体内で分解されにくくするために核酸の糖部に人工的に架橋構造を加えた核酸誘導体です。

人工核酸アプタマー

通常の核酸アプタマーは天然の核酸であるDNAあるいはRNAによって構成されています。LNAなどの核酸の糖部に修飾を施した人工核酸で構成されたアプタマー (人工核酸アプタマー) は高いヌクレアーゼ耐性を有します。

ポリメラーゼ

1本鎖の核酸 (DNAやRNA) を鋳型として、それに相補的な塩基配列を合成する酵素です。生体内ではDNAの複製やRNAへの転写などを担います。

超好熱性古細菌 (Hyperthermophilic Archaeon Thermococcus kodakaraensis)

鹿児島県小宝島の硫気孔に生息し、90℃以上でも生育できる超好熱性の古細菌です。今中先生らによって、本細菌から、高い正確性とLNA伸長活性を有するKOD DNAポリメラーゼが単離されました (Imanaka T. et al., Appli Environ. Microbiol, 1997)。

2'-OMe-RNA

2'-OMe-RNA