パルプ繊維の解繊度を定量解析するシステムを開発

パルプ繊維の解繊度を定量解析するシステムを開発

セルロースナノファイバーの品質基準策定に明確な指針

2020-12-17工学系
産業科学研究所助教上谷幸治郎

研究成果のポイント

・木材パルプの解繊処理の程度を直接定量化する光学解析システムを開発
・セルロースナノファイバーの品質グレーディングに明確な指針を与える成果
・木材パルプおよび製造されるセルロースナノファイバー材料の精密構造制御と先進活用を推進

概要

大阪大学産業科学研究所の上谷幸治郎助教らの研究グループは、セルロースナノファイバー製造に必須となる木材パルプ原料の解繊の程度を客観的に定量評価する光学位相差分布解析システムを開発しました。このシステムは、既定断面の石英流路に解繊パルプの水懸濁液を注入するだけの単純な正規化手法によって、解繊パルプ懸濁液の光学位相差をマッピング画像化します。位相差画像の観測画角における平均位相差ならびにそのばらつきである標準偏差の双方が、解繊度を直接かつ定量的に反映することが判明しました。本システムは、これまで統一的に評価する手法や基準のなかったセルロースナノファイバーの品質基準策定に指針を与え、より精密な解繊度制御を可能とすることから、木材資源のさらなる先進活用を推進します。

本研究成果は、英国学術誌「Carbohydrate Polymers」に、2020年12月1日(日本時間)にオンライン公開されました。

研究の背景

大阪大学産業科学研究所の上谷幸治郎助教の研究グループでは、天然資源から得られるナノマテリアル・セルロースナノファイバーの先進活用を目指して、構造評価と物性開拓に関する研究を両輪で進めています。セルロースナノファイバーの最も主要な供給源は木材の細胞壁です。木材細胞壁の中で、セルロースは分子鎖が伸び切った特殊な結晶構造のミクロフィブリルとして合成され、それらをナノファイバーとして抽出するためには、パルプ繊維を細かく解きほぐす「解繊処理」が不可欠です。近年、物理的・化学的な解繊手法が様々提案されてきました。しかし、ナノファイバーが複雑に束なり合って密集したパルプ繊維を瞬時に解繊することは難しく、したがって連続的かつ反復的な処理によって様々な解繊度(すなわち異なる繊維の束なり度)を持つナノファイバー材料が製造されています。

異なる解繊度を持つナノファイバー材料は物理化学的特徴が大きく異なるため、特に工業生産現場では製品グレードの差別化のために解繊度を積極的に管理しています。そのため、解繊処理の条件だけでなく、客観的な指標を用いて解繊度を評価することが、品質精度の向上に対して重要となります。しかし従来は、労力の大きい電子顕微鏡観察や機械的分級、あるいは透明性や保水度といった間接指標でしか解繊度を推定できませんでした。製造者ごとに独自の解繊プロセスを経て製造されたパルプ材料・ナノファイバー材料を横断的に評価する手法が存在しないため、ナノファイバー品質の明確な定義が難しく、また消費者・ユーザーの適切な材料選定と活用も困難となっていました。世界的に競争が激化するセルロースナノファイバー関連業界において、パルプの解繊度を統一的に評価する手法と基準策定が急務となっています。

今回、上谷助教らは、パルプ繊維の解繊プロセスがセルロースナノファイバーの束なり具合を減少させるプロセスであることに着目し、高い固有複屈折を持つセルロースの束なり具合を光学的に評価するピクセル分解位相差分布計測システムによりパルプの解繊度を定量解析可能であることを見出しました。本システムのコンセプト(図1)は、従来、直行偏光板の間にサンプルを挟んで観察される複屈折を位相差の2次元マップとして画像化し、ピクセルごとに算出される位相差の頻度分布からセルロース分子鎖の束なり具合を解析するというものです。パルプ繊維は分子鎖が多く束なっているため大きな位相差を示し、解繊途中のパルプに生じるバルーン構造では膨らんだ幅に反比例して位相差が減少します。さらに解繊が進んだナノファイバーでは分子鎖の束なりが少ないことから、位相差は極めて小さくなります。

この位相差分布の画像解析によって、パルプ繊維がどの程度解繊されているかを定量的に区別できることを実証しました(図2)。高速ブレンダー処理およびウォータージェット処理によって解繊度を段階的に変化させた木材パルプを同一濃度に調整し、既定断面を持つ石英ガラス流路に注入した後、しばらく静置して流動を停止させ、位相差分布を観測しました。未解繊のパルプでは、パルプ繊維の部分のみ局所的に高位相差で、バックグラウンドの水を含めて分布が最も大きな結果となりました。そして解繊が進むにつれてパルプ繊維は微細化され、同時に局所的な高位相差が減少して位相差分布の幅が徐々に狭くなります。最終的にウォータージェット処理により解繊が十分進行すると、バックグラウンドの水と同程度の小さな位相差分布に到達しました。位相差分布の平均値と標準偏差を用いることで、パルプの解繊度を定量的に区別することが可能になりました。

本システムを用いると、パルプの種類が変わった場合でも同様の解析が可能であることを確認しています。また上記の論文成果に加えて、これら位相差画像の深層学習(ディープ・ラーニング)によって未知試料の解繊度を自動判定することも可能であることを別途確認しています。本システムは、将来的に人工知能(AI)によって解繊度をより明確にかつ自動的に定義づけることに繋がり、パルプ材料ならびにセルロースナノファイバーの品質を示すための要素解析技術となることが期待されます。

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図1 パルプの解繊が進むと光学位相差が低下することを示すピクセル分解位相差分布解析

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図2 解繊の程度によって明確に異なるパルプ懸濁液の位相差分布

本研究成果の意義

本成果は、従来、主に間接的な手法によって推定されていたパルプの解繊度を初めて直接定量化する画像解析システムを構築したものです。本システムにより、製造者はセルロースナノファイバーの品質管理や差別化、明確なブランディングが可能となり、また使用者が適切なナノファイバーを選定可能とすることで精密活用が推進されると期待されます。将来的には、画像解析の自動化を伴って、セルロースナノファイバーの品質を規定するデファクト・スタンダードの形成ツールとなることが強く期待されます。

特記事項

本研究成果は、2020年12月1日(日本時間)に英国学術誌「Carbohydrate Polymers」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Direct Determination of the Degree of Fibrillation of Wood Pulps by DistributionAnalysis of Pixel-Resolved Optical Retardation”
著者名:Kojiro Uetani, Keitaro Kasuya, Hirotaka Koga, and Masaya Nogi
DOI:/10.1016/j.carbpol.2020.117460

参考URL

産業科学研究所 能木研究室HP
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/nmat/

用語説明

解繊処理

木材パルプ繊維を構成するセルロースナノファイバーをバラバラに解きほぐす処理。一度乾燥したパルプ(紙)からは解繊が極めて困難となるため、通常は未乾燥パルプを用いる。解繊の程度が変わるとセルロースナノファイバーの束なり度合いが変わるため、機械的強度や粘弾性・比表面積等の性能が大幅に変化する。

懸濁液

木材パルプ(セルロース)は親水性が高いため、水中で最も効率的に解繊される。解繊後のセルロースナノファイバーは、水中に分散したコロイド懸濁液の状態で製造される。

光学位相差

光学異方性のある材料中を通過する光が2方向に異なる屈折を生じ、それぞれの光の振動に生じる位相差のこと。リタデーションとも呼ばれる。光学位相差が大きいほど材料の異方性(複屈折)が大きいことを表す。

ミクロフィブリル

木材細胞壁を構成する最小単位であるナノスケール繊維の学術名称。セルロース分子鎖が伸び切った結晶構造から成る。木材細胞壁が解繊されるとセルロースナノファイバーという材料として抽出される。

高速ブレンダー処理

木材パルプの解繊手法の1つ。金属ボトルの中で高速撹拌することでパルプが解繊される。解繊途中で処理を止められるため、解繊プロセスの可視化や段階的な解繊処理によく用いられる。ウォータージェットによる解繊処理の前処理(予備解繊)としてもよく使用される。

ウォータージェット処理

極小ノズルから木材パルプ懸濁液を高圧で噴射し、高い圧力差によって高効率でナノ解繊する解繊手法。よく解繊できる一方でノズルが目詰まりしやすいため、高速ブレンダー等による予備解繊と組み合わせて使用されることが多い。