マウス性決定遺伝子 Sry の全貌をついに解明
Sry に隠れた暗号コードが存在、性決定を支配する因子はまさしくコレだ!!
研究成果のポイント
・ほ乳類の性決定遺伝子 Sry が発見されて以来、 Sry は単一エキソン の遺伝子だと30年間信じられてきた。今回、マウス Sry には隠れた第2のエキソンが存在し、それは新規の性決定因子であるSRY-Tタンパク質をコードしていた。
・これまでに知られていた単一エキソン型の性決定因子SRY-Sは、マウスのメスをオスに性転換させることが難しかった。一方で、我々が見つけた新規性決定因子、SRY-Tは、効率よく性転換させることができた。このことから、SRY-Tがマウスの真の性決定因子であることが明らかになった。
・SRY-Sは、タンパク質分解をうける機能不全型であるが、第2エキソンがコードするSRY-Tは安定型であり、生体内で真の性決定因子として働くことを明らかにした。
・本研究は、ほ乳類の性決定の仕組みの解明と、性決定遺伝子の進化の理解に繋がる。
概要
大阪大学大学院生命機能研究科の宮脇慎吾招へい教員、立花誠教授らの研究グループは、マウスの性決定遺伝子 Sry にはこれまで知られていなかった"隠れエキソン"が存在し、そのエキソンは真の性決定因子であるSRY-Tをコードしていることを世界で初めて明らかにしました。
ほ乳類の性決定遺伝子である Sry は、性決定因子であるSRYタンパク質をコードしています。SRYが胎仔期の生殖腺で発現することで、ほ乳類のオス化が始まります。これがほ乳類の性決定の仕組みです 。 Sry が発見されてから30年もの間、 Sry はひとつのエキソンで構成され、ただ一種類のSRYのみをコードすると考えられていました。
今回、立花教授らの研究グループは、性が決まる時期のマウスのトランスクリプトーム を解析することにより、 Sry にはこれまで見過ごされてきた第2エキソン(隠れエキソン)が存在し、この隠れエキソンこそが新規の性決定因子であるTwo-exon typeSRY(SRY-T)をコードしていることを発見しました。この隠れエキソンをゲノム編集 により欠損させたオスのマウスはメスへと性転換しました。また逆に、SRY-Tを強制発現させたメスのマウスはオスへと性転換しました (図1) 。これらの実験により、SRY-Tが生体内で必要かつ十分な性決定因子であることが証明されました。この発見は、ほ乳類の性決定の仕組みの解明と、性決定遺伝子の進化の理解につながることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Science」に、10月2日(金)に公開されました。
図1 Sry-T を発現させることによりオスに性転換したメス(左)と Sry-T の欠損によりメスに性転換したオス(右).
研究の背景
哺乳類にはオスとメスの性があります。どのように性が決まるのかは古代ギリシア時代より議論されており、性決定の研究分野は生物学の大きなテーマのひとつです。ほ乳類の性は性染色体の組み合わせで決まることが知られています。XX型はメスになり、XY型はオスになります。1991年にKoopmanらのグループにより、Y染色体に存在する Sry が性決定遺伝子であると示されました 。すなわち、Y染色体を有していれば、 Sry が活性化することでその個体はオスになります。 Sry が発見されて以降の30年間、「 Sry は、単一のエキソンで構成される遺伝子(単一エキソン遺伝子)であり、たった一種類のタンパク質SRYをコードする」と考えられてきました。これは教科書的事実として認知され、誰も疑いを挟みませんでした。
研究の内容
Sry の隠れたエキソンを発見
今回、立花誠教授らのグループは、マウスを使った実験で、 Sry の新たなエキソンを発見しました。本グループは、これまでに Sry が発現する細胞を選択的に集める方法を確立していました。その方法を用いて、 Sry が発現する細胞の網羅的遺伝子発現解析(RNA-seq)をした結果、 Sry の近傍に未知の転写産物が存在することに気がつきました。マウスの Sry 遺伝子座には、 Sry を挟んで左右で完全に同じ配列が鏡写しに存在するパリンドローム構造があります。通常の解析方法ではパリンドローム構造に隠されて未知の転写産物は表示されません。パリンドローム構造を想定した解析方法により、はじめて未知の転写産物が描出されます (図2) 。次に、転写開始点を網羅的に解析する手法(CAGE-seq)や、転写されたRNAを長い状態のまま網羅的に解析する手法(long-read RNA-seq)などの最新の手法を用いて解析した結果、この未知の転写産物が Sry の第2のエキソン(隠れエキソン)であることを明らかにしました。
この発見により、マウスの Sry 遺伝子の転写産物には、以前から知られていた単一エキソン型Single- exon type Sry ( Sry-S )と、新たに発見したTwo-exon type Sry ( Sry-T )が存在することが明らかになりました (図2) 。
Sry-T はオスの性決定に必要・十分である
次に、 Sry-T の性決定における役割を調べるために、 Sry の第2エキソンをゲノム編集により削除した Sry-T 欠損マウスを作製しました。 Sry-T 欠損マウスは Sry-S を発現しているにもかかわらずメスに性転換しました (図3) 。このことから Sry-T はオスへの性決定に必須であることが明らかになりました。さらに、今回発見した Sry-T とこれまでに知られていた Sry-S を、XX型のマウスで活性化させると、 Sry-T を活性化させたマウスのみがメスからオスへ性転換しました (図3) 。以上の実験から、生体では、これまでに知られていたSRY-Sではなく、SRY-Tが性決定因子として働いていることが明らかになりました。
SRY-Sにはオス化能力を不十分にするタンパク質分解シグナル(デグロン)が存在する
次に、 Sry-S は実験的にマウスをオス化する能力を持つにもかかわらず、生体ではオス化できない原因を調べました。SRY-SとSRY-Tのアミノ酸配列を比べると、後方のアミノ酸配列が異なります。この違いを解析した結果として、デグロン と呼ばれるタンパク質を分解する配列がSRY-Sにのみ存在することが分かりました。デグロンの最後から2番目のアミノ酸をバリンからプロリンに変えると、デグロンは不活性化されます。そこで、SRY-Tの欠損に加えてSRY-Sの最後から2番目のアミノ酸をバリンからプロリンに置換したマウスを作製したところ、SRY-Sタンパク質の分解が抑えられ、このマウスはオスになりました。以上の実験から、SRY-Sは自身のデグロン配列によりタンパク質が不安定になり、生体でのオス化能力がないことがわかりました。 Sry-S を用いた過去の実験では、タンパク質の不安定化を補えるほど多くの Sry-S を発現させることによって、オスにすることができたと考えられます。
以上の実験から、生体では、これまでに知られていたSRY-Sではなく、我々が新たに同定したSRY-Tが真の性決定因子として働いていることが明らかになりました。
Sry-T はデグロンを回避するために進化した?
一方で、今回の発見は性決定遺伝子の進化においても、新しい知見をもたらしました。 Sry が存在するY染色体は進化の過程でどんどん遺伝子を失っていることが知られています。これは、Y染色体以外の染色体は互いに修復が可能な対となる染色体を持っていますが、Y染色体は1本しか存在せず、遺伝子の修復ができないためだと考えられています。このように、ほ乳類のY染色体は、様々な遺伝子の機能が失われていく危機に直面していると考えられています。今回我々が見つけた Sry-S のデグロンをコードしている配列も、遺伝子の機能が失われる危機のひとつと考えられます。 Sry の"隠れエキソン"は、レトロトランスポゾン 由来の配列で構成されています (図4) 。このことは、レトロトランスポゾン由来の配列がエキソン化することでデグロン配列を回避させた、すなわち Sry の機能消失の危機を救ったと考えられます。これはウイルスに由来する配列が宿主の遺伝子を進化させ、その種の存亡の危機を救った可能性を示しており、ウイルスと宿主生物との関係について、改めて考えさせる研究結果となりました。
図2 (上)重複を許さない解析方法では、転写産物はパリンドローム構造の中に隠れてしまう。一方で重複を許した解析方法により、 Sry の近傍に未知の転写産物が認められる。CAGE-seqとlong-read RNA-seqの解析から未知の転写産物は Sry のエキソンと判明した。
図3 Sry-T を欠損すると、オスからメスへ性転換する。 Sry-T を活性化するとメスからオスに性転換する。
図4 Sry 遺伝子の進化げっ歯類の祖先で Sry 遺伝子にデグロン配列が出現したと考えられる。今回発見したエキソンはレトロトランスポゾンの配列で構成され、デグロン配列を回避するようにエキソン化が起こったと考えることができる。これにより性決定因子を安定して産生できるようになる。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、生物学の大きなテーマのひとつである性決定において、鍵となる重要な遺伝子 Sry の全体像が解明されました。この発見はほ乳類の性決定の仕組みの解明と、性決定遺伝子の進化の理解につながると期待されます。今後、他の生物におけるSRY-Tや、SRY-Sのデグロンの存在を検証していきます。また現在、立花誠教授が研究代表を務める新学術領域「性スペクトラム」では、生物の性を連続する表現型(スペクトラム)として捉え直し、性に関する様々な現象の統一的な説明に挑戦する試みがなされています( http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/sexspectrum/ )。今回の研究成果は、マウスの性スペクトラムを規定する因子の再定義につながりました。これまで築きあげられた Sry-S による研究成果が見直され、今後は Sry-T をキープレイヤーとした性の仕組みの理解が進むと期待されます。
今から10数年ほど前、 Sry を含むY染色体上の遺伝子は退化の一途を辿り、オスはやがていなくなるだろうとの考え方が提唱されました。今回の私たちの発見は、このような考え方に一石を投じるものです。私たちの研究成果は、オス化に関わる最も重要な遺伝子が現在進行形で進化していることを意味しているからです。
特記事項
本研究成果は、2020年10月2日(金)に米国科学誌「Science」(オンライン)に掲載されました。
タイイトル:"The mouse Sry locus harbors a cryptic exon that is essential for male sex determination"
著者名:Shingo Miyawaki, Shunsuke Kuroki, Ryo Maeda, Naoki Okashita, Peter Koopman and Makoto Tachibana
なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金、日本学術振興会科学研究費助成事業新学術領域研究「性スペクトラム:領域代表 立花誠」の一環として行われ、クイーンズランド大学ピーター・クープマン教授との国際共同研究により行われました。
研究者のコメント
宮脇慎吾
研究を始めた当初、 Sry に第2のエキソンが存在することは全く予想ができず、未知の転写産物はノンコーディングRNAやエンハンサーなのではないかと考えていました。その可能性を検証するためにCAGE-seqの結果を解析し、研究室のメンバーと議論をしたところ、予想とは違う結論に至り落胆しました。しかしながら、RNA-seqのデータを再度慎重に見返すと、あまたあるデータの中でたった1本のリードのみが、未知の転写産物がエキソンであることを示唆していることに気付きました (図5) 。今回の発見は、研究室のメンバーと実際のデータを前にして議論を尽くしたことにより見つけることができました。
図5 RNA-seqの実験データ.矢印:エキソンを示すリード
参考URL
生命機能研究科 エピゲノムダイナミクス研究室HP
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/tachibana/
用語説明
- ほ乳類の性決定
ほ乳類は胎仔の時期にはオス、メスのどちらにもなれる能力がある。マウスでは胎性11.5日齢の生殖腺体細胞で一過的に Sry が活性化することで、オスになる過程が進行する。実験的に、オス型の性染色体(XY型)を持つ個体で Sry を活性化しないとメスになり、メス型の性染色体(XX型)を持つ個体で Sry を活性化するとオスに性転換させることができる。
- エキソン
真核生物の遺伝子では、タンパク質の情報に相当する部分をエキソン(翻訳配列)といい、遺伝情報がコードされていない部分をイントロン(非翻訳、介在配列)と呼ぶ。ゲノム上のエキソンとイントロンはモザイク様で、RNAに転写された後にスプライシングでイントロンが除去されて、残されたエキソンの部分がアミノ酸をコードするメッセンジャーRNAとなる。これまで Sry はひとつのエキソンで構成される遺伝子(単一エキソン遺伝子)だと考えられていた。 *一般的な表記方法に従い、遺伝子を Sry 、転写産物を Sry-S Sry-T 、タンパク質をSRYと表記した。
- トランスクリプトーム
ゲノムDNAから転写されたRNA産物(トランスクリプト)を包括的に解析する手法。今回の研究では、RNAシーケンス(RNA-seq)、長鎖RNAシーケンス(long-read RNA-seq)、CAGE-seqを用いて解析した。
- ゲノム編集
CRISPR/Cas9などのシステムを用いて、ゲノムの任意の場所を切断したり、入れ替えたりする技術。今回の論文では、徳島大学の竹本教授らによって開発された、エレクトロポレーションを用いた手法を使用した。
- Sry が性決定遺伝子
性決定遺伝子Sryの発見と歴史的背景 :
1991年にKoopmanらのグループが Sry を含むL741と呼ばれるY染色体のDNA断片をマウスのゲノムに複数コピーを挿入し、 Sry を強制的に活性化することでメスからオスへ性転換する実験を実施し、 Sry が性決定遺伝子であると示した(P. Koopman., Nature. 1991)。この発見以降30年間、多くの研究がこのL741をもとにして実験されており、オスになるために必要な領域はL741の中にあると考えられていた。しかしながら、近年、このL741をメスのゲノムに単一コピーで挿入しても、オス化することができないことが示され(A. Quinn., PLoS One. 2014)、我々はL741の外側に性決定に不可欠な要素が存在する可能性があると考えた。本研究では、L741の外側に Sry の第2のエキソンが存在することを発見した。
- デグロン
タンパクのC末端に特定の配列が存在すると、その配列を認識してタンパク質を積極的に分解するシステムが存在する。この特定の配列がデグロン配列である。デグロン配列を持つタンパク質は速やかに分解される。
- レトロトランスポゾン
ゲノム上に多数存在するレトロウイルス由来の配列。