ヒト肺炎病原菌で感染の鍵となる分子の構造を解明

ヒト肺炎病原菌で感染の鍵となる分子の構造を解明

マイコプラズマ・ニューモニエの接着、滑走、抗原性変化のタンパク質

2020-9-30生命科学・医学系

概要

大阪市立大学理学研究科宮田真人(みやたまこと)教授らの研究チームは、ヒトに肺炎を発症させる細菌、マイコプラズマ・ニューモニエがヒトに感染するために接着と滑走を行うためのタンパク質複合体、"Nap"の構造を、世界で初めて原子レベルで明らかにしました。

本研究は、大阪大学大学院生命機能研究科の難波啓一(なんばけいいち)特任教授ら、蛋白質研究所の加藤貴之(かとうたかゆき)教授ら、国立感染症研究所の見理剛(けんりつよし)室長ら、そしてスペイン、バルセロナとドイツ、フランクフルトの計9つ研究チームとの共同で行われました。

この研究成果は、2020年10月14日18時(日本時間)にイギリスのオンライン科学雑誌である『Nature Communications』に掲載されました。

掲載情報

雑誌名:Nature Communications(IF=12.1)
論文名:Immunodominant proteins P1 and P40/P90 from human pathogen Mycoplasma pneumoniae
著者:David Vizarraga, Akihiro Kawamoto, U Matsumoto, Ramiro Illanes, Rosa Pérez-Luque, JesúsMartín1, Rocco Mazzolini, Paula Bierge, Oscar Q. Pich, Mateu Espasa, Isabel Sanfeliu, Juliana Esperalba, Miguel Fernandez-Huerta, Margot P. Scheffer, Jaume Pinyol, Achilleas S. Frangakis, Maria Lluch-Senar, Shigetarou Mori, Keigo Shibayama, Tsuyoshi Kenri, Takayuki Kato, Keiichi Namba, Ignacio Fita, Makoto Miyata* and David Aparicio*

研究の背景

日本で毎年数万~数十万人が発症しており、ヒト市中肺炎の10-30%を占める"マイコプラズマ肺炎"は、マイコプラズマ・ニューモニエという小さな細菌によって起こります。この肺炎は、2010-2011年に世界的に大流行しました。マイコプラズマ・ニューモニエは、菌体の片側に小さな突起"接着器官"を形成し、この突起で宿主組織の表面にはりつき、はりついたままに動く"滑走運動"を行います。接着と滑走運動、そして菌体の構造を変化させることでヒトの免疫機構から逃れることはマイコプラズマ・ニューモニエの感染力維持と生き残りのために必須です。これらの3つの現象の中心を担うのが、接着器官表面に存在する"Nap"と呼ばれるタンパク質複合体です。この"Nap"は、1980年ごろに発見されて以降、関係者の注目を集め続けましたが、これまでその構造はほとんど明らかになっていませんでした。今回、"Nap"の大半をしめる、細胞外部の構造を原子レベルで決定することに成功しました。

研究の内容

複合体を構成するタンパク質を単離し、そのそれぞれにつき、クライオ電子顕微鏡と結晶構造の解析を組み合わせることにより、構造の全容を解明することに成功しました。得られた形状は4つのアメリカンドッグが柄の部分で束ねられて、菌体の膜に刺さっているような構造で、柄とは逆の部分の内側に宿主表面に存在するシアル酸オリゴ糖を結合する部位が存在していました。また、宿主の免疫システムから逃れるために構造が変化する部分は主に先端側に分布していました。解かれた構造は、マイコプラズマ研究の分野で約40年にわたって追い求められてきたものであり、菌体の接着、滑走、抗原性変化のメカニズムを理解するための決定的な情報となります。

図 解明したNap構造
白い部分以外は免疫システムを逃れるために構造が変化する部分。左下の拡大部分が宿主の表面構造であるシアル酸オリゴ糖(赤とスカイブルーで示された構造)に結合する部位を示す。
@大阪市立大学宮田真人

今後の展開について

マイコプラズマ・ニューモニエの接着と滑走運動を原子レベルで議論することが可能になり、その理解が短期間に飛躍的に進むと期待されます。宿主に結合するための構造が明らかになったため、接着を阻害する化合物のデザインが可能になります。構造の表面に変化しにくい部位が特定できたため、感染を防ぐ抗体の作製やワクチンの作製が可能になります。

参考

・動画 https://www.youtube.com/watch?v=bjsKderHU5E
(マイコプラズマ・ニューモニエの滑走の様子)

・研究動画について

10月2日(金)に開催した記者レクチャー動画は、以下よりご覧いただけます。

共同研究、資金等

本研究は、下記の計画研究の一部として行われました。

・科研費・新学術領域「運動超分子マシナリーが織りなす調和と多様性」(領域代表:宮田)
・科研費・基盤研究(A)「病原細菌,Mollicutes綱における3種の運動メカニズム」
・CREST研究・「合成細菌JCVIsyn3.0Bとゲノム操作を用いた細胞進化モデルの構築」(研究代表:宮田)
・大阪市立大学戦略的研究重点研究「急速凍結レプリカ電子顕微鏡法の開発と微生物学などへの応用」
・科研費・特別推進研究「クライオ電子顕微鏡による生体分子モーターの立体構造と機能の解明」(研究代表:難波啓一,大阪大学特任教授)
・AMED「創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム」(支援担当者:難波啓一,大阪大学特任教授)

参考URL

生命機能研究科 難波研究室HP
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/jpn/general/lab/02/