免疫学の常識を覆す!抗体と受容体の新たな結合部位の発見
概要
名古屋市立大学薬学研究科生命分子構造学分野の加藤晃一教授と大阪大学大学院工学研究科の内山進教授は、生体内の免疫機能を司る抗体分子とその受容体に着目した共同研究を行い、これまで明らかとなっていた結合部位に加え、新たな結合部位があることを世界で初めて明らかにしました。本研究成果は8月16日午前10時(英国時間)、(日本時間8月16日午後6時)に、自然科学と臨床科学のあらゆる領域を対象としたオープンアクセス学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。
本研究成果のポイント
生体内に細菌やウイルスなどの異物が侵入した際には、これらを排除するように抗体を介した免疫機能が働きます。こうした働きを利用して、抗体はバイオ医薬品として盛んに用いられています。抗体はFab部分で異物を捕まえ、Fc部分で免疫細胞にあるFc受容体と結合します。これまでFc受容体はその名の通り、抗体のFc部分で結合するとされてきましたが、本研究により、抗体のFc部分に加え、Fab部分もFc受容体と結合することを見出しました。本研究の成果は、Fc受容体は抗体のFc部分に対する受容体であるという免疫学の教科書の記述を書き換えるとともに、がんなどの分子標的薬として使用される抗体医薬品の高機能化へと繋がる、新たな創薬ターゲットとして期待されるものです。
研究の背景
私たちの体の中には外部からの異物の侵入に備えた免疫機能が存在します。特に血液中に多く存在するタンパク質である抗体は、細菌やウィルス、がん細胞などを特異的に認識した後に、免疫細胞と結合することで免疫機能を活性化させ、それらを殺傷する機能を発動させます。これらの機能が発動するには、抗体と免疫細胞に存在するFc受容体との結合が不可欠です。
これまでFc受容体との結合においては、抗体のFc部分が担っているとされており、従来の物理化学的な手法を用いて、抗体のFc部分とFc受容体が結合する様子が明らかにされています。しかしながら、従来の研究では、実際に生体内で抗体が機能を発動する環境と大きく異なることが問題として挙げられました。
がんなどの治療に用いられる抗体医薬品は、まさに抗体と免疫細胞との結合を介した免疫機能を利用したものであり、抗体と免疫細胞との結合の強さが、直接異物を殺傷する能力へと繋がることから、これらの分子の結合については注目が集まっています。
研究成果
本研究では実際に抗体が機能する環境を模倣して、高速原子間力顕微鏡 を用いて、抗体とFc受容体の結合する様子を初めてリアルタイムで観測することに成功しました。さらに結合する強さを算出すると、Fc受容体に対する結合は、抗体のFc部分に比べ、Fab部分を含む抗体全長の方が有意に強いことが明らかとなりました。 (図1A)
次に、抗体とFc受容体の結合する部位を詳細に調べるため、水素重水素交換質量分析 を用いて、Fab部分におけるFc受容体との結合する部位を特定することに成功しました。 (図1B)
これまでの研究では、Fab部分とFc部分を含む抗体全長を用いた解析が困難であることから、見過ごされてきたFab部分とFc受容体との結合を初めて捉えることに成功しました。本成果は、抗体のFc部分にのみ結合するとされてきたFc受容体は、実はFab領域とも結合するという、免疫学的な常識を覆すものです。
図1
(A)高速原子間力顕微鏡を用いた抗体とFc受容体の結合の様子。Fc受容体に対し抗体が特異的に結合し、離れていく様子をリアルタイムで観測することに成功しました。
(B)水素重水素交換質量分析によって明らかとなった抗体とFc受容体の結合部位。赤色で示した部位が抗体とFc受容体が結合する部位。
成果の意義および今後の展開
免疫細胞のFc受容体と結合するのは、抗体のFc部分のみと考えられていましたが、本研究の成果により、Fab部分もFc受容体との結合に関与する可能性を見出し、Fab部分におけるFc受容体との新たな結合部位を特定することに成功しました。
近年、がんなどの治療においては、免疫機能を利用した抗体医薬品が広く使用されています。本研究により明らかとなった結合部分を改変することで、従来よりも機能を増強させた抗体医薬品の開発が期待されます。
特記事項
掲載誌:Scientific Reports 電子版
題目:The Fab portion of immunoglobulin G contributes to its binding to Fcγ receptor III
著者:與語理那(名古屋市立大学)、山口祐希(大阪大学)、渡辺大輝(自然科学研究機構)、矢木宏和(名古屋市立大学)、佐藤匡史(名古屋市立大学)、中西直人(産業技術総合研究所)、鬼塚正義(徳島大学)、大政健史(大阪大学)、嶋田麻里(大阪大学)、丸野孝浩(大阪大学)、鳥巣哲生(大阪大学)、渡邊史生(サーモフィッシャー)、肥後大輔(サーモフィッシャー)、内橋貴之(名古屋大学、自然科学研究機構)、谷中冴子(名古屋市立大学、自然科学研究機構)、内山進(大阪大学、自然科学研究機構)、加藤晃一(名古屋市立大学、自然科学研究機構)
本研究は、名古屋市立大学、自然科学研究機構、大阪大学、産業技術総合研究所、徳島大学、サーモフィッシャーが参加した共同研究です。
本研究は、科学研究費補助金 特別研究員奨励費(JP19J15602)、基盤研究(JP17H06414,JP17H05893,JP18K14892,JP17H03975,JP16H00758,JP18H05203, JP19H01017)および生命創成探究センター(ExCELLS program No.18-101)等の サポートを受けて実施されました。
参考URL
大阪大学大学院工学研究科 生命先端工学専攻 高分子バイオテクノロジー領域 内山研究室
https://macromolecularbiotechnology.com/
用語説明
- 高速原子間力顕微鏡
(HS-AFM) :
タンパク質などの試料表面を針で高速でスキャンすることで試料の形や動きなどをリアルタイムで観測することができる。
- 水素重水素交換質量分析
(HDX-MS):
軽水素と重水素の質量の違いを利用し、複合体形成に伴う重水素の取り込み率を測定することで、結合部位や構造変化等を捉えることができる。