固体中で光の情報を制御する新現象を発見

固体中で光の情報を制御する新現象を発見

光デバイスの多機能化に期待

2017-10-3

発表のポイント

・光と物質を媒介する励起子(れいきし) と呼ばれる粒子のホール効果 を初めて観測した。
・この新現象により、励起子を用いて光の偏光 情報を固体中で伝達・分離することが可能であることが示された。
・偏光情報を用いた光デバイスの多機能化や、今回の新現象を記述する学理の構築に向けた起爆剤になると期待される。

発表概要

東京大学大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センターの岩佐義宏教授(理化学研究所創発物性科学研究センター創発デバイス研究チームチームリーダー兼任)、同研究科附属量子相エレクトロニクス研究センターの井手上敏也助教、同研究科物理工学専攻の恩河大大学院生らの研究グループは、大阪大学産業科学研究所の張奕勁研究員と共同で、新たな二次元物質 として注目される二硫化モリブデン(MoS 2 )の単層を用いて、入射光の偏光情報を保った励起子(れいきし)を伝達し、選択的に空間分離することが可能な新現象(励起子ホール効果)を発見した。

フォトダイオードやLEDを構成する半導体の受光・発光において、励起子といわれる複合粒子が主要な役割を果たす。励起子は素子の電気特性と光を結びつける概念として20世紀半ばから研究が続いてきたが、その光のエネルギー・情報を受け取った励起子そのものを伝達・制御し、光エレクトロニクスにつなげようとする研究は極めて少なかった。一方で、固体中の様々な粒子の軌道を曲げて制御するホール効果と呼ばれる現象は広く研究されてきたが、励起子については全く報告がなかった。

今回は単層二硫化モリブデン内の励起子が光の偏光情報と結合することに着目し、その特異な励起子が磁場を加えなくてもホール効果を示すことを発見した。これは光の偏光情報を固体中で励起子として選択的に輸送できることを示しており、励起子を直接的に用いた新たな光エレクトロニクスなどの基礎となりうる結果である。

本研究成果は、英国科学雑誌『Nature Materials』のオンライン版(平成29年10月2日版)に掲載されました。

本研究は日本学術振興会科学研究費補助金特別推進研究(No.25000003)、挑戦的研究(萌芽)(No.17K18748)、研究活動スタート支援(No.15H06133)の支援を受けて行われた。

背景

フォトダイオードやLEDを始めとする半導体光素子において、その受光・発光特性は半導体中の励起子と呼ばれる粒子によって特徴付けられることが知られている。励起子とは負電荷をもった電子と正電荷をもった正孔がクーロン力により結合した複合粒子であり、この励起子の生成・再結合により光吸収・発光が説明される。このように励起子は、その光デバイスにおける応用上の重要性から、基礎と応用の両側面で絶えず研究が続けられてきた。しかしながら、励起子そのものを電子のように情報担体として伝達・制御し、積極的に活用しようとする研究は極めて少なく、特にその励起子の量子力学的な輸送現象を研究した例は存在しなかった。こういった現象は発見されれば、励起子自体を用いた新たな光エレクトロニクスの創成につながる可能性がある。

一方で励起子以外では、量子論的な効果を反映した輸送現象が多数発見されている。例えば、電子スピンが磁場なしでも自発的に曲がるようなスピンホール効果に代表される自発的ホール効果の研究は、新規な省電力技術の開発のため広く注目を集めてきた。そこでわれわれは励起子、特にバレー励起子 と呼ばれる特異な励起子状態を用いて、励起子におけるホール効果・量子輸送現象の観測を試みた。

研究の対象とした物質はグラフェンや二硫化モリブデン(MoS 2 )に代表される層状構造を持つ二次元物質である。特にそのMoS 2 の単層は半導体材料として近年注目を集めており、0.6ナノメートルの薄さながら良好なトランジスタ特性や光特性を有することが知られている。この系は極めて安定かつ光の偏光情報と結合するバレー励起子を形成することから、励起子を用いた光エレクトロニクスの舞台として高い期待を集めている。

研究内容

単層のMoS 2 は劈開法(へきかいほう)と呼ばれる、層状物質に対し極めて汎用性の高い手法を用いて作成した。スコッチテープを用いて母結晶から基板に単層を分離することができ、作成した試料を洗浄の後、液体ヘリウムを用いた真空冷却システムを用いて30ケルビン(マイナス243℃)に冷却して測定を行った。

測定は光を照射したときの試料からの発光(フォトルミネッセンス)の空間分布を測定する手法を用いた。照射点からサンプルに沿って励起子が拡散していく様子が観測された。更に2種類のバレー励起子が光の偏光情報と一対一に対応することから、その偏光を分離して測定できる測定系を構築して、2種類のバレー励起子の動きをそれぞれ追跡した。この2種類のバレー励起子はそれぞれが逆符号の内部磁場を有していると考えられており、それぞれ逆向きのホール効果を示すことが期待される。

バレー励起子の軌跡を測定したところ、駆動力と直交する方向にそれぞれ逆向きの運動をしていることが観測された (図1) 。この信号がゼロ磁場下で観測され、かつ励起光の偏光と対応したシグナルであったことから、バレー励起子の自発的ホール効果であることが分かった。観測された現象は「励起子ホール効果」と呼ばれるべき新現象であり、初めて実験的にその存在が示された (図2) 。

またこのとき光によって書き込まれた情報はバレー励起子として空間輸送されており、その情報の到達距離(バレー拡散長)は2マイクロメートルを超えていることが分かった。これは、励起子ホール効果と組み合わせることで、物質中で光の情報を選択的に長距離輸送できることを示しており、2次元物質の応用可能性をさらに広げる結果である。

今後の展望

本研究により初めて、励起子が示す量子輸送現象である励起子ホール効果の存在が明らかとなった。新現象ゆえ詳細な特性に関する理論的・実験的研究が不足しているが、この発見を契機として、励起子のような複合粒子の量子輸送を記述する基礎理論の構築や今まで注目されなった励起子輸送の研究が他の半導体物質で加速することが期待される。

またバレー励起子により偏光情報が長距離保たれ、また励起子ホール効果によりその空間選択的な輸送が可能であることも示された。現状では低温での動作に留まっているが、今回の発見を契機として、偏光により入出力を行うバレーメモリーや偏光を用いた次世代光通信デバイスの実現に向けた研究が、今後広がっていくことが期待される。

発表雑誌

雑誌名:「Nature Materials」(平成29年10月2日オンライン版)
論文タイトル:Exciton Hall effect in monolayer MoS 2
著者:M. Onga, Y. J. Zhang, T. Ideue, and Y. Iwasa
DOI 番号:10.1038/nmat4996
アブストラクトURL: http://dx.doi.org/10.1038/nmat4996

添付資料

図1 励起子ホール効果の観測
今回の研究で用いたサンプルの写真が左図。実線で囲まれた部分が単層MoS 2 サンプル。右図が測定結果で、図の上方から下方に向かって励起子が流れている。その際にゼロ磁場下でも、K励起子(赤)が右に、K’励起子(青)が左に曲がって流れていることが今回の研究で分かった。

図2 励起子ホール効果の概念図
本研究で初めて観測された励起子ホール効果の概念図。光の偏光情報を伴ったバレー励起子がその情報に応じて左右逆方向に曲がっていくことが判明した。

参考URL

大阪大学産業科学研究所
http://www.sanken.osaka-u.ac.jp/

用語説明

励起子

光が固体に吸収されるとき、その物質中には負の電荷を持った電子と正の電荷を持った正孔ができる。それら電子と正孔はクーロン力により互いにひきつけあい、水素原子のような束縛状態を形成する (下図) 。この作られた複合粒子のことを励起子といい、励起子の特性がそのまま固体中の光学特性を表すことが知られている。すなわち固体中の光の吸収は励起子ができること、固体からの発光はその励起子が消えて光に変わることとして理解される。

ホール効果

ホール効果と自発的ホール効果:

荷電粒子は外部から磁場を受けるとローレンツ力によりその軌道が曲がるが、同様のことが固体中の電子や正孔でも起こり、ホール効果と呼ばれる( 下図 左)。このホール効果の測定により半導体中を流れている粒子の特性を明確に知ることが出来るので、基礎から応用に至るまで幅広い研究・開発で用いられている。一方近年、同様に固体中の粒子が曲がる現象が、外部から磁場を加えなくても起こることがわかってきた。これは自発的ホール効果( 下図 右)と呼ばれ、固体内部の反転対称性の破れや相対論的な効果により発現する内部磁場に起因するものであると説明される。この自発的ホール効果は、従来のホール効果同様の物質の特性を解明する手法としてのみならず、固体中の量子力学的自由度の流れを作り出す手法として、次世代の省電力技術などに利用できるのではないかと期待されている。

偏光

光は電場と磁場の振動が伝わる電磁波であり、光の進行方向、電場、磁場は互いに直行している。光は電場や磁場の振動の仕方によって異なる特性を示し、それを偏光と呼ぶ。例えば電場が常に一つの平面内で振動する場合を直線偏光、電場が三次元的に螺旋を描きながら伝播する場合を円偏光と言う。円偏光は螺旋の向きに応じて右回り円偏光と左回り円偏光の二種類が存在し、それぞれ符号が逆の角運動量を有している。近年はこの偏光を用いた応用技術(ディスプレイ技術、通信技術など)が徐々に実用化してきている。

二次元物質

2010年のノーベル物理学賞で注目を集めたグラフェンのように、原子層1枚を取り出すことが出来る物質は数多く存在し、グラファイトのような層状の構造を有している。このような物質群を広く二次元物質と呼ぶ。その単層を作成する手法としては、ノーベル賞の対象となった粘着テープを用いた劈開法が有名である。特に、二硫化モリブデンをはじめとする遷移金属ダイカルコゲナイドと呼ばれる系は、グラファイトと同様な構造を持ち、かつグラフェンにはないバンドギャップを有する直接遷移型の半導体であるため、電気・光デバイスへの応用に向けて広く研究が進められている。単層の遷移金属ダイカルコゲナイドにおいては、極めて安定な励起子状態や後述のバレー自由度が存在している。

バレー励起子

バレー自由度/バレー励起子:

二硫化モリブデンをはじめとする遷移金属ダイカルコゲナイド単層はその蜂の巣格子状の結晶構造と反転対称性の破れのために、光吸収・発光に対応するエネルギー準位に2組の状態(K点とK’点)が存在している。それらはエネルギー的には同一であるが別個に分離されて存在し、バレー自由度と呼ばれている。このK点をデジタルでいうところの”0”、K’点を”1”に対応させることで、バレー自由度が新たな情報担体となることが期待されており、エレクトロニクスに対応した”バレートロニクス”という名で研究がなされている。このバレー自由度を反映した励起子がバレー励起子 (下図) であり、興味深いことにこのバレー励起子は光の偏光情報と一対一に対応する。K励起子が右回り円偏光と、K’励起子が左回り円偏光とそれぞれ対応するので、光の偏光情報をそのまま固体中の励起子状態として対応付けられるという点で広く注目されている。