自己免疫疾患の引き金となるウイルス因子を同定

自己免疫疾患の引き金となるウイルス因子を同定

2015-8-25

本研究成果のポイント

・悪性リンパ腫や自己免疫疾患を引き起こすウイルス(EBウイルス)による自己免疫疾患発症メカニズムを発見
・EBウイルスタンパク質LMP2Aがマウスモデルにおいて自己免疫疾患を誘導することを発見
・LMP2AをターゲットとしたEBウイルス関連自己免疫疾患の治療、予防法の確立が期待される

概要

大阪大学微生物病研究所/免疫学フロンティア研究センターの安居輝人准教授、菊谷仁教授らの研究グループは、伝染性単核球症 の原因で、悪性リンパ腫や自己免疫疾患 との関与が知られているEpstein-Barrウイルス (EBウイルス)による自己免疫疾患発症メカニズムを突き止めました。

EBウイルスはヒトに感染するヘルペスウイルスの仲間で、初感染後は体内において終生保持され、成人の90%以上が感染している一般的なウイルスです。多くの場合、小児時に感染し、無症状もしくは軽い症状ですが、思春期や成人期に感染すると伝染性単核球症を引き起こすこともあります。

本研究成果では、これまでEBウイルス感染との関連を指摘されていた自己免疫疾患が、EBウイルス由来膜タンパク質であるLMP2A の発現によって発症することが初めて示され、ヒトにおけるEBウイルス関連自己免疫疾患の発症をLMP2Aが促進していることが示唆されました。これにより、LMP2AをターゲットとしたEBウイルス関連自己免疫疾患の治療、予防法の確立が期待されます。

本研究は、8月25日に「Proceedings of the National Academy of Sciences」(米国科学アカデミー紀要)のon line 版に公開されました。

胚中心B細胞にEBウイルスが感染するとLMP2Aが発現し、B細胞選択異常と抗体産生細胞への分化促進により自己免疫疾患を発症する

研究の背景

細菌やウイルスなどの感染や異物の侵入に対して作用する免疫系は、自己には作用しないような仕組みを持っています。しかし、免疫系の過剰活性化などが起こると自己反応性免疫が活性化し、自己抗体の産生や、自己組織の攻撃が起こったりします。これによって起こる種々の疾患が自己免疫疾患です。自己免疫疾患には様々な原因と病態がありますが、全身性エリテマトーデス多発性硬化症 といった疾患はEBウイルス の感染が関与していることが疫学調査などから示唆されていました。

EBウイルスはヒトに感染するヘルペスウイルスの仲間で、B細胞 によく感染します。初感染後は体内において終生保持されるウイルスで、成人の90%以上が感染している一般的なウイルスです。EBウイルスは、多くの場合、小児時に感染し、無症状であったり、軽い症状であったりしますが、思春期や成人に感染するとリンパ球の異常増殖によって伝染性単核球症を起こすことがあります。また、EBウイルスは疫学的知見よりバーキットリンパ腫ホジキンリンパ腫 などのリンパ腫や、先に述べた全身性エリテマトーデスや多発性硬化症などの自己免疫疾患との関連が示唆されています。

EBウイルス感染細胞において発現するウイルス由来膜タンパク質であるLMP2AはB細胞の生存を促進すること(B細胞抗原レセプター(BCR)シグナルを模倣)がこれまでの研究で明らかにされてきました。しかし、このタンパク質LMP2Aが生体内において発現する時期は、胚中心B細胞 と呼ばれる分化段階に限られており、この時期に適切にこのタンパク質を発現させた解析はこれまで行われてきませんでした。

今回の研究の成果

本研究では、胚中心B細胞で特異的にLMP2Aを発現するマウスを作製し、LMP2Aが与える影響を検討しました。その結果、このマウスは自己抗体の産生、抗体複合体の糸球体沈着といった自己免疫疾患様の症状を呈することが明らかになりました。このことから、これまでEBウイルス感染との関連を指摘されていた自己免疫疾患がLMP2Aの発現によって発症することが初めて示され、ヒトにおけるEBウイルス関連自己免疫疾患の発症をLMP2Aが促進していることが示唆されました。さらに、LMP2Aを発現するB細胞ではB細胞選択異常により抗体BCRの抗原親和性が減少していることや抗体産生細胞への分化を促進する因子であるZbtb20 の発現量が亢進しており、実際に抗体産生細胞への分化が促進していることも明らかになりました。この結果から、LMP2AはB細胞の生存と分化を促進することによって、抗体の親和性が低く本来なら死にゆく運命のB細胞を生き残らせ、EBウイルス感染細胞の生存や感染の成立に寄与しているものと考えられます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

EBウイルスは伝染性単核球症だけではなく、リンパ腫や自己免疫疾患といった様々な疾患との関連が指摘されています。本研究により、EBウイルスの感染成立にEBウイルスが発現する膜タンパク質であるLMP2Aが重要であることが示されました。また、LMP2Aが自己免疫疾患発症を促進していることが示唆されましたので、LMP2AをターゲットとしたEBウイルス関連自己免疫疾患の治療、予防法の確立が期待されます。

特記事項

本研究は、8月25日に「Proceedings of the National Academy of Sciences」(米国科学アカデミー紀要)のon line 版に公開されました。

また、本研究は大阪大学、ハーバード大学との共同研究で行われたものです。

参考URL

大阪大学微生物病研究所 分子免疫制御分野 菊谷研究室
http://www.biken.osaka-u.ac.jp/act/act_kikutani.php

論文掲載先(米国アカデミー紀要(PNAS))
http://www.pnas.org/content/early/2015/08/19/1514484112.abstract

用語説明

自己免疫疾患

細菌やウイルスなどの感染や異物の侵入時にこれらを排除する作用がある免疫系は、自己には作用しないような仕組みを持っている。しかし、免疫系の過剰活性化などが起こると自分自身の正常な細胞や組織に対してまで反応し攻撃を加えてしまうことがある。このような自己反応性の免疫反応で症状を起こす疾患の総称が自己免疫疾患である。近年、特に先進国において患者数は増え続けている。

EBウイルス

Epstein-Barr(エプスタイン・バー)ウイルス:

ヒトに感染するヘルペスウイルスの仲間であり、伝染性単核球症の原因ウイルスであるだけでなく、種々のリンパ腫や自己免疫疾患との関連が知られている。

LMP2A

LMP2A(Latent membrane protein 2A) (エルエムピーツーエー(レイテント メンブレン プロテイン ツーエー)):

EBウイルスの感染により発現するEBウイルス由来膜タンパク質。通常のEBウイルス感染B細胞では胚中心B細胞においてのみ発現する。BCRシグナルを模倣し、B細胞の生存を促進することが明らかとなっていた。

伝染性単核球症

ヘルペスウイルスの仲間であるEBウイルスの感染で起こる病気。唾液により感染し、発熱、のどの痛みおよびリンパ節、脾臓、肝臓の腫れを発症する。

胚中心B細胞

病原体の感染や異物の侵入があると、B細胞は活性化して抗体産生細胞に分化し、抗体を産生する。一方で、一部のB細胞は、抗原への親和性をさらに高めるために、非常に盛んな細胞増殖とともに抗体遺伝子へランダムな変異を導入する。このようにして変異が導入された膨大な数のB細胞は、ほとんどが抗原への親和性が低下してしまい死にゆくが、ごく一部の高い親和性を獲得したB細胞のみが生き残り、高親和性の抗体産生細胞などに分化していく。この過程を親和性成熟過程といい、この過程が起こる場が胚中心である。胚中心で親和性成熟を行うB細胞は胚中心B細胞と呼ばれる。

B細胞

免疫反応を担う重要な細胞で、主に抗体産生を行う。B細胞は非常に細胞死を起こしやすい細胞であり、細胞表面に発現するB細胞抗原レセプター(BCR)に常に刺激が入り、BCRシグナルと呼ばれる生存に必要なシグナルを受け取らなければ生きていけない。また、B細胞が抗体産生細胞に分化すると、BCRが分泌できる形になる。これが抗体である。

全身性エリテマトーデス

全身の臓器に炎症が起こる自己免疫疾患の一種。発症の原因についてはよくわかっていない。患者は健常者に比べて血液中のEBウイルスに対する抗体価が高い。

多発性硬化症

脳、脊髄、視神経に障害が起き、様々な症状が発症する病気。原因は不明であるが、自己免疫疾患であるとの考えが有力である。血液中のEBウイルスに対する抗体価が高い若者はその後の多発性硬化症の発生リスクが高いという報告がある。

バーキットリンパ腫

特徴的な遺伝子の変異を持っており、増殖速度が非常に速いB細胞由来の悪性リンパ腫である。EBウイルスとの関連が初めて示されたがんであり、中央アフリカにおける地域的集積性のあるバーキットリンパ腫では、ほぼ100%でEBウイルスが検出される。

ホジキンリンパ腫

B細胞由来の悪性リンパ腫であり、病理組織診断では特徴的な細胞像が見られる。日本においては約4割でEBウイルスが検出される。

Zbtb20

Zbtb20(Zinc finger and BTB domain containing 20) (ズィービーティービートゥエンティー(ジンクフィンガー アンド ビーティービードメイン コンテイニング トゥエンティー)) B細胞の抗体産生細胞への分化を促進したり、抗体産生細胞の生存を保つ働きがあるタンパク質。