2013年3月1日

リリース概要

大阪大学大学院工学研究科の笠井秀明教授らの研究グループは、原子核に古典論を用いた従来の第一原理計算の限界を突破するために、固体表面での世界初の水素反応量子ダイナミクス理論※1(笠井理論)を提唱し、数々の成果を上げてきました。

その後、「量子ダイナミクス理論(Naniwa)」は水素以外の元素および固体内部に拡張され、超高速計算アルゴリズムを搭載した「量子第一原理計算(Hyper-Naniwa※2)」として確立し、その応用範囲は一挙に拡大しました。今回、これらの成果を究極のエコ電池として期待されている固体高分子形燃料電池〔PEFC〕※4に適用し、燃料電池内の反応すべてが量子反応であることを突き止め、これに基づく燃料電池の知的設計手法の構築に成功しました(関連特許:出願8件、うち国内登録が2件、米国登録が1件)。

本成果は、水素・燃料電池の研究開発と製造技術に関する第9回 国際 水素・燃料電池展(9th Int'l Hydrogen & Fuel Cell Expo)の研究発表大会(2月28日)とポスター展示(2013年2月27日~3月1日)にて発表されます。

 

研究の背景

現在、世界が直面する環境・エネルギー問題の解決に向けて、化石燃料に代わるクリーンな燃料電池の普及が期待されています。自動車用・家庭用燃料電池としての実用化が始まり、普及拡大が最も期待されている固体高分子形燃料電池は、燃料水素から電子を取り出す「燃料極(酸化反応※7)」と、電子が取られた水素イオンを選択伝導させる「高分子電解質膜」と、水素イオンと電子と酸素が結合する「空気極(還元反応※7)」とからなるサンドイッチ構造(スタック構造と呼ばれる)から構成されています。

「燃料極」の反応活性と耐久性を高めるために、経験的に白金(Pt)等の貴金属※5が電極触媒として用いられます。しかし、その反応メカニズムは原子スケールで解明されておらず、燃料極の触媒反応向上や触媒使用量削減の設計方法は確立していませんでした。また、「固体高分子膜」に用いられるナフィオン(Nafion)膜※9の水素イオン伝導は、含水率に依存することが実験的に知られています。しかし、その伝導メカニズムは原子スケールで解明されておらず、固体高分子膜の設計指針は明確ではありませんでした。さらに、「空気極」の酸素の解離吸着反応※8は遅く、反応活性化のために白金が電極触媒として用いられています。しかし、その反応メカニズムも原子スケールで解明されておらず、空気極の触媒反応向上の設計方法は確立していませんでした。

 

今回の成果

本研究では、世界に先駆けて確立した「量子ダイナミクス理論(Naniwa)」と「量子第一原理計算(Hyper-Naniwa)」を、固体高分子形燃料電池に適用した知的設計手法「CMD※3」を構築し、以下の反応メカニズム解明と知的設計に成功しました。

1) 燃料極の反応メカニズムと知的設計手法:水素分子の解離吸着メカニズムは水素分子のトンネル効果であることを見出しました。知的設計手法の一例として、白金(Pt)より格子定数が大きい金属表面に白金をコーティングした触媒を用いれば、引っ張り応力のかかった白金(111)表面が水素分子の解離吸着を促進し、同時にCO被毒※6を抑制します。

2) 空気極の反応メカニズムと知的設計手法:酸素分子の解離吸着メカニズムは酸素分子のトンネル効果であることを見出しました。知的設計手法の一例として、磁性を有する鉄(Fe)の(001)表面に白金(Pt)二原子層を堆積したPt/Pt/Fe(001) 触媒を用いれば、酸素分子の解離吸着が促進します。

3) 固体高分子膜の反応メカニズム: 白金表面からナフィオン側鎖への水素イオン移動メカニズムは水素イオンのトンネル効果によるものであることを見出し、ナフィオン側鎖間の水素イオン移動にはH2OとH3O+ を介した量子反応であることを解明しました。

 

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、燃料電池の反応メカニズムはトンネル効果が本質的に寄与するものであり、燃料電池とは最先端の量子反応デバイスであることが明らかになりました。しかも、質量が非常に小さく量子効果が顕著に現れる水素だけではなく、酸素の量子効果をも考慮する必要性が明確になりました。これらの成果を利用して燃料電池を設計・開発するならば、高性能・ローコストな究極のエコ電池が実現可能になり、省エネルギー・低炭素社会の実現に大きく貢献すると思われます。

 

参考図


図1 固体高分子形燃料電池の構造と動作メカニズム

図2(a) 反応メカニズム

図2(b) 知的設計例

図2 燃料極の反応メカニズムと知的設計の一例


図3(a) 反応メカニズム


図3(b) 知的設計例

図3 空気極の反応メカニズムと知的設計の一例

 

 

用語解説

※1 量子ダイナミクス理論
量子ダイナミクス理論とは、固体表面および固体内部の動的反応を記述する我々が独自に創り上げた世界初の理論であり、電子系と原子核の両方の量子運動状態を取り扱う量子第一原理計算を生み出した。一方、従来の第一原理計算は、原子核を静止させた古典力学で扱い、電子系の量子運動状態のみを計算していた。

※2 Hyper-Naniwa
固体表面の水素の量子運動状態に限定された初期の量子第一原理計算をNaniwaと呼び、固体表面と固体内部の各種元素の量子運動状態を扱う量子第一原理計算をHyper-Naniwaと呼ぶ。

※3 CMD(Computational Materials Design)
CMDは、最初に所望の物性を持つ候補物質を決め、その構造に基づいた量子シミュレーションを行う。計算結果の定量的に評価して、所望の物性に近づく条件を判断する。この処理を再帰的に行うことによって、所望物質を設計するシステムである。

※4 固体高分子形燃料電池〔PEFC==Polymer Electrolyte Fuel Cell〕
固体高分子形燃料電池とは、水素イオンの伝導性を有する高分子膜(イオン交換膜)を電解質として用いる燃料電池である。その基本構造は、燃料極(負極)、固体高分子膜(電解質)、空気極(正極)を貼り合わせて一体化した膜/電極接合体 (Membrane Electrode Assembly, MEA) である。

※5 貴金属
一般には、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、ルテニウム(Ru)等の元素を指す。存在が希少なものが多く、反応活性を高め、同時にCO被毒を軽減するために、白金とルテニウムは燃料電池の反応を促進する触媒として利用される。

※6 CO被毒
燃料電池の燃料である水素ガスに含まれ、しかも水素よりも吸着しやすいガスがCOつまり一酸化炭素である。このCOが水素より先に触媒に吸着し、反応をさまたげる現象をCO被毒という。

※7 酸化反応と還元反応
物質が電子を失う化学反応が酸化反応で、物質が電子を受け取る化学反応が還元反応である。

※8 解離吸着
化学吸着の一形態で、分子が分解して表面に吸着することを指す。

※9 ナフィオン( Nafion®)
50年前に発見された最初のイオン伝導性を持つポリマー(樹脂)である。

 

参考URL

http://www.dyn.ap.eng.osaka-u.ac.jp/web/

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