自然科学系

2020年5月29日

研究成果のポイント

・高配向性熱分解グラファイト※1を凌駕する極めて高品質な単結晶グラファイト(多層グラフェン※2)の作製に成功した。
・これにレーザー光を一瞬当てることで音により構造解析をすることができ、その結果、単結晶グラファイトの極めて大きな弾性を発見した。
・これまでのファンデルワールス力の通説に書き直しを迫る、現実物質の真の姿を解明するきっかけとなる。

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の草部浩一准教授、工学研究科の荻博次教授らの研究グループは、株式会社カネカとの共同研究により、世界で初めて単結晶グラファイト(図1上)の層間結合力(グラフェン層を結合するバネのバネ定数)を正確に計測することに成功し、これが従来通説とされてきた値より強い結合であることを発見しました。また、この現象を理論的に説明することにも成功しました。

これまでに高品位とされてきたグラファイト(図1下)結晶は多くの欠陥を含んでおり、そのために見かけの層間結合力が下がっていました。つまり、純粋なグラファイトの真の姿は未知であったのです。

本研究グループは、高配向性ポリイミド薄膜を高温で焼成することにより、欠陥のほとんど無い極めて高品質なグラファイト結晶(単結晶)を作製することに成功しました。ただし、この結晶は、直径が10μm程度、厚さがわずか1μm程度と非常に小さいため、厚さ方向の結合力を計測することは極めて困難でした。そこで研究グループは、直径1μm程度のサイズに集光したレーザー光をほんの一瞬(10兆分の1秒程度)だけグラファイト表面に照射して、超高周波数の「音」を発生させ、その音の伝播速度を正確に計測することにより、この結晶の厚さ方向の結合力を測ることに成功しました。このようにして発生する音の波長は100nm程度であり、音であるにもかかわらず可視光の波長よりも短いことから、微小試料に対しても正確に結合力を評価することができます。この方法は、たたいて出る音によって良いスイカを見分ける方法と類似しています。グラファイトは、グラフェンが積層した構造をもち、積層面間の結合力はとても弱いと考えられてきましたが、この計測の結果、これまでの理論では説明することのできないほどの強い結合をもつことが分かりました。

今回の成果により、ファンデルワールス力の物理的な理解がさらに進むと同時に、真の単結晶グラファイトを用いた高感度生体物質センサーの開発などが進むものと期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Physical Review Materials」に、4月20日(月)13時(日本時間)に公開されました。

図1 単結晶グラファイトG(上)と、従来の2800高品位な高配向性熱分解グラファイト(HOPG)(下)の電子顕微鏡写真。上下方向が積層方向。

研究の背景

グラファイトはグラフェンが積層した物質で、層間はファンデルワールス力で弱く結合しています。物質の結合力を表す指標が弾性定数であり、原子と原子とを繋ぐバネのバネ定数に相当します。これまで、グラファイトの層間結合力を表すこの弾性定数は40GPaを超えないとされてきました。それは、高配向性熱分解グラファイト(HOPG)の測定値が40GPaを超えないという実験結果が報告されていたことも一つの理由です。ところが、欠陥を含む結晶では見かけの結合力の低下が生じます。実は、HOPGの結晶には多数の欠陥が存在しており、このことは見逃されていました。

本研究グループでは、ピコ秒レーザー超音波スペクトロスコピー法※3を多層グラフェンという単結晶グラファイト(図1上)に適用し、弾性定数を実験的に求めました。その結果、正しい弾性定数は40GPaを超え、50GPaに迫ることが明らかになりました。

この結果は、高配向性熱分解グラファイト等の実験データに近い40GPaを下回る値を与えてきた理論計算に、変更を迫るものです。専門家の間で十分な精度が出せると信じられていた乱雑位相近似※4を用いる理論計算を用いても39GPaを超えないと考えられてきました。このことは、電子の正しいエネルギーの記述が不十分であることを意味します。今回、草部准教授は電子同士の距離が短いときに選択的に働く効果の一種から、バネの非調和な性質が強まることで、弾性定数が上昇することを示しました。グラフェン面間が接近したときには、より強く反発する電子間相互作用の効果があり、正確な計算を適用すると今回の実験値が説明できることを解明しました。

今回の結果は、従来の計測技術や理論解析には、試料特性に依存した不確定さが多くあることを、強く示唆するものです。我が国の優れたモノづくりが、世界的な自然科学と産業応用の発展に不可欠な基盤であることを意味しています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、グラファイトのもつ真の特性は結晶性を高めたときに初めて現れることが分かりました。従来提唱されてきた性能を遙かに凌ぐグラファイトが作られるようになったのです。この高性能な多層グラフェンを用いて、超音波計測の技術を応用すると、測定される物質を壊さないようにしながら極めて高い感度で、たんぱく質などの生体物質を同定するセンサーを作り出すことが期待できます。大阪大学と株式会社カネカの共同研究グループでは、この高性能な多層グラフェンの特性を生かして、生体分子に与える熱的なダメージを抑えた新しい高感度生体センサーの開発を進めています。

特記事項

本研究成果は、2020年4月20日(月)13時(日本時間)に米国科学誌「Physical Review Materials」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Interplaner stiffness in defect-free monocrystalline graphite”
著者名:Koichi Kusakabe, Atsuki Wake, Akira Nagakubo, Kensuke Murashima, Mutsuaki Murakami, Kanta Adachi, and Hirotsugu Ogi

なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(A)の一環として行われ、株式会社カネカ 村島健介博士、同 村上睦明博士、岩手大学理工学部 足立寛太助教の協力を得て行われました。

用語説明

※1 高配向性熱分解グラファイト
高純度で高配向性の人工黒鉛。個々のグラファイト微結晶の向きが互いによく一致していることが特徴である。基板面方向に引っ張り応力をかけて熱分解合成することで、結晶方位を揃える。

※2 多層グラフェン
ポリイミドからなる薄膜を3000°C近辺の温度まで上昇させながら熱分解することで得られる、高純度のグラファイト超薄膜。数十ミクロン平方に及ぶサイズをもつグラフェン面が積層していることから、多層グラフェンと呼ばれる。

※3 ピコ秒レーザー超音波スペクトロスコピー法
ポンプ・プローブ音響計測の一種である。レーザー光を照射した際の熱応力を音源として発生する超音波が、薄膜試料中を伝搬して表面に戻った際に、物質の反射率が僅かに変化する。プローブ光の反射率変化を計測することで、極めて正確に物質中の音速や、弾性定数を決定することが出来る。

※4 乱雑位相近似
多数の電子が物質中で示すエネルギーを評価するための近似計算法の一つ。長距離の電子相関効果をよく表現し、層間が離れたときに効くファンデルワールス力を正確に記述する。

参考URL

草部研究室HP http://www.artemis-mp.jp/

この組織の他の研究を見る

Tag Cloud

back to top