自然科学系

2020年2月21日

研究成果のポイント

・これまで固体結晶でガラス状態※1が実現するためには、理論上、外因性の強い乱れを導入することが不可欠であると考えられてきた。
・しかし、実験研究では、乱れのないセラミック物質であるモリブデン=パイロクロア系で、その磁気的性質を担うモリブデンの電子スピンがガラス化することが30年ほど前から知られており、理論では説明できない難問と位置付けられてきた。
・今回、スーパーコンピューターによる大規模計算によって、電子スピンと、格子・軌道の歪みがともに乱れた状態のまま同時に凍結した、スピンと軌道のガラス転移が、もともと乱れのないきれいな結晶で起きることを理論的に示した。
・物理学の未解決問題、「ガラス転移の機構」の理解が大きく進むことが期待される。

概要

大阪大学大学院理学研究科物理学専攻の大学院生光元亨汰さん(博士後期課程)、東京大学大学院総合文化研究科の堀田知佐准教授、大阪大学サイバーメディアセンターの吉野元准教授の研究グループは、パイロクロア格子※2と呼ばれる正四面体のネットワーク構造をもつ固体結晶を舞台に、その格子点上に位置するモリブデンイオンがもつ電子スピンがガラス化する不思議な現象のメカニズムを、スーパーコンピューターを駆使した理論的な研究によって明らかにしました。

これまでこうした電子スピンのガラス状態は、不純物など外因性の強い乱れがある場合にしか理論的にはあり得ないとされてきました。そのため、こうした乱れのない純粋な物質で起こる電子スピンのガラス化が、実際になぜ起こるのかは大きな謎でした。

今回、吉野准教授らの研究グループは、電子スピンのガラス化の背後に潜む、電子のもう一つの顔、軌道自由度に注目しました。原子核の周りをまわる電子を、太陽の周りをまわる地球に例えれば、スピンは地球の自転に、軌道は太陽の周りの地球の公転に対応します。図1でスピンは矢印で表していますがこれは自転軸に対応します。また量子力学によれば、電子の軌道は「雲」のようなものとしてイメージできます。

パイロクロア格子は正四面体をつなぎ合わせた形状をもっており、正四面体の各頂点にあるモリブデンイオンのもつ電子スピンは、それぞれ隣の頂点の電子スピンと、電子軌道を介してお互いに強く影響し合います。格子がきれいな規則的構造を保っているときは電子スピン間もすべて等しい関係にあるため、その影響がならされて互いにてんでばらばらの向きに自由に回転し、特定の磁気的な構造をもつことはありません。

ところが、正四面体がゆがむと、電子軌道の形が変形し※3、この軌道を介した電子スピン同士の関係※4も変化します。例えば図1において、隣同士の電子スピンで互いに同じ向きに向こうとする強磁性的な相互作用(青太線)と、反対向きに揃おうとする反強磁性的相互作用(赤太線)という、場所によって異なった関係が生じます。

研究グループは、格子全体でみて四面体が不規則に乱れたパターンでゆがむ効果が、電子スピン間に空間的に乱れた関係をもたらすことに着目しました。スーパーコンピューターによる大規模計算によって、電子スピンと、格子・軌道の歪みがともに乱れた状態のまま同時に凍結した、スピンと軌道のガラス転移が、もともと乱れのないきれいな結晶で起きることを理論的に示しました。これにより、ソフトマターから固体物理学にまでまたがった物理学の未解決問題である「ガラス転移」の理解が大きく進むことが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Physical Review Letters」に、2月26日(米国東部時間)に公開されました。

図1 パイロクロア格子のひずみがない一様な場合(左)と正四面体がばらばらにひずんだ状態(右)。
ひずみによって離れた電子スピン間で強磁性的に揃おうとする相互作用(青太線)と、反強磁性的に向きを逆にそろえようとする相互作用(赤太線)が乱れた配置で生じる。四面体の頂点にあるモリブデンスピンがこれと連動してガラス的に乱れた状態になる。

研究の背景

Y2Mo2O7※5という酸化物を代表とする一群の物質では、不純物などの乱れがほとんど無いにも関わらず、パイロクロア格子上のモリブデンイオンがもつ電子スピン集団が、極めて明瞭なガラス転移を示すことが30年ほど前から実験的に知られていました。しかし、なぜこのようなガラス化が起こるかは全く分かっていませんでした。

吉野准教授らの研究グループでは、パイロクロア格子の歪みで電子軌道が変形する効果を介して、電子の持つスピン間の相互作用が乱れる効果を組み込んだ新しい理論模型を導きました。パイロクロア格子を構成するユニットである正四面体が隣の正四面体と連動しながら歪むと、従来型のヤーン=テラー効果※3と異なる相関型ヤーン=テラー効果が起こることを突き止めました。その結果、軌道自由度同士が相互作用すると同時に、軌道の自由度に応じて交換相互作用と呼ばれるスピン同士の相互作用※4が強磁性・反強磁性型の間で大きく変化します。この模型を用いてスーパーコンピューターによる大規模数シミュレーションを行うことにより、スピンの向き、また軌道を表す電子の雲(波動関数)の形が、同時に凍結するガラス転移が起こることを示しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、物理学の重要な未解決問題であると同時に、工学的に極めて重要なガラス転移の本質の理解が進みます。

特記事項

本研究成果は、2020年2月26日(米国東部時間)に米国科学誌「Physical Review Letters」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Spin-orbital glass transition in a model frustrated pyrhochlore magnet without quenched disorder”
著者名:Kota Mitsumoto, Chisa Hotta and Hajime Yoshino

なお、本研究は、科研費基盤研究(B)19H01812「スピンから捉えるガラス・ジャミング転移の物理:ソフトマターから情報統計力学まで」の一環として行われました。本研究の数値計算には、大阪大学サイバーメディアセンターのスーパーコンピューターOCTOPUSおよびSX-ACE、また東京大学物性研究所のスーパーコンピューターが用いられました。

用語説明

※1 ガラス転移
水(液体)は冷やしてゆくとぴったり摂氏零度で氷(結晶)に姿を変えます。液体では分子は自由に動き回っていて、結晶では分子は秩序だって並んであまり動かない状態に落ち着いています。分子などミクロな要素が非常に沢山集まったとき、その集団としての振る舞いがある温度でガラッと変わってしまう(相転移と呼びます)仕組みは現代の物理学で深く理解されています。一方、ガラス状態というのは、結晶のように秩序だって並ばずに乱れた配置のまま、分子が動かなくなった状態です。ガラスができるメカニズムは物理学では未解決の難問です。「分子の位置」のかわりに、電子のスピンなど、他の自由度に置き換えても同種の問題が自然界に沢山見つかります。

※2 パイロクロア格子
図1のように、正四面体の角をつなぎ合わせて作られた格子です。

※3 ヤーン=テラー効果
量子力学によれば、原子核のまわりをまわる電子の軌道は「雲」のようなものとしてイメージできます。舞台である格子が歪むときに、この雲の形が影響を受けて変わる現象をヤーン=テラー効果と呼びます。

※4 スピン間の交換相互作用
イオンのもつ電子スピンは、ある第3者を仲介役として互いに向きを揃えようとしたり(強磁性)、反対向きにしようとしたり(反強磁性)します。Y2Mo2O7では、格子が歪むと、仲介役の酸素Oの位置が変わって、相互作用が反強磁性から強磁性へと大きく変わります。

※5 Y2Mo2O7
乱れを持たない純粋な固体結晶で、電子スピンのガラス転移を示す代表的な物質。ガラス転移の主役であるモリブデンMoイオンがパイロクロア格子の頂点に位置するように配置されている。

研究者のコメント

この問題は30年来の難問で、全く新しい発想を必要としていました。我々の3人のチームは、それぞれが得意とする異なる分野の理論手法:強相関電子系、ソフトマター、統計力学、計算物理学の手法を組み合わせつつ、このパイロクロア物質のガラス転移の本質について徹底的に議論しました。これによって新しい理論模型を構築し、その解析をやり遂げることに成功しました。

参考URL

大阪大学サイバーメディアセンター 大規模計算科学研究部門HP
https://sites.google.com/view/cp-cmc/top?authuser=0

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