自然科学系

2018年6月13日

研究成果のポイント

・分子上の動きと化学反応が連動する分子マシンを発見
・これまで分子マシンの運動と化学反応の同時観測や運動方向の制御は困難だったが、マシンの軸として新たに設計したアレイ状※1軸分子※2(2ステーション軸分子)を用いることで可能に
・筋肉などで働く生体分子モーター※3に匹敵する高効率の人工分子マシン※4への応用に期待

概要

大阪大学大学院理学研究科の橋爪章仁教授および原田明特任教授(常勤)らの研究グループは、環状オリゴ糖※5(α-シクロデキストリン※6(α-CD))とアレイ状軸分子(2ステーション軸分子)から形成される擬ロタキサン※7において、分子上で同時に起こる自発的な動きと化学反応を観測し、両者が連動していることを世界で初めて明らかにしました。(図1)

生体系では、例えば筋肉などにおいて生体分子マシン※8あるいは生体分子モーターが運動方向の制御を巧みに行っていますが、人工分子マシンでの運動方向の制御は極めて困難であると考えられており、現実社会で利用されているラチェット機構※9に似た分子ラチェット※10の実現が強く望まれています。(図2)

本研究グループは、α-CDと2ステーション軸分子の擬ロタキサン形成を核磁気共鳴(NMR)分光法※11により詳細に調査することにより、α-CDの運動と重水素化反応※12の同時観測を世界で初めて成功し、両者が連動していることを明らかにしました。これにより、人工分子ラチェットが実現でき、生体分子モーターに匹敵する高効率の人工分子マシンへの展開が期待されます。本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に、6月12日(火)18時(日本時間)のオンライン版で公開されました。

図1 α-シクロデキストリン(α-CD)の並進運動と重水素化反応が同時に起こる擬ロタキサン(人工分子マシン)
黒字で描かれた2ステーション軸分子上でグレーの矢印方向にα-CD(水色)が動くのと同時に重水素化反応が起こる。

図2 人工分子ラチェットの概念図
ある原料から生成物が生成される一定方向の化学反応と共役する化学反応をマシン分子上で引き起こすことにより、方向性を有した動きを生じさせる制動機構

研究の背景

生体系では、生体分子マシンあるいは生体分子モーターが運動方向の制御を巧みに行っています。現実世界では、機械の運動方向を規定するためにラチェット機構が利用されています。同様に、分子マシンの運動方向を規定する機構として分子ラチェットが考えられます。しかし、人工系における分子ラチェットはこれまで2、3件の報告があるだけで、その実現や応用は今なお挑戦的な研究課題です。

今まで、原田明特任教授(常勤)の研究グループは、環状オリゴ糖であるシクロデキストリンをキー化合物として様々な超分子システムを構築し、世界に先駆けて、巨大集合体(超分子ポリマー)や刺激応答性巨視的集積体などを発表してきました。先に同研究グループでは、6個のグルコース単位からなるα-シクロデキストリン(α-CD)とダンベル状分子(1ステーション軸分子、ここでステーションとはα-CDが滞在できる部位)あるいは2ステーション軸分子から形成される擬ロタキサンの形成を詳細に調査し、1ステーション軸分子、2ステーション軸分子に結合したメチル基が釣り針のもどりのように働くため、α-CDの包接方向や並進方向が制御され、分子ラチェットに似た働きをすることを明らかにしていました(Harada et al. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 12186-12187; Chem. Commun. 2009, 5515-5517)。さらに、最近、α-CDが2ステーション軸分子を包接およびステーション間に並進するときに、軸分子中の水素原子が媒体である重水中の重水素と置き換わる重水素化反応を発見しました(Hashidzume and Harada et al.Tetrahedron 2017, 73, 4988-4993)。

研究の成果

今回、橋爪章仁教授と原田明特任教授(常勤)の研究グループでは、原田明特任教授(常勤)の研究グループの発見を元に、新たに設計した2ステーション軸分子を用いることにより、α-CDの包接、並進運動、そして重水素化反応(図3)を核磁気共鳴(NMR)分光法によって同時に観測することに、世界で初めて成功しました。その結果を、今回独自に構築した単純化モデル(図4)によって解析した結果、擬ロタキサン形成におけるα-CDの包接、並進運動の速さ(速度定数)を評価しました。それらの速度定数と重水素化の見かけの速さ(速度定数)を比較することにより、両者が同時に進行し、互いに連動していることが示されました。

図3 擬ロタキサン中で進行する2ステーション軸分子の重水素化反応

図4 α-CDと2ステーション軸分子からなる擬ロタキサンの形成過程についての単純化モデル

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果をもとに、高頻度で発生するエネルギー放出を伴う化学反応と、障壁を持つ階段状ポテンシャル上の運動を組み合わせると、化学反応で得られたエネルギーによって障壁を超えられるため、分子マシンが動く方向を規定できます(図2中、黒い線で表されるポテンシャル上をボールが左から右に移動する場合、上り坂を手で越えさせるとどんどん右に進んでいきます)。この仕組みは人工分子ラチェットであり、それを利用すると生体分子モーターに匹敵する高効率の人工分子マシンへの展開が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2018年6月12日(火)18時(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」のオンライン版で公開されました。
タイトル:“Toward a translational molecular ratchet: face-selective translation coincident with deuteration in a pseudo-rotaxane”
著者名:Akihito Hashidzume,Akihiro Kuse, Tomoya Oshikiri, Seiji Adachi, Mitsutaka Okumura, Hiroyasu Yamaguchi, and Akira Harada
DOI:10.1038/s41598-018-27226-2

なお、本研究は、内閣府革新的研究開発推進プログラムImPACTの一環として行われ、北海道大学電子科学研究所押切友也助教、大阪大学大学院理学研究科奥村光隆教授および山口浩靖教授の協力を得て行われました。

用語説明

※1 アレイ状
同じあるいは似た要素が配列している状態。

※2 軸分子
シクロデキストリンが取り込むことのできる棒状の分子。シクロデキストリンがとどまる部分をステーションと呼ぶことがあり、ステーションが1つの軸分子を1ステーション軸分子、ステーションが2つの軸分子を2ステーション軸分子と呼びます。

※3 生体分子モーター
生体分子マシンのうちで、運動を駆動するもの。生体分子モーターの例として、アデノシン3リン酸を合成するATP合成酵素や筋肉の構成要素であるアクチンとミオシンなどが挙げられます。

※4 人工分子マシン
人工の分子からできた分子集合体で機械のような動きが可能であるもの。現状では、生体分子マシンと比較すると構造や機能がはるかに単純です。

※5 環状オリゴ糖
いくつかの単糖がグリコシド結合によって環状につながった分子。

※6 シクロデキストリン
グルコースを単位とする環状オリゴ糖。グルコース単位が6個のものをα-シクロデキストリン、7個のものをβ-シクロデキストリン、8個のものをγ-シクロデキストリンと呼びます。シクロデキストリンは環の大きさに応じた分子を取り込むため、さまざまに活用されています。

※7 擬ロタキサン
環状分子が軸分子からなる分子集合体で、両者の会合と解離の平衡状態のもの。それとは対照的に環状分子がダンベル状分子上に立体的に閉じ込められた分子集合体をロタキサンと呼びます。

※8 生体分子マシン
生体中で機械のように働く分子集合体。

※9 ラチェット機構
歯車と爪からなる動作方向を制御する機械的な機構。自転車やレンチ、ジャッキなどに利用されています。

※10 分子ラチェット
分子マシンにおいて、運動方向を一方向に制御するもの。その原理は、未解明な部分が多く、人工分子ラチェットの実現は未だ困難です。

※11 核磁気共鳴(NMR)分光法
核スピンを検出する分光法。試料を超伝導磁石の中に入れ、ラジオ波の吸収を観測します。水素原子や炭素原子など多くの原子を観測することが可能です。スペクトルの詳細な解析により、化学構造を決定することができます。

※12 重水素化反応
水素原子が重水素原子に置き換わる反応。水素原子(1H)の原子核は陽子1つからできていますが、陽子1つと中性子1つからできた原子核を持つ水素原子を重水素原子(2HまたはD)と呼びます。

参考URL

大阪大学 大学院理学研究科 高分子科学専攻 高分子精密科学研究室
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/hashidzume/index.html

大阪大学 大学院理学研究科 附属基礎理学プロジェクト研究センター 自然共生超分子材料創製プロジェクト
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/harada/

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