・シリカナノ粒子を付着させたニッケルモリブデン卑金属※1多孔質合金の上にグラフェン(炭素の単原子シート)を蒸着することで、ナノサイズの穴の空いた3次元構造を持つグラフェンで覆われた卑金属電極の作製に世界で初めて成功しました。
・この穴の空いたグラフェンに覆われた卑金属電極は、酸性電解液中でも腐食しにくく、かつ高い水素発生効率を有する水素発生電極として有用であることがわかりました。
・これまで水素発生電極に用いられてきた白金などの貴金属に代わる、低コストな電極への展開が期待されます。
国立大学法人筑波大学数理物質系伊藤良一准教授は、国立大学法人大阪大学大戸達彦助教、国立大学法人東北大学阿尻雅文教授らと協力して、シリカナノ粒子を付着させたニッケルモリブデン卑金属多孔質合金の上にグラフェンを蒸着することで、ナノサイズの穴の空いた3次元構造を持つグラフェンで覆われた、酸性電解液中で長時間溶けずに水の電気分解※2で運用できる水素発生電極を、世界で初めて開発しました。
このグラフェンのナノサイズの穴は、酸性条件下ですぐに溶解してしまう卑金属電極に対して、①酸性電解液と卑金属表面との過度の接触を防いで卑金属の溶出(腐食)を最小限に抑え、②酸性電解液と卑金属表面が直接接触できるナノサイズの化学反応場を与える、という二つの役割を持っています。本研究で開発した卑金属合金電極は、従来の卑金属電極は酸性電解液で10分も経過せずに腐食してしまうのに対して、初期電流値を2週間以上維持しました。現在、次世代エネルギー源として注目される水素の、クリーンな製造プロセス(水の電気分解)において、電極に用いられている白金(1グラム当たり3800円程度)の使用量を減らすことが課題となっていますが、本電極は白金の100分の1のコストで合成できることから、大量生産への移行を視野に、低コストな電極への展開が期待されます。
本研究の成果は、2018年3月16日付「ACS Catalysis」で公開されました。
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構が助成する「戦略的創造研究推進事業・再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出(研究期間:平成27~30年度)」によって実施されました。
水素は排気ガスが一切出ない次世代エネルギー源として注目されています。現在、水素は石油精製過程の副次的に生産される方法と、化石燃料と水蒸気を高温で反応させて二酸化炭素を副生成物として水素を製造する方法が主流となっています。ただ、いずれの製造方法も、化石燃料等の既存エネルギーを大量消費していることが問題視されています。水素が真にクリーンなエネルギー源になるためには、再生可能エネルギー電力※3などの化石燃料由来ではないエネルギーを使用して、例えば水の電気分解等で効率よく製造できる方法の確立が望まれます。
本研究グループは、水素製造時における純度とエネルギー変換効率が良いとされる固体高分電解質膜(PEM)水電解※4に着目しました。この方式では、使用される電極に希少な白金などの貴金属がよく使用されます。その理由として、性能の良さだけでなく、強酸性電解液で溶解せず耐久性が良い(腐食しない)ことが挙げられますが、このことが白金代替電極を作成する際の技術的な課題の一つとなっていました。そこで、コストの高い白金に代わる、炭素卑金属複合材料を用いた高効率な水素発生電極の開発を行ってきました。
本研究では、強酸性電解液である0.5 Mの硫酸水溶液中で、卑金属の性能を保持しつつ溶解しない水素発生電極の開発を目指しました。その概要を(図1)に模式的に示します。強酸性条件下での水素発生は、卑金属表面に吸着した水素イオンに電子を与えることで水素分子を生成する過程といわれており、卑金属が水素イオンと直接接する反応場が必要です。しかしながら、反応場の面積が大きすぎると卑金属の腐食が激しくなり、すぐに溶解してしまいます。先行研究では、グラフェンで卑金属表面を完全に覆ってしまう手法が採用されていますが、この場合、卑金属と水素イオンが接しなくなるために水素発生能力が著しく減少するという欠点があります。そこで、部分的にナノサイズの穴の空いたグラフェンを用いることで、卑金属と水素イオンが直接接するための最小限の化学反応場を提供すると同時に、卑金属と水素イオンが必要以上に接しないため腐食も防ぐことのできる構造体を作成しました。これにより、グラフェンの穴の空いた部分では水素が発生し、グラフェンで覆われている部分は腐食せず電極として維持させることが可能となりました。
今回開発した穴の空いたグラフェンで保護された多孔質卑金属合金(ニッケルモリブデン多孔質体)は、超臨界水熱合成法※5を用いて合成した酸化ニッケルモリブデンナノファイバーに、シリカナノ粒子(20nm)を混ぜて固化したシートを水素雰囲気下で加熱還元しながらナノ多孔質構造※6を形成させ、連続的に化学気相蒸着(CVD)法※7を用いて、ワンステップで作製しました(図1)。シリカナノ粒子はグラフェンの成長を阻害する物質であり、多孔質が形成される過程で表面に偏析することが知られています。(図2)の電子顕微鏡像では、ニッケルモリブデン多孔質表面に白い班点が見られ、表面を拡大してみると、グラフェン膜の中にシリカナノ粒子が埋め込まれている状態が観測されました。シリカナノ粒子が埋め込まれている部分はグラフェンが成長できていないため、この粒子が取れると、ナノサイズの穴が形成されます。シリカナノ粒子の量を調節することで、穴の大きさもナノサイズとマイクロサイズで調節できることが確認されました。また、このような多孔質化卑金属は、比表面積(3m2/g)と孔半径が500~1000nmまで調節可能な構造体であり、従来の2次元平面構造より10倍近い表面積を持つことから、水素発生の化学反応に必要な流路と面積を十分確保できていることがわかりました。さらに、作製工程の簡略化と卑金属の材料費の安さから、白金よりも100分の1のコストで作製することに成功しました。
これらの穴の空いたグラフェンで被膜したニッケルモリブデン多孔質体を電極(陰極)として用い、硫酸性水溶液中で水素発生試験を行いました。(図3a)に、ナノサイズの穴が空いたグラフェン/ニッケルモリブデン電極、マイクロサイズの穴が空いたグラフェン/ニッケルモリブデン電極、穴の空いていないグラフェン/ニッケルモリブデン電極、グラフェンで覆われていないニッケルモリブデン電極、白金/炭素(白金10wt%)を比較した水素イオンを還元している応答電流値を図示しました。還元電流値が多いほど水素イオンが水素分子に変換されている状態を示しています。グラフェンで覆われていないニッケルモリブデン電極とナノサイズの穴が空いたグラフェン/ニッケルモリブデン電極は白金/炭素(白金10wt%)よりも還元電流値が大きいことがわかります。つまり、これら二つの電極は白金/炭素(白金10wt%)よりも優れた水素発生能力を持つことが示唆されています。電源オンオフに相当する試験では、グラフェンで覆われていないニッケルモリブデン電極は、1000回オンオフ繰り返すと還元電流値がほぼゼロまで減少し、電極が溶けてしまっていることがわかりました(図3b)。一方で、ナノサイズの穴が空いたグラフェン/ニッケルモリブデン電極とマイクロサイズの穴が空いたグラフェン/ニッケルモリブデン電極は、同様に還元電流値が減少するものの、ナノサイズの穴が空いたグラフェン/ニッケルモリブデン電極は、1000回のオンオフ試験で最大で68%の性能値を維持しました。マイクロサイズの穴が空いた電極は溶出が激しく溶解していましたが、ナノサイズの穴が空いた電極は卑金属の溶出が抑えられていることが確認できました(図3c)。さらに、(図3d)に示したように、ナノサイズの穴が空いたグラフェン/ニッケルモリブデン電極は、定電位を印加したとき、20mA/cm2を2週間維持できることがわかりました。これらの結果より、ナノサイズの穴が空いたグラフェンで卑金属表面を覆うことにより、電極としての寿命と性能を両立させることが可能であるという指針を得ることができました。
今回確立した、穴の空いたグラフェンで保護することで卑金属電極の性能と耐久性のバランスを取る手法は、グラフェンの穴形状に強く依存しており、穴のサイズや数など、改善できる余地が十分に考えられます。また、このような手法を用いれば、卑金属は酸性電解液中では溶けて使えないという、従来の前提を覆す可能性があります。本研究成果は、卑金属であっても、グラフェンなどの炭素材料で適切に表面制御することで、貴金属に代わって十分活躍できる材料になり得ることを示唆しており、他の分野の卑金属触媒開発においても非常に有用な手法になると期待されます。
本研究で開発した電極の作製方法は、ワンステップで卑金属の多孔質化と穴の開いたグラフェンの蒸着を連続的に行えるため、大量生産に向いているプロセスであるといえます。また、酸性条件下での溶解が課題であった卑金属に活躍の場が増える可能性が大きく、水素発生電極のみならず、固体触媒、燃料電池用電極、スーパーキャパシタや蓄電池などといったエネルギー関連材料などの先端材料として幅広い用途・応用展開が期待されます。今後、こういった実用化を目指し、企業と連携を進めていく予定です。
図1 穴の空いたグラフェンで被膜したニッケルモリブデン(NiMo)の作製概要図と水素発生のしくみ。
シリカナノ粒子と酸化ニッケルモリブデン(NiMoO4)ナノファイバーを混ぜて加熱還元し、連続的に化学気相蒸着法でグラフェンを成長させると、一部穴の開いたグラフェンに覆われているニッケルモリブデン表面が生成する。穴の空いた部分では水素イオン(硫酸水溶液)と表面が接触し水素が発生、穴の空いていない部分では硫酸水溶液との過剰な接触が防がれている。
図2 穴の空いたグラフェンで被膜したニッケルモリブデン多孔質の電子顕微鏡像。
(a)シリカナノ粒子を含有した酸化ニッケルモリブデンナノファイバーを加熱して多孔質化した後の全体図。(b)シリカナノ粒子を含有したニッケルモリブデン多孔質体の表面の高分解像図。1個のシリカナノ粒子がグラフェン層に埋まっていてグラフェンの成長を阻害している様子。(c)シリカの粒子の含有量(10-4wt%)が多いときのマイクロメーターサイズの穴が空いたグラフェンの様子。電子顕微鏡観察のためにニッケルモリブデンは溶解させている。黒い部分が穴で白い部分がグラフェンを示す。(d)シリカの粒子の含有量(10-5wt%)が多いときのナノメーターサイズの穴が空いたグラフェンの様子。電子顕微鏡観察のためにニッケルモリブデンは溶解させている。黒い部分が穴で白い部分がグラフェンを示す。
図3 作製したグラフェン/ニッケルモリブデン多孔質電極を用いて水素イオンを還元して水素分子を生成する時の還元電流値の変化。
(a)各種電極による電極による還元電流値をまとめた分極曲線図。グラフェンで覆われていないニッケルモリブデン電極、穴の空いていないグラフェンで完全に覆われているニッケルモリブデン電極、マイクロサイズまたはナノサイズの穴が空いたグラフェンで覆われているニッケルモリブデン電極と市販されている白金炭素電極を比較した。(b)各種電極による電極による水素発生試験を1000回繰り返したときの還元電流値をまとめた分極曲線図。グラフェンで覆われていないニッケルモリブデン電極は溶解して性能値が90%以上失われたが、ナノサイズの穴が空いたグラフェンで覆われているニッケルモリブデン電極は性能値を68%保持した。(c)ナノサイズの穴が空いたグラフェンで覆われているニッケルモリブデン電極を用いて、定電位で固定して還元電流値を取り出したときの耐久試験の図。還元電流値20 mA/cm2取り出すとき、2週間以上性能を維持していた。水素発生を増やすために負荷を上げ還元電流値50 mA/cm2を多めに取り出そうとしたとき、徐々に卑金属電極が溶解した。(d)水素発生試験後のナノサイズの穴が空いたグラフェンで覆われているニッケルモリブデン電極の様子。多孔質の形状を保ちつつ、その表面のニッケルモリブデンの一部が溶解していることが確認できた。
※1 卑金属
鉄鋼、銅、アルミニウム、鉛、亜鉛、モリブデン、マンガン、ニッケルなど化学的安定性が低く酸化されやすい金属。一般的に金や白金などの貴金属ではない金属のことをさす。
※2 水の電気分解
化石燃料を使用せず、また、排気ガスを出さずに電気のみで水素を製造する手法の一つ。陽極と陰極に電気を流すと、陽極では酸素、陰極では水素が発生する。強酸性条件下において陰極には白金(約3800 円/g)が用いられることが多い。
※3 再生可能エネルギー電力
水力発電、風力発電、太陽光発電、地熱発電などの自然界の事象を利用して発電した出力変動のある電力。発電量の変動が激しすぎるため、一般電力系統には組み込めない電力とされている。
固体高分電解質膜を陽極と陰極の間に入れることで陽極と陰極での反応を完全に分け、高純度な水素ガスを分離作業無く得るために考案された新しい水の電気分解方法。陰極には電解質膜を通して水素イオンが水素分子源として供給されるため、強酸性条件下の電解にも耐えられる貴金属電極が多く使用されている。
※5 超臨界水熱合成法
臨界温度(374℃)以上の水と水蒸気の区別がつかない状態(超臨界状態)で、常温常圧では作製できないナノマテリアルを合成する手法。
※6 ナノ多孔質構造/ナノ多孔質金属
ナノ多孔質は、物質の内部にナノサイズの細孔がランダムにつながったスポンジ構造体のこと。例えば、(図4)の金の場合、ひも状に連続した金の中に、スポンジ状に穴が開いたような構造を形成している。ナノ多孔質構造を持つ物質では、この穴とひも状構造が数ナノメートルサイズで維持されている。
図4 ナノ多孔質金属(金)の3次元立体図
※7 化学気相蒸着(CVD)法
目的物質の前駆体を含んだガスを高温で加熱しながら流すことにより、化学的に薄膜する手法である。熱分解された分子は基盤表面上で化学反応を起こし、その反応によって1層から数層の膜を作製することができる。
【題名】 Cooperation between holey graphene and NiMo alloy for hydrogen evolution in acidic electrolyte酸性電解液中での穴の空いたグラフェンとニッケルモリブデン合金の連携
【著者名】 Yoshikazu Ito, Tatsuhiko Ohto, Daisuke Hojo, Mitsuru Wakisaka, Yuki Nagata, Linghan Chen, KailongHu, Masahiko Izumi, Jun-ichi Fujita, Tadafumi Adschiri
【掲載誌】 ACS Catalysis (DOI: 10.1021/acscatal.7b04091)
本研究成果は以下の事業・研究領域の支援によって得られました。
・JST戦略的創造研究推進事業さきがけ研究領域:「再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」研究代表:伊藤良一(筑波大学数理物質系准教授)、脇坂暢(富山県立大学准教授)
・国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構超ハイブリッド材料技術開発(ナノレベル構造制御による相反機能材料技術開発)」
PL:阿尻雅文(東北大学材料科学高等研究所教授)
・国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構SIP(戦略イノベーション創造プログラム)/「フルイディック材料創製と3Dプリンティングによる構造化機能材料・デバイス
研究開発責任者:阿尻雅文(東北大学材料科学高等研究所教授)
・経済産業省・産学連携イノベーション促進事業「超臨界ナノ材料技術に基づく新産業創成・産学協奏連携システムの世界拠点形成」
運営代表者:阿尻雅文(東北大学材料科学高等研究所教授)
・日本学術振興会科学研究費補助金盤研究(S)「超臨界法による有機無機ハイブリッドナノ粒子合成・化工熱力学と単位操作の確立」
研究代表者:阿尻雅文(東北大学材料科学高等研究所教授)
・世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)
・文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォーム課題物質・材料研究機構微細構造解析プラットフォーム
大阪大学 大学院基礎工学研究科 物質創成専攻 未来物質領域 夛田研究室
http://molectronics.jp/