海水魚の塩水適応に必要な分子は直接水素結合しないことを発見

海水魚の塩水適応に必要な分子は直接水素結合しないことを発見

細胞内での分子の連携を解明

2018-10-26自然科学系

研究成果のポイント

・最先端のコンピューターシミュレーションと分光計測によりTMAO尿素が水中で直接水素結合しないことを発見
・これまでTMAOと尿素は、TMAOの酸素原子と尿素の水素原子の間の水素結合によって相互作用すると考えられていた。
・人工シャペロンの開発への応用による次世代医療への貢献に期待

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の大戸達彦助教、九州大学大学院総合理工学研究院の水上渉助教らの研究グループは、TMAO と尿素 が水中で直接水素結合しないことを世界で初めて明らかにしました。TMAOと尿素はそれぞれタンパク質を安定化、不安定化させる働きを持っています。海洋生物の細胞内には二つの分子が共存しており、これらの直接的な水素結合によってタンパク質への作用が打ち消されると考えられていました。

今回、マックスプランクポリマー研究所(ドイツ)、大阪大学(日本)、九州大学(日本)、北京大学(中国)、カリフォルニア大学バークレー校(米国)の共同研究グループは、高精度な第一原理分子動力学シミュレーションと時間分解赤外分光、核磁気共鳴分光を用いて、TMAOの酸素原子と尿素の水素原子は直接水素結合しないことを解明しました。これにより、人工シャペロン の開発に必要な基礎的理解が進展し、次世代医療への貢献が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Chem」に2018年9月13日にオンライン掲載されました。

図1 魚が海水中の過酷な環境に適応できる鍵を分子レベルで解明

研究の背景

TMAOと尿素は生体細胞の浸透圧に影響を及ぼす分子、いわゆる浸透圧調節物質です。尿素とTMAOの両方の濃度が高いと、海洋生物は海水と同程度の浸透圧を保つことができます。さらにTMAOと尿素は細胞の一部であるタンパク質にも重要な影響を及ぼします。尿素はタンパク質を不安定化させ、細胞を死なせてしまいますが、TMAOは適切な分量を超過しない限り、タンパク質の構造を安定化させる働きを持ちます。

生体細胞内では、TMAOと尿素が1:2(TMAO:尿素)という適切な割合で共存することが知られており、この二つの分子は互いに結合すると思われていました。個々の分子はタンパク質と相互作用して安定化か不安定化をもたらしますが、TMAOと尿素が結合したものはタンパク質と相互作用しません。そのため、タンパク質に対するTMAOと尿素の反対の効果は、両者が結合することで打ち消しあうと思われてきました。

本共同研究グループでは、TMAOと尿素の効果の打ち消し合いがどのように起こるのかを調べました。これまでTMAOと尿素は、TMAOの酸素原子と尿素の水素原子の間のいわゆる水素結合によって相互作用すると考えられてきました。しかし一部の研究では、TMAOと尿素は水素結合を形成しないことも指摘されていました。

この謎を解くため、研究グループでは分子間相互作用を理論と実験の両方を用いて調べました。本研究では、水に溶かしたTMAOと尿素を調べました。しかし水中の分子は非常に早く動くため、その結合状態を調べることは非常に困難であるという問題がありました。そこではじめに、高精度のコンピューターシミュレーションを用いて二つの分子がどのように結合するかを調べました。

理論的な発見を裏付けるため、赤外分光と核磁気共鳴分光を用いた測定を行い、理論計算の結果と比較したところ、計測とシミュレーションの一致から、TMAOと尿素はこれまでの理解と反対に、水中で直接的な水素結合を形成しないことがわかりました。これは、TMAOの酸素原子は尿素の水素原子よりも水分子の水素原子と結合することを好むためです。従って、TMAOの酸素原子は水分子によって占有され、尿素は水素結合によってTMAOと結び付くことができません。しかし、二つの分子は細胞内のタンパク質を守るために互いに結合することが知られています。

研究グループは、TMAOの酸素原子ではなく疎水部が尿素と結合することを明らかにしました。つまり、海水魚の細胞内に存在するTMAOと尿素がタンパク質の周囲で共存したとき、両者が強固に結合してタンパク質への作用を失うのではなく、タンパク質の安定化・不安定化のバランスを保ちながら海水中でタンパク質の機能を維持していることがわかりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により水中でのTMAOと尿素の相互作用に関する分子レベルの理解が得られたことは、これら二つの分子の化学的なシャペロンとしての役割、つまり、タンパク質の機能を維持する正しい形をどのように維持しているのか理解するための鍵となります。合成生物学の観点からは、こうした基礎的な理解によって人工シャペロンの開発が進み、次世代の医療への貢献が期待されます。

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「Chem」に2018年9月13日よりオンライン掲載されました。
タイトル:“ Large Hydrogen Bond Mismatch between TMAO and Urea Promotes Their Hydrophobic Association”
著者名:Wen Jun Xie, Seoncheol Cha, Tatsuhiko Ohto, Wataru Mizukami, Yuezhi Mao, Manfred Wagner, Mischa Bonn, Johannes Hunger, and Yuki Nagata
DOI:10.1016/j.chempr.2018.08.020

なお、本研究に必要な計算はマックスプランク研究所スーパーコンピューターセンター、大阪大学サイバーメディアセンター、東京大学物性研究所のスーパーコンピュータを用いて行われました。

参考URL

大阪大学 大学院基礎工学研究科 物質創成専攻 未来物質領域 夛田研究室
http://molectronics.jp/

用語説明

TMAO

トリメチルアミン-N-オキサイド。海水魚やサメ、エイの細胞内に含まれ、浸透圧調節物質として用いられている。

尿素

動物が摂取したタンパク質を分解するときに生成される化合物。水への溶解度が非常に高く、海洋生物では浸透圧調節物質として用いられる。

シャペロン

タンパク質は正しく折りたたまれることでその機能を発揮するが、その折りたたみを助ける物質のこと。その機能の詳細については不明な点が多い。自然界にも多くの種類が存在するものの、人工シャペロンの開発に成功すれば、自発的にはなかなかフォールディングしないタンパク質を短時間でフォールディングさせる、タンパク質の機能のオン・オフを切り替えるなど、次世代の医療への貢献が期待できる。