2016年11月25日

本研究成果のポイント

・量子ドット中の電子2個が持つ4種類のスピン状態のうち、これまでは2種類しか判別できなかった。
・2種スピン状態読み出し手法を2つ組み合わせ、3種類のスピン状態の読み出しに成功
・3種類のスピン状態を利用した超高速・大容量の量子情報処理への応用に期待

概要

大阪大学産業科学研究所木山治樹助教、大岩顕教授、東京大学大学院工学系研究科の樽茶清悟教授(理化学研究所創発物性科学研究センター量子情報エレクトロニクス部門長兼任)らの研究グループは、量子ドット※1 中の電子2個がとりうるスピン状態(電子スピン※2 )のうち3つの状態の読み出しに成功しました。

電子2個のとりうるスピン状態は4種類存在することが知られていますが、これまでの測定手法では2種類のスピン状態の読み出ししかできていませんでした。

今回、本研究グループは、新たな2状態読み出し法を確立し、さらにそれを既存の手法と組み合わせることにより、3種類のスピン状態の読み出しに成功しました。これにより、3種類のスピン状態を利用した超高速・大容量の量子情報処理※3 への応用が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Physical Review Letters」に、近日中に公開されます。

研究の背景

量子力学に基づいて情報の伝達や計算を行う量子情報処理が、絶対に安全な通信や、スーパーコンピュータを凌ぐ計算能力を実現する、次世代の情報処理技術として注目されています。現在、様々な量子システムがそのハードウェア候補として世界各国で研究されており、有力候補の一つが、電子のスピンと呼ばれる、磁石のような性質です。

電子1個を微小な半導体に閉じ込め(これを量子ドットと呼びます)、そのスピンを情報処理に利用します。現在、スピン状態の制御や量子ドットの集積化といった基盤技術の開発が急速に進められています。

電子1個ではなく、複数個の電子が作るスピンも、量子情報処理に用いることができます。電子1個の場合スピンは2種類ですが、電子の個数を増やしていくと、スピン状態の数も増えていきます。使えるスピン状態の数を増やすと、計算に必要なステップ数の削減や、スピンで表せる情報量の増加といったメリットが理論的に予想されています(表1)

しかし、現在のところ2種類のスピン状態を使った研究が主流であり、複数のスピン状態を使った研究はこれまでほとんど行われてきませんでした。その大きな理由は、スピン状態の読み出しが複数のスピン状態のうちの2種類に限られていたためです。

表1 2種類のスピン状態読み出しと3種類のスピン状態読み出しの比較

研究成果

本研究グループは、異なる2状態読み出し手法を組み合わせて複数のスピン状態を読み出すというアイデアを着想し、量子ドット中の電子2個が持つ4種類のスピン状態のうち、3つの状態の読み出しに成功しました。

本研究ではまず、ガリウム砒素(GaAs)をベースとした二次元電子※4 上に量子ドット(図1) を作製し、量子ホール効果※5 を用いた新たな2状態読み出し手法を確立しました。この手法では、既存の手法と異なる2種類のスピン状態を読み出すことができます。次に、この新規2状態読み出し手法と、既存の手法を組み合わせることで、3種類のスピン状態の読み出しに成功しました(表2)。また、この3状態読み出し法を利用して各スピン状態の時間変動を観測し、スピン情報の保持時間の評価に成功しました。

図1 本研究で使用した量子ドットの電子顕微鏡写真。
基板表面に作製したゲート電極(黄色)に電圧を加えることで、量子ドット(白丸)を形成する。ドット近傍の電流(白矢印)の測定により、ドット中の電子スピン状態の読み出しが可。

表2 新規および既存の2状態読み出しの結果と、それらを組み合わせた3状態読み出しの結果

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、3種類のスピン情報を利用するための基盤研究が可能になり、超高速・大容量の量子情報処理への応用が期待されます。量子ドットは様々な物質で作ることができ、例えばシリコンを使った量子ドットはスピン情報を長時間保持できるというメリットがあります。本研究で開発した読み出し法はシリコンを含めた様々な物質に適用できます。

また、本研究は「異なる読み出し手法を組み合わせて複数のスピン状態を読み出す」という概念を世界で初めて実証しました。今後、さらに多くのスピン状態を読み出せる手法の研究開発の指針となると期待され、3種類よりも多くのスピン状態を利用した、さらに一層大容量で高速処理が可能な新しい量子情報処理への道が開けると期待されます。

特記事項

本研究成果は、近日中に米国科学誌「Physical Review Letters」(オンライン)に掲載されます。
タイトル:“Single-shot ternary readout of two-electron spin states in a quantum dot using spin filtering by quantum Hall edge states”
著者名:H. Kiyama, T. Nakajima, S. Teraoka, A. Oiwa, and S. Tarucha

なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「ナノスピン変換科学」(課題番号26103004)、基盤研究(S)(課題番号26220710)、基盤研究(A)(課題番号25246005、16H02204)、若手研究(B)(課題番号15K17681、25790006)、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業・CREST「電子フォトニクス融合によるポアンカレインターフェースの創製」、内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の一環として行われました。

用語解説

※1 量子ドット
電子をナノメートルサイズの箱のような微小空間に閉じ込めることにより、量子力学で記述される離散的な電子状態を持つ。原子との類似性から人工原子とも呼ばれる。半導体中ではゲート電圧を用いて電気的に形成することが可能である。

※2 電子スピン
電子が示す、上向きと下向きに対応する磁石のような性質。古典力学的には電荷を持つ電子の自転運動によって理解される。単一の電子スピンの状態は量子力学に従うので、量子情報に応用できる。

※3 量子情報処理
量子力学では、異なる状態の重ね合わせや粒子間の複雑な絡み合い(量子もつれ)のような古典力学では許されない状態を取り得る。このような量子力学特有の状態をリソースとして情報処理に利用するのが量子情報処理である。盗聴のおそれがない量子暗号器、ある種の演算において従来の計算機に比べて桁違いの処理能力を有する量子計算機などが代表的な応用例である。

※4 二次元電子
二次元方向のみに運動方向を制限された平面状の電子の集団。異なる物質の接合界面や、数十ナノメートル以下の厚さの薄膜内に現れる。本研究ではガリウム砒素(GaAs)とアルミニウムガリウム砒素(AlGaAs)の接合界面を使用した。

※5 量子ホール効果
磁場中を電子が動くと、電子はローレンツ力を受けて動きが曲げられる。これをホール効果、それによって生じる抵抗をホール抵抗と呼ぶ。二次元電子に強い磁場をかけると、電子の波としての性質のために干渉が起こり、エネルギーがとびとびの値となる。このときホール抵抗もとびとびの値を示し、その値は普遍的な物理定数のみで表される。この現象を量子ホール効果と呼ぶ。1985年にノーベル物理学賞の対象になった。応用例として、とびとびのホール抵抗値は電気抵抗の標準に利用されている。

研究者のコメント

電子の持つスピンという性質を利用して、新機能を発現する、あるいは既存技術をはるかに凌ぐ性能を実現することを目指す研究は、現代物理学の中心分野の一つとなっています。量子ドットは、電子スピン数個だけを閉じ込め、制御し、それを読み出すことができるとても興味深いデバイスです。量子ドットを最大限に活用していくためには、「情報の読み出し」という最も基本的な技術からしっかりと確立していくことが重要です。本研究成果が、今後の量子ドットデバイス開発に大きく貢献することを期待しています。

参考URL

産業科学研究所 量子システム創成研究分野
http://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/qse/index.html

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