2016年1月22日

本研究成果のポイント

・通常の基本粒子とは異なる「マヨラナ粒子」の検証には、トポロジカル絶縁体と超伝導体を接合させた試料構造を用いることが有効ですが、取り扱いが難しくほとんど研究が進んでいませんでした。
・今回、トポロジカル絶縁体と超伝導体の接合を検討するなかで、エネルギーがゼロとなる状態を持つアンドレーフ束縛状態の観測に世界で初めて成功しました。この結果は、理論予測されている「保護された超伝導状態」の生成に有望であり、マヨラナ粒子の実証へ繋がることが期待できます。
・今後、マヨラナ粒子の実証実験やその制御法の開発をさらに進めることで、環境変化に対して極めて安定なトポロジカル量子コンピューターの開発へ応用が期待できます。

概要

JST国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム)の一環として、東京大学 大学院工学系研究科の樽茶 清悟 教授、理化学研究所(理研) 創発物性科学研究センターのラッセル・スチュワート・ディーコン 研究員、大阪大学 産業科学研究所の大岩 顕 教授、ドイツのビュルツブルグ大学のローレンス・モーレンカンプ 教授らのグループは、トポロジカル絶縁体※1 と超伝導体の接合において、エネルギーがゼロとなる状態を持つアンドレーフ束縛状態※2 を観測することに世界で初めて成功しました。この結果は、同接合が理論的に予測されている「保護された超伝導状態」※3 の生成に有望であることを示すもので、これにより通常の基本粒子とは異なる粒子「マヨラナ粒子※4 」の検証実験が大きく進むことが期待されます。

マヨラナ粒子を用いるとエラーの影響を受けにくい量子コンピューティングの開発が可能になることから、マヨラナ粒子の検証に向けて、世界的に集中的な研究が行われています。トポロジカル絶縁体と超伝導体の接合はその検証実験ための有力な試料構造とされていますが、ほとんど研究が進んでいません。本成果は、電気的性質に優れたトポロジカル絶縁体であるテルル化水銀(HgTe)を用いてジョセフソン接合※5 を作り、マイクロ波を照射したときに発現する超伝導特性の量子化値※6 が通常の倍になることを観測することによって同接合がマヨラナ粒子の生成に有用な試料構造であることを示しました。

近年、周囲の環境変化によって発生するエラーの影響を受けにくい量子コンピューティングが着目されていますが、今後、マヨラナ粒子の検証実験やその制御法の開発を行うことで、環境変化に対して極めて安定なトポロジカル量子コンピューター※7 の開発への応用が期待できます。

本研究成果は、2016年1月21日(日本時間)に英国のオンライン科学誌「Nature Communications」に公開されました。

研究の背景と経緯

1937年エトワール・マヨラナは、通常の基本粒子として知られているボーズ粒子やフェルミ粒子と全く異なる性質を持つ粒子である「マヨラナ粒子」を理論提案しました。この粒子は、電気的に中性であり、また粒子と反粒子が同一であるといった特異な性質を持ちます。以来、同粒子は素粒子物理学を中心に探索されていますが、いまだ検証には至っていません。最近になって、特別な固体系の準粒子※8 の励起(れいき)がマヨラナ粒子としての性質を示すことが理論提案され、にわかに注目を集めています。その代表がトポロジカル絶縁体と超伝導体の接合であり、特定の条件を満たすことによって接合部分にマヨラナ粒子状態が発現すると考えられていますが、トポロジカル絶縁体が扱いづらい、表面伝導層の品質が低い、バルク伝導の影響が避けられない、などの理由で超伝導接合の作製が困難なため、その実験検証は依然として挑戦的な課題として残されています。一方で、もっと扱いやすい試料構造(図1) を使って、エネルギーがゼロとなる状態を持つアンドレーフ束縛状態、“ギャップレス”アンドレーフ束縛状態の観測を目指しました。HgTeはさまざまなトポロジカル絶縁体の中でも、最も優れたトポロジカル表面の電気伝導特性を示す材料であり、最適の超伝導接合を形成できます。本研究グループの実験では、超伝導電流の超伝導位相(図2右) 。アンドレーフ束縛状態のエネルギーは接合を横切る超伝導位相の差に対して周期的に変化します(図2左) 。通常の接合では、この周期は2πであり、また束縛状態のエネルギーがゼロとなることはありません(エネルギーが最小となる位相πでギャップが存在)。一方、トポロジカル絶縁体と超伝導体の接合の場合は、周期は4πであり、アンドレーフ束縛状態のエネルギーは位相πのときゼロを横切ります(“ギャップレス”アンドレーフ束縛状態)。

東京大学のグループは、マイクロ波照射に対するジョセフソン接合を流れる超伝導電流の電圧応答を測るという方法で上記の位相周期を調べました。ジョセフソン接合にマイクロ波(周波数f)を照射すると、電圧-電流特性には量子化された電圧のステップ(シャピロステップ)が現れることが知られています。通常、このステップは(hf/2e)という量子化された値の整数倍です(hはプランク定数で2eはクーパ対の電荷に相当)。しかし、アンドレーフ束縛状態のエネルギーがゼロを横切る場合(図2左) 、ステップは(hf/e)の整数倍になります。これは、超伝導電流がクーパ対ではなく、単一電子を単位として運ばれているためで、エネルギーが4π周期を持つことを示す証拠とされています。

実験は半導体結晶(テルル化カドミウム:CdTe)基板の上に歪み成長(図1) 。この試料を温度1K(ケルビン)以下に冷やすと、2つの電極間にはジョセフソン効果※5 による超伝導電流が流れます。シャピロステップは高周波電圧(周波数f)を試料に加えて測定しました。マイクロ波の周波数をパラメータとして測定したところ、周波数が高いときは(hf/2e)を単位とする通常の電圧ステップが見えますが、周波数を下げていくと、予想通り、第一シャピロステップが消えてステップが2倍の値(hf/e)になることを見いだしました(図3)

今後の展開

本成果の重要性は、素粒子物理学において長年にわたって探索されてきた不可思議な粒子、マヨラナ粒子が固体系で示すべき性質解明に重要な知見を与え、また、HgTeがマヨラナ粒子の性質を探索するための有用な材料であることを示した点にあります。今後、東京大学のグループは、材料を現在の3次元から2次元のHgTeに移行することを予定しています。材料の次元を下げてトポロジカル絶縁体の性質が電気伝導に反映されやすくすることにより、より鮮明にマヨラナ粒子の性質をとらえ、それを基にマヨラナ粒子の制御法を開発すること、さらには環境雑音に強いトポロジカル量子コンピューターの基本原理を確認することを目指しています。

特記事項

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム)
研究領域:日独共同研究「ナノエレクトロニクス」
研究課題名:「トポロジカルエレクトロニクス」
研究代表者:樽茶 清悟(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
研究期間:平成21年1月~平成27年3月

JSTはこの領域で、半導体エレクトロニクス、ナノスピントロニクス、ナノエレクトロニクスのための分子的アプローチ、ナノフォトニクスなどを含む、「ナノエレクトロニクス」領域の共同研究プロジェクトを推進しました。

上記研究課題では、幾何学的な量子現象を与える3つの基本概念、「スピン軌道相互作用」、「トポロジカル絶縁体」、「非局所的な量子もつれ」の物理と電気制御法を開拓し、その応用として新奇な量子技術の創出と固体系量子情報の技術革新を目指しました。

論文タイトル

“4π-periodic Josephson supercurrent in HgTe-based topological Josephson junctions”
J. Wiedenmann, E. Bocquillon, R.S. Deacon, S. Hartinger, O. Herrmann, T.M. Klapwijk, L. Maier, C. Ames, C. Brune, C. Gould, A. Oiwa, K. Ishibashi, S. Tarucha, H. Buhmann, and L.W. Molenkamp
(HgTeトポロジカル絶縁体のジョセフソン接合における4π周期ジョセフソン電流)
doi:10.1038/ncomms10303

参考図

図1 試料構造とジョセフソン接合を使った実験の模式図

図2 (左)アンドレーフ束縛状態のエネルギーと超伝導接合位相差の関係
通常の接合では位相周期が2πで、エネルギーが最小となる位相πの点でギャップがある(赤の実線と点線)。一方トポロジカル絶縁体の接合の場合エネルギーは位相πの点でゼロとなり、位相周期は4πになる(青の実線と点線)。
(右)2つの超伝導体の間に形成されるアンドレーフ束縛状態
トポロジカル絶縁体の場合はエネルギーがゼロとなる”ギャップレス”束縛状態(青)ができる。

図3 異なる周波数のマイクロ波の照射に対して観測されたシャピロステップ
y軸の電圧は量子化値(hf/2e)で規格化してある。周波数(f)が低くなるに従って第一ステップが小さくなり、消失する。

用語解説

※1 トポロジカル絶縁体
物質の内部は絶縁体であるが、表面は電気を通すような物質。

※2 アンドレーフ束縛状態
ジョセフソン接合※5 では、通常、クーパ対※13 のアンドレーフ反射※14 を介して超伝導電流が流れる(アンドレーフ反射は超伝導体と常伝導体の接合界面における電子と正孔の交換によって生じる)。このとき、2つの接合界面は共振器の役割を果たすため、その間の常伝導体には離散的なエネルギーを持つ共鳴状態(アンドレーフ束縛状態)が作られる。

※3 保護された超伝導状態
位相幾何学的な特殊性を持つために他の状態と差別化されている(今の場合は、環境の影響を受け難くなっている)超伝導状態。分かりやすい例としては、取手の付いたコップとドーナツは両方とも穴が開いているので連続的に変化するが、そうでないもの(例えばボール)からは連続的に変化しない。これは“穴”という幾何学性のために、同様な穴を作ったり、消したりする特殊な雑音以外の影響は作用しないことを意味する。

※4 マヨラナ粒子
自然界に存在する基本粒子としてはボーズ粒子とフェルミ粒子が良く知られている。マヨラナ粒子は通常の複素フェルミ粒子の半分の自由度を持つ実フェルミ粒子であり、その反粒子が自身と同じで、また電気的に中性という特徴を持つ。素粒子としてはいまだに発見されていないが、ノーベル物理学賞で有名になったニュートリノがその候補とされている。

※5 ジョセフソン接合
極薄の絶縁体あるいは常伝導金属薄膜を超伝導体で挟んだもので、超伝導電子対のトンネル効果によって超伝導電流が流れる(ジョセフソン効果)。

※6 超伝導特性の量子化値
ジョセフソン接合にマイクロ波の高周波電圧(周波数f)を加えたとき、超伝導電流特性に高さ(hf/2e)の電圧ステップ(=量子化値)の階段構造が現れる。

※7 トポロジカル量子コンピューター
複数の非可換粒子が存在するときに準粒子の交換によって系の状態が変化することを論理ゲートとして用いた量子計算。空間に配置された準粒子を順番に入れ替えることで計算が実行される。計算結果は準粒子を交換する順序だけで決まり、従って環境からの影響から守られるため、計算は非常に安定である。

※8 準粒子
多体系の低エネルギー励起状態は、ほとんど相互作用のない1粒子状態として良く記述できる。それを準粒子と呼ぶ。超伝導の場合は、クーパ対※13 を壊して作られる励起状態の電子で、本質的には常伝導状態の電子と同じである。

※9 扱いやすい試料構造
品質が高く、良好な超伝導接合を作りやすい試料構造。その例が、半導体ナノ細線、あるいは1次元原子鎖と超伝導体の接合であり、磁場を加えることでマヨラナ粒子の存在を示唆するゼロエネルギーの局在状態が測定されている。

※10 非可換準粒子
2次元空間では、2つの準粒子を入れ替えたとき、波動関数に1でも-1でもない複素数がかかることがあり、これをエニオンと呼ぶが、波動関数には位相の任意性があるため、準粒子を入れ替える前後で状態は変わらない。これに対し、2つを交換すると、元の状態とは違う別の状態に変わってしまうという特異な性質を持った準粒子も理論的に予想されており、これを非可換準粒子(または非可換エニオン)という。

※11 コヒーレンスの破れと誤り耐性の問題
現在研究されている量子コンピューティングには、環境雑音の影響を受けて量子力学的性質を失って計算ができなくなるという問題、および、多少の誤りがあっても誤り訂正を行いながら計算を進めるようにしなければいけないという問題がある。

※12 超伝導位相
ジョセフソン接合では、両端の超伝導体の巨視的な位相には差があり、この違いが流れる超伝導電流に反映される。この電流はI=Icsin(φ)の依存性を持つ。Icは超伝導電流の最大値で、φが電極の位相の差を表す。

※13 クーパ対
通常の超伝導状態では、フェルミ面付近傍の電子の間にフォノンを媒介とした引力相互作用に働くために、反平行のスピンを持つ電子対が安定な状態となる。この電子対は、スピン状態がスピン1重項、全運動量がゼロの束縛状態となっている。

※14 アンドレーフ反射
常伝導金属から入射した電子のエネルギーが超伝導体のエネルギーギャップ内にある場合は、準粒子としてトンネルすることができない。超伝導体との界面では通常の反射だけではなくて、入射した電子が超伝導体との界面で正孔として反射される現象。アンドレーフ反射により、超伝導体中にクーパ対が生成される。

※15 歪み成長
下地の結晶と構造や格子定数の異なる結晶が成長する場合には、上の結晶は歪みを内包しながら成長する。従って、成長結晶は、本来の自然な結晶に比べて構成する格子が歪んだものになっている。

参考URL

大阪大学産業科学研究所 量子システム創成研究分野 大岩研究室
http://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/qse/

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