2016年1月16日

本研究成果のポイント

・従来のバイオテクノロジー法※1 では得ることが困難であった、高純度な糖タンパク質※2 エリスロポエチン※3 (グリコフォーム※4 )を世界で初めて化学合成することに成功。
・精密化学合成により得たエリスロポエチンを用いたバイオアッセイ※5 により、分子進化の過程で決められたタンパク質上のN型糖鎖※2 付加位置全てに糖鎖※6 が高純度で存在することがエリスロポエチンの赤血球増殖活性に重要であることを確認。
・世界中で利用されているタンパク質製剤を、高純度糖鎖を用いて化学的に自在に合成することで、より高い活性をもつ次世代型バイオ医薬の開発への応用に期待

リリース概要

大阪大学大学院理学研究科化学専攻 有機生物化学研究室の村上真淑博士、木内達人、岡本亮助教、和泉雅之准教授、梶原康宏教授および、株式会社糖鎖工学研究所手塚克成博士、西原三佳研究員らのグループは、ヒト型の糖鎖をもつエリスロポエチンを化学合成するとともに、糖鎖の付加位置および付加数を変えたエリスロポエチンを種々合成し、糖鎖の純度、糖鎖付加位置とエリスロポエチンの薬理活性の関係を緻密に調べることに成功しました。

糖鎖は、タンパク質の薬理活性発現に必要不可欠であることは知られていましたが、従来のバイオテクノロジー法では、得られる糖タンパク質の糖鎖構造が不均一で、どのような構造の糖鎖が、タンパク質のどの位置に付加すると薬理活性が向上するかという構造と活性の相関関係を理解することが困難でした(図A)

今回、鍵中間体※7 の合成課題を解決することで有機合成化学法により、生体高分子である糖タンパク質の精密化学合成を達成しました(図B)。これにより、成熟型の高純度のヒト型糖鎖が、遺伝子により決められている本来の糖鎖付加位置に全て付加することで最も薬理活性が向上することを化学的視点で初めて確認することに成功しました。

これにより、世界中で利用されているタンパク質製剤を、高純度糖鎖を用いて化学的に自在に合成することで、より高い活性をもつ次世代型バイオ医薬の開発に応用されることが期待されます。

本研究成果は、2016年1月15日(金)14時(米国東部時間)に、「AAAS (American Association for the Advancement of Science)」のオンライン版 Science Advances (http://advances.sciencemag.org)で公開されました。

図A 様々なN型糖鎖構造
例えば24位に付加している糖鎖は、図Bのような特定のものだけではなく、ここに示したような様々な構造異性体のどれかが結合した状態で存在している

図B 今回化学合成した高純度糖鎖を三本(24, 38, 83位)持つエリスロポエチンの構造

研究の背景

糖鎖が付いたタンパク質、すなわち糖タンパク質は、現在世界中で糖タンパク質製剤として広範に利用されていますが、バイオテクノロジー法では、薬理活性発現に必要な糖鎖構造の制御が困難で、糖タンパク質製剤の品質管理に多大な労力が必要とされています。また、糖タンパク質製剤のジェネリック医薬品(バイオシミラー)は特許権利に関係なくどの製薬会社でも生産を始めることができますが、微妙な生産条件の違いによって糖鎖構造が変化するため(例えば(図Aの糖鎖のどれかが付加する)、薬理活性や製剤の安定性に影響が生じます。そのため生産技術の改善や品質管理水準の徹底が求められています。

糖タンパク質の糖鎖構造が不均一であっても体には害を与えませんが、糖鎖の数、構造によって薬理活性が低下すると考えられており、低濃度−高活性というコスト面を考慮した理想的な投薬には至っていないと考えられます。このように、糖タンパク質製剤の薬理活性発現に糖鎖が必要不可欠であるということは理解されていましたが、化学合成を利用して生産する低分子医薬品のように分子構造を精密に制御した上で糖鎖構造とタンパク質薬理活性の関係を定量的に理解する研究は展開されていませんでした。

研究成果の詳細

今回、大阪大学理学研究科化学専攻の有機生物化学研究室のグループが中心となり、世界でもっとも利用されている糖タンパク質製剤エリスロポエチン(貧血治療薬)を例に、高純度な糖鎖をもちいた精密化学合成により糖鎖付加位置を変えたエリスロポエチンを5種類合成し(図C)、糖鎖の数、および付加位置が薬理活性にどのように影響するかその相関関係を調べることで糖鎖機能を考察しました(図Bは最も活性が高かったエリスロポエチン)。

化学合成が困難な糖鎖部分については、本グループがすでに確立していた、鶏卵に含まれているヒト型の成熟型糖鎖を高純度で単離する方法により糖鎖-アミノ酸を単離し活用しました。そして、これら糖鎖-アミノ酸とアミノ酸を連結し、アミノ酸が計166個からなるエリスロポエチンの全長に相当する糖ペプチドを調製しました。

これにより、エリスロポエチンがとるべく3次元構造を形成させて精製後、各種精密測定により、高純度なエリスロポエチンが得られていることを確認しました。また、遺伝子的に決まっている本来のN型糖鎖付加位置全てに、高純度糖鎖が付加することが、活性発現に必要であることを確認しました。さらに、疎水性※8 が強いタンパク質面に付加するべき糖鎖に欠損があると薬理活性が低下することを観察しました。すなわち、糖鎖付加位置は、タンパク質の表面の疎水性アミノ酸が多く集中する箇所に必要であることを示唆する結果を得ました。タンパク質が受容体タンパク質と相互作用する際には、疎水性、電荷のあるタンパク質面を活用します。しかし、受容体と相互作用しないタンパク質面に疎水性面が露出すると、溶解性の低下および凝集•沈殿を招き、血栓の誘発などが危惧されます。これを糖鎖が疎水性面を覆うことで防いでいると示唆される結果が得られました。

タンパク質上の糖鎖は、非ヒト型であると体外の異物として認識され即座にアレルギー性症状が出ることが多く、ヒト体内ではヒト型糖鎖を持つことが自己の糖タンパク質であるという免疫的シグナルを発していることが知られています。

本研究では、これらの知見に加え、水に溶けなくなる要素である疎水性タンパク質面を糖鎖が覆うことで、タンパク質を水(体液)に良く溶けるように調整しているのではという糖鎖機能を見いだした。また、タンパク質表面の疎水性が強いほど、その糖鎖の枝分かれ度が大きくなり3、4本に枝分かれする傾向が強いことが類推されました。そして、糖鎖の純度が高いほど、より少ない量の糖タンパク質で薬理活性が期待できることも明らかにしました。

図C 化学合成した5種類のエリスロポエチン

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

糖鎖がタンパク質に付加する場所は、遺伝子により制御されていることは知られていましたが、なぜ糖鎖が必要なのかは理解が遅れていました。本研究をきっかけに、今後は、なぜその位置に糖鎖を付加させるように分子進化が起こったのかを調べる学術研究への展開が期待されます。また、世界中で利用されているタンパク質製剤を、高純度糖鎖を用いて化学的に自在に合成することで、より高い活性をもつ次世代型バイオ医薬の開発に応用されることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2016年1月15日(金)14時(米国東部時間)に、「AAAS (American Association for the Advancement of Science)」のオンライン版 Science Advances (http://advances.sciencemag.org)で公開されました。

論文名: Chemical synthesis of erythropoietin glycoforms for insights into the relationship between glycosylation pattern and bioactivity
著者名:Masumi Murakami, Tatsuto Kiuchi, Mika Nishihara, Katsunari Tezuka, Ryo Okamoto, Masayuki Izumi, Yasuhiro Kajihara

本研究成果は、日本学術振興会 基盤研究A (26248040と23245037)の補助を受けて実施されました。
また、筆頭著者の村上真淑は、日本学術振興会特別研究員(DC2)の補助を受けて、本研究の一部を実施しました。

用語解説

※1 バイオテクノロジー法
動物細胞に標的タンパク質のアミノ酸配列を遺伝情報として導入し、細胞培養プロセスで標的糖タンパク質を調製する方法。

※2 糖タンパク質
糖鎖※6 が結合したタンパク質の総称で、本研究で注目した糖鎖は、タンパク質中のアスパラギン-X-セリン(又はトレオニン)という決まった配列のアスパラギン側鎖の窒素原子に結合したもので、N型糖鎖といいます。また、この配列以外のセリン、トレオニンの側鎖の酸素原子に結合した糖鎖をO型糖鎖といいます。ほ乳類の体内に存在するタンパク質の約半分は、糖鎖が結合した糖タンパク質です。糖鎖は、タンパク質の生理活性の制御、血中半減期、抗原性、タンパク質の折りたたみ過程を制御していることは理解されていますが、なぜ、タンパク質は糖鎖付加を受けないといけないのか、その理由は明確には理解されていません。通常、糖鎖は、糖が9−15個連なり、2−4本の枝分かれ構造をもち、そしてその末端には酸性を示すシアル酸という糖が付きます。しかし、糖鎖構造が不均一で、どの糖鎖構造がもっともタンパク質の生理活性を引き出すのか特定するのが困難でした。

※3 エリスロポエチン
ヒトの腎臓で作られ、そして骨髄に作用することで赤血球を増殖させる活性を発現します。そのため、腎炎をおこされた患者さんは、エリスロポエチンの生産性が低いため、補充療法としてエリスロポエチン製剤が使われます。また、貧血治療薬として世界中で利用され、世界トップセールスのタンパク質製剤となっています。さらに赤血球を増やす活性があることから一部のアスリートがドーピング剤として使う問題がオリンピックや自転車レースで起こっています。

※4 グリコフォーム
タンパク質のアミノ酸配列、立体的構造は同じですが、糖鎖の付加数、糖鎖構造が違う分子のことを指し、化学的には異性体となります。

※5 バイオアッセイ
合成したエリスロポエチンをマウスに投与し、赤血球がどの程度増加するか調べた実験。

※6 糖鎖
ブドウ糖のような糖が10個程度連なった分子を糖鎖といいます。ヒトの場合の糖鎖の構成成分は、N-アセチルグルコサミン、マンノース、ガラクトース、シアル酸で、その糖鎖構造は、2-4本の枝分かれ構造をしています。

※7 鍵中間体
糖鎖が結合したペプチドは、糖タンパク質合成に必要不可欠な原料で、この分子を効率よく供給できるかが、本合成研究の鍵となっていました。本研究を通して、酸性条件で容易に分解する糖鎖ペプチドを大量に合成する方法を見出すことで、本研究の完成に至りました。

※8 疎水性
アミノ酸は、20種類ありますが、そのうちアミノ酸の側鎖にベンゼン環、炭素鎖など水に溶けない骨格をもつアミノ酸を一般に疎水性アミノ酸と言います。このアミノ酸の側鎖がタンパク質表面に出ていると、そのタンパク質面は疎水性の性質を示し、水とうまく馴染むことができません。一方、親水性は疎水性とは逆に水と馴染みやすい性質のことを指し、糖のように水酸基を多く持つ分子や、アミノ酸の側鎖が水酸基、カルボン酸、アミノ基などの分子も親水性の性質を示します。

参考URL

大阪大学大学院理学研究科 梶原研究室
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/kajihara/

論文掲載先(Science Advances)
http://advances.sciencemag.org/content/2/1/e1500678

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