生命科学・医学系

2020年1月21日

研究成果のポイント

・インスリンに糖鎖※1が結合した新しい分子である「グリコインスリン」の合成に成功した
・インスリンは、糖尿病を患う多くの人々に必要不可欠な薬・グリコインスリンは、インスリンと同等の機能をもつことがわかった
・グリコインスリンは、インスリンの機能を低下させる繊維化がおこらず、非常に安定であることがわかった
・今後、新たなインスリン製剤および新たなタンパク質製剤に繋がる可能性

概要

大阪大学大学院理学研究科化学専攻有機生物化学研究室の岡本亮講師、梶原康宏教授らの研究グループは、メルボルン大学Florey Institute of Neuroscience and Mental Health の Associate professor, Akhter Hossain(アクター ホサイン)らの研究グループとの共同研究において、インスリンに糖鎖が結合した新しい分子である、「グリコインスリン」の化学合成に成功しました。グリコインスリンは、インスリンの機能を低下させる繊維化がおこらず非常に安定であるとともに、インスリンと同等の機能をもつことが明らかとなりました。今回開発されたグリコインスリンは、将来の臨床応用へ有望な新しいインスリン分子の候補となることが期待されます。

本研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society(2019年12月18日付)」(オンライン)に公開されました。

図1 インスリンとグリコインスリン
(写真)高濃度・高温条件下での原子間力顕微鏡図

研究の背景

インスリンは、糖尿病を患う多くの人々に必要不可欠な薬です。インスリンは体内の血糖値を制御するために、我々の体の中で合成されています。インスリンがうまく働かないと、食事から摂取した糖分を、適切にエネルギーとして取り込むことができません。しかし、ある種のタイプの糖尿病では、体内でインスリンがうまく分泌されないため、血糖値の制御ができなくなってしまいます。このような糖尿病に対する有効な治療法として、インスリンポンプなどを利用した投与による補充療法が広く利用されています。

タンパク質でできた薬であるインスリンを使用するためには、ちょっとしたコツが必要です。なぜなら、タンパク質という分子は、それぞれ固有のかたちを持ち機能を発揮していますが、私たちの体の中で生産されるインスリンは、繊維化という現象によってそのかたちが壊れやすい、繊細なタンパク質分子であるからです。この繊維化がおこると、インスリンは薬効を失います。そのため、繊維化したインスリンは廃棄し、新しいインスリン溶液を利用しなければなりません。インスリンの保存期間(使用可能期間)がわずか2日間から6日間に増加した場合、米国では年間10億米ドル以上節約できるという試算もなされています。繊細なインスリンを、適切にインスリンポンプによって投与するために、頻繁にインスリンを含むポンプを交換する必要もあり、インスリンを使用することは、使用される人々の経済的な負担だけでなく、クオリティ・オブ・ライフの低下にも大きく関わります。このため、より安定なインスリン分子の開発がいまだに続けられています。

研究の内容と成果

今回、同グループは、糖鎖という分子がインスリンに結合した新しい分子である、「グリコインスリン」の合成に成功しました。

糖鎖は我々の体の中で、タンパク質と結合した糖タンパク質として大量に存在し、免疫などの様々な生命現象に関わる重要な分子です。梶原教授の研究グループでは、これまでに、高純度の糖鎖の大量調製法を開発しており、この技術を利用することで、色々な構造の糖タンパク質の合成が可能であることはすでに見出していました。

Associate Professor Hossain, Professor Wadeらのグループは、独自の化学技術で合成したインスリンに対して、岡本講師が誘導化したシアル酸という糖を含む特定の構造の糖鎖を導入し、グリコインスリンを新しく合成しました。解析の結果、このグリコインスリンは、高温のような過酷な条件下でも繊維化せず、極めて安定であることがわかりました。この結果は、糖鎖がタンパク質の繊維化を防ぐ機能をもつことを示唆しています。また、マウスを利用したインスリン負荷試験から、グリコインスリンは通常のインスリンとほぼ同等の機能をもっていることも明らかになりました。今後、糖鎖が繊維化を防ぐメカニズムなどの詳細を明らかにできれば、グリコインスリンは、非常に安定な新しいインスリン分子として、将来の臨床使用への有望な候補になることが期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

今回合成が達成されたグリコインスリンは、インスリン使用に関わる負担を軽減できる、新しいインスリン製剤を創出する可能性を秘めています。また、タンパク質の繊維化を防ぐという糖鎖の機能は、さらなる新しいタンパク質製剤※2創出への利用が期待されます。

特記事項

本研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society(2019年12月18日付)」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Total chemical synthesis of a non-fibrillating human glycoinsullin”
著者名:Mohammed Akhter Hossain, Ryo Okamoto, John A. Karas, Praveen Praveen, Mengjie Liu, Briony E Forbes, John D. Wade, and Yasuhiro Kajihara

用語説明

※1 糖鎖
糖が化学結合によってつながった分子。デンプンに含まれるアミロースは、α-グルコースという糖が繋がった糖鎖の一つ。体の中のタンパク質に結合している糖鎖は、構成する糖の種類や数、つながり方によって多様な構造が存在する。

※2 タンパク質製剤
タンパク質でできた薬。酵素や抗体などを利用したタンパク質製剤が、すでに薬として利用されている。一般的には遺伝子組み換え技術や、細胞培養技術を利用してつくられる。

参考URL

大阪大学 大学院理学系研究科 化学専攻 有機生物化学研究室 梶原研究室
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/kajihara/

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