2015年11月24日

本研究成果のポイント

・これまで、量子液体※1 が非平衡状態※2 にある場合の振る舞いについては、理論上は予言されていたが、実証されていなかった
・人工原子を用いて「電流ゆらぎ(雑音)※3 」を精密に調査し、量子液体の振る舞いを初めて解明
・長年にわたり物理学の中心的な課題の一つである量子多体現象※1 研究の発展の引き金となる成果

概要

小林研介(大阪大学大学院理学研究科教授)、Meydi Ferrier(メイディ フェリエル:同理学研究科特任研究員およびパリ南大学講師)、荒川智紀(同理学研究科助教)および秦徳郎・藤原亮(同理学研究科大学院生)らは、小栗章(大阪市立大学大学院理学研究科教授)および阪野塁(東京大学物性研究所助教)らの研究グループとの共同研究において、微細加工技術を用いて作製された人工原子中の量子液体における電流ゆらぎを世界最高水準の測定技術により精密に測定することによって、理論的に予測されてきた非平衡状態にある量子液体の挙動を詳細に明らかにすることに成功しました。

多数の粒子が互いに量子力学的に影響を及ぼしあうとき、粒子一個の性質からは全く想像できないような奇妙な振る舞いを示すことがあります。このような現象を量子多体現象と呼び、そのような現象を示す粒子の集団のことを量子液体と呼びます(図1) 。本研究は、典型的な量子多体現象である近藤効果※4 によって形成される量子液体を用いて行われたものです。量子多体現象は、長年にわたって物理学の中心的な課題の一つですが、極めて高い精度で理論の検証に成功した本成果は、物質の新しい性質・機能を見いだすなど、今後の研究の発展に貢献していくものと期待されます。

本研究成果は、2015年11月23日16時(英国時間)に「Nature Physics」のオンライン版に発表されました。

図1
(左)粒子が一個だけある場合、その粒子の振る舞いは、シュレーディンガー方程式※5 を解くことによって、理解できます。量子力学によれば、粒子は波動性も持っていますが、その波長をドブロイ波長と呼びます。(右)粒子が多数集合した状態。粒子は、量子力学的に相互作用し、量子液体状態を形成します。量子液体の振る舞いは、粒子一個の場合とは、大きく異なります。

研究の背景

粒子(例えば、電子や原子など)が一個だけある場合、シュレーディンガー方程式を解くことによって、その粒子の量子力学的な挙動を精密に予言することができます(図1左図) 。しかし、粒子が多数ある場合、方程式を厳密に解くことはできなくなります。それだけでなく、現実にも、そのような粒子の集団が、粒子一個の性質からは全く予想もできないような挙動をすることがあります。実際、多数の粒子が互いに量子力学的な相互作用を及ぼしあうとき、その集団は一体となって、あたかも液体であるかのように振る舞うようになるのです。このような量子力学に従う粒子集団の液体状態を「量子液体」と呼びます(図1右図) 。また、このような現象を「量子多体現象」と呼びます。例えば、超伝導や超流動は、電子や原子が量子液体を形成することによって引き起こされる量子多体現象の代表例です。

量子多体現象は、長年にわたって、物理学における中心的な課題の一つであり、数多くの研究が行われてきました。その結果、現在では、量子液体が平衡状態※2 (流れや変化のない状態)にあるときの振る舞いについては、ある程度まで理解できるようになりました。しかしながら、これまで、流れや変化がある場合、すなわち、量子液体が非平衡状態にある場合の振る舞いについては、ほとんど解明されていませんでした。

図2
(a) 実験に用いた試料の電子顕微鏡写真および測定回路の概略図。黄色い点線で囲まれた領域に見える白い筋が、カーボンナノチューブからなる人工原子です。この人工原子にただひとつの電子を閉じ込め、それによって生じる近藤効果を、電流と電流ゆらぎ測定によって解析しました。(b) 得られた実験結果。縦軸は電流ゆらぎの大きさ、横軸は、人工原子に形成された近藤状態によって跳ね返される電流の大きさを示しています。様々な磁場でゆらぎ測定を行った結果、有効電荷e*/eが1.7と求まりました。 (c) 有効電荷が、近藤温度や磁場によってスケールされる様子を示します。このような非平衡状態におけるスケーリングは、本研究によって初めて明らかになりました。

研究成果

小林教授らの研究グループは、近藤効果によって形成された量子液体の性質を、平衡状態から非平衡状態まで精密に調べました。近藤効果は、固体中の電子スピンが、その周りの伝導電子スピンと結合した状態(近藤状態)を作ることによって生じる量子多体現象の一つです。理論的には、近藤状態は、一つのスピンと多数の伝導電子とによって形成される量子液体であることが確立しています。これまで、近藤効果に対する多くの実験的研究においては、巨視的なサイズの試料を用いて、多数のスピンを含んだ集団の平均的な性質を調査する方法がとられてきました。それに対して、微細加工技術を使って作製される「人工原子」と呼ばれる微小な電子回路では、電子の数を一個ずつ制御できるため、たった一個のスピンによって引き起こされる近藤効果を、現象に関わるあらゆるパラメータを制御しながら研究することができます。したがって、近藤状態にある人工原子は、非平衡状態も含む量子液体についての理論を、理論に忠実な形で高い精度で検証できる理想的な電子回路となっています。

小林教授らの研究グループは、カーボンナノチューブを用いて作製した人工原子における近藤効果の研究を行いました(図2(a)) 。人工原子に導線をつなぎ、通過する電流を測定することによって、人工原子の状態を精密に調べることができます。本研究は、人工原子に加える電圧や磁場などを制御することによって、理想的な近藤状態を実現しました。さらに、電流だけではなく、電流に含まれる「電流ゆらぎ(雑音)」を世界最高水準の測定技術で精密に調べました。その結果、一個のスピンによる近藤状態だけでなく、二個の場合や、電子軌道が複数ある場合などの、多彩な近藤効果について、有効電荷※6 を高精度で検出しました。有効電荷とは、近藤状態を電流が流れる場合に、電子が近藤状態によって跳ね返される様子を表す量のことです。本研究の実験によって、近藤状態においては、1粒子の伝導過程のみではなく、電子正孔対の励起を伴う結果として、二個の電子が関与する伝導過程があり、それによって有効電荷が通常の値よりも増大することが分かりました(図2(b)) 。この有効電荷から、量子液体を特徴づける量「ウィルソン比」を求めることができ、小林教授らの研究グループの人工原子が、非平衡状態にあるにもかからず、極めて強い量子多体現象を示していることを実証しました。この有効電荷とウィルソン比は、最新の非平衡近藤効果に関する理論の予言と高い精度で一致しました。また、理論を検証しただけでなく、これまでに知られていなかった有効電荷の新しい性質を実験的に確立しました(図2(c))

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本成果は、非平衡状態にある量子液体に対して、理論の予言を定量的に検証するレベルでの精密な実験的研究が可能であることを世界で初めて示したものです。量子多体現象の研究は、物理学の中でも長い歴史を持ち、数多くの研究が行われてきましたが、非平衡状態にある量子液体の挙動については、現在でも、未踏の領域となっています。本研究はそのような研究の引き金となるものと言えるでしょう。また、これまで、超伝導や超流動など、量子液体の示す不思議な現象の研究は、主として平衡状態にある場合について行われてきました。しかし、今後、量子液体の性質を非平衡の領域まで拡大して調べることによって、物質の新しい性質・機能を見いだせる可能性が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2015年11月23日16時(英国時間)に「Nature Physics」に発表されました。

タイトル : “Universality of Non-equilibrium Fluctuations in Strongly Correlated Quantum Liquids”
著者名 : Meydi Ferrier, Tomonori Arakawa, Tokuro Hata, Ryo Fujiwara, Raphaelle Delagrange, Raphael Weil, Richard Deblock, Rui Sakano, Akira Oguri, and Kensuke Kobayashi

本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(S)(No.26220711)・基盤研究(C)(No. 26400319)・若手研究(B)(No.15K17680, No.25800174)、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「ゆらぎと構造」(No.25103003)および「トポ物質科学」(No.15H05854)、矢崎科学技術振興記念財団の補助を受けて行われました。また、東北大学電気通信研究所における共同プロジェクト研究の一環で行われました。

用語解説

※1 量子多体現象と量子液体
多数の粒子が量子力学的に相互作用し、一体となって振る舞う様子を、量子力学的な液体という意味で量子液体と呼びます。量子液体は、粒子一個の時とは本質的に異なる性質を示すことがあり、そのような現象を、量子多体現象と呼びます。超伝導、超流動、近藤効果などは量子多体現象の代表例であり、物理学において中心的なトピックとして長年研究が続けられています。

※2 平衡状態と非平衡状態
ある注目している対象に、(粒子や熱の)流れや変化がなく、完全に安定した状態にあるとき、その対象は平衡状態にある、と言います。またそうではない状態のことを非平衡状態と呼びます。物理学において、平衡状態を記述する理論的な枠組みはかなり確立していますが、非平衡状態をどのように扱うか、という問題は、現在の物理学における大きな課題です。

※3 電流ゆらぎ
試料で発生する電流の時間的なゆらぎ(雑音)のことを指します。電流ゆらぎは、主に熱的なゆらぎに起因する熱雑音と電荷の離散性に起因するショット雑音からなります。本研究では、近藤状態に特徴的に現れるショット雑音に注目しました。通常の測定では、電流の時間的なゆらぎを高速フーリエ変換によって電流雑音スペクトル密度に変換して評価します。

※4 近藤効果と近藤状態
ごくわずかの磁性不純物を含む金属において、不純物のスピンを伝導電子のスピンが遮蔽することにより、特殊なスピン一重項(「近藤状態」と呼ばれます)が形成され、低温での抵抗増大という特徴的な伝導を示す現象のことです。1964年に日本の近藤淳が初めて理論的に解明しました。近藤効果は量子多体現象の最も典型的な例であり、強相関電子系(重い電子系や高温超伝導等)の研究などにおいて半世紀にわたって数多くの研究が行われてきました。近藤状態は、「局所フェルミ流体」と呼ばれる、L.D.ランダウによる「フェルミ液体」の考え方を拡張した量子液体であることが確立しています。本研究では、非平衡状態にある局所フェルミ流体の挙動を、電気伝導度と電流ゆらぎの精密測定と、最新の理論との定量的な比較を行ったものです。

※5 シュレーディンガー方程式
量子力学における基本となる方程式。波でもあり粒子でもある、という物質の量子力学的な性質を反映した方程式です。分子や原子の振る舞いは、この方程式を解くことによって理解することができます。

※6 有効電荷
電子が状態によって散乱される状況を特徴づける量。雑音測定から得られます。量子多体現象が生じておらず、電子がごく普通の電子一個として振る舞うとき、有効電荷の大きさは1のままです。本研究では、電子が近藤状態によって散乱される結果、有効電荷の大きさが1.7±0.1に増大しました。この値は、理論の予想値5/3に一致します。

参考URL

大阪大学大学院理学研究科物理学専攻 小林研究室
http://meso.phys.sci.osaka-u.ac.jp/index.html

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