電流に替わる新たな物理量として注目のスピン流。その電流ゆらぎの検出に成功

電流に替わる新たな物理量として注目のスピン流。その電流ゆらぎの検出に成功

スピントロニクス発展への寄与に大きな期待

2015-1-22

概要

荒川智紀(大阪大学大学院理学研究科助教)、小林研介(同教授)、塩貝純一(東北大学金属材料研究所助教)、好田誠(東北大学大学院工学研究科准教授)、新田淳作(同教授)、小野輝男(京都大学化学研究所教授)らは、Dieter Weiss(ドイツ・レーゲンスブルグ大学教授)の研究グループとの共同研究により、微少な半導体素子中にスピン流 を生成し、それに伴う電流ゆらぎの検出に成功しました。ここで実現された検出手法はスピン流の非平衡状態(熱の発生など)に関する新たな情報を与えるため、今後のスピントロニクス の発展に寄与すると期待されます。

本研究成果は、2015年1月7日に米国科学誌「Physical Review Letters」のオンライン速報版に発表され、「Editors' Suggestion」(編集部による注目論文)に選ばれました。

研究の背景

1918年、ショットキーは真空管を流れる電流に注目し、その電流ゆらぎ (雑音)が素電荷と電流の平均値に比例するという普遍的な性質を持つと指摘しました。このゆらぎは真空管の陰極からランダムに放出される電子の分配過程と電荷の離散性に起因した現象で、ショット雑音と呼ばれています。ショットとは「粒」のことで、電荷の離散性を端的に表しています。ところで、電子は電荷だけでなくスピンという自由度も持つため、スピンの離散性も電流のゆらぎに何らかの影響を与えるのではないかと考えるのは自然な発想です。しかし、スピンに起因したショット雑音については理論的な提案があったものの、実験的な検証は行われてきませんでした。本研究チームはトンネル接合にスピン流を印加し、それに伴うショット雑音の検出に成功しました。

スピン流は電流に替わる新たな物理量として注目されており、近年、その生成・検出手法が盛んに研究されています。本研究では、強磁性半導体(Ga,Mn)Asと非磁性半導体GaAsからなるトンネル接合にスピン流を印加し、電流ゆらぎを測定しました (図1) 。さらに、 (図2) に概念的に示すように、トンネル接合に流れるスピン流と電流を独立に制御することで、ショット雑音に含まれる電流とスピン流の寄与を分離して評価しました。その結果、スピン流の絶対値が求まると同時に、ショット雑音とスピン流の比例関係が実証されました。この結果はトンネル過程において電荷とスピンが一体となってトンネルしていることの直接的な帰結です。

また、本研究では極めて高精度な電流ゆらぎ測定技術を駆使して、スピン流の生成に伴う電子系の温度上昇を実測しました。このようなスピン流の非平衡度合いに関する研究はこれまで進んでいませんでした。今後、本検出手法がスピン流の非平衡状態の研究を発展させていくと期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

ショット雑音測定は現在までに電子デバイスや人工量子系(メゾスコピック系)の物理の発展に大きく貢献してきました。スピン流に伴うショット雑音も同様に、スピン軌道相互作用や不純物によるスピン散乱、伝導電子と局在スピン間のスピンモーメントの輸送(スピントランスファー効果等)などのスピンに依存した伝導現象を解明する新たな手法になると期待されます。

従来、スピン流の検出を行うには強磁性体や、スピンホール効果を用いてスピン流を電流に変換する必要がありました。ショット雑音による方法を発展させれば、原理的に物質に依存せず、スピン流の絶対値を直接求めることが可能です。これはスピントランジスタやスピン注入磁化反転などの新規デバイスの創出を目指すスピントロニクスの発展において大きな利点となります。

特記事項

本研究成果は、2015年1月7日に米国科学誌「Physical Review Letters」のオンライン速報版に発表され、「Editors'Suggestion」(編集部による注目論文)に選ばれました。
タイトル:"Shot Noise Induced by Nonequilibrium Spin Accumulation"
著者名:Tomonori Arakawa, Junichi Shiogai, Mariusz Ciorga, Martin Utz, Dieter Schuh, Makoto Kohda, Junsaku Nitta, Dominique Bougeard, Dieter Weiss, Teruo Ono, and Kensuke Kobayashi
論文名:Physical Review Letters 114, 016601 (2015)

本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(S) (No. 26220711)、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「ゆらぎと構造」(No.25103003)、日本学術振興会 科学研究費補助金 スタートアップ支援(No.25887037)、村田学術振興財団、JST-DFG戦略的国際共同研究プログラム、the German Science Foundation (DFG) 308 via SFB 68および京都大学化学研究所の共同利用・共同研究の補助を受けて行われました。

参考図

図1 測定手法の概念図
強磁性半導体(Ga,Mn)Asから非磁性半導体GaAsにスピン注入電流を流すことでスピン流を生成します。この時、右方向に純スピン流が流れ、赤字で示した検出用のトンネル接合にスピン流を印加することができます。

図2 ショット雑音の概念図
(左図)トンネル接合において電子が散乱されショット雑音が発生している様子。この図は1918年のショットキーの理論に基づく古典的なショット雑音の発生を示している。(右図)正味の電流がなく、スピン流だけが存在する場合にもショット雑音は発生する。

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用語説明

スピン流

伝導体を流れる電流はアップスピン電子によるものとダウンスピン電子によるものの2種類に分けることができる。通常の電流はこれら2つの和であるのに対し、スピン流は2つの差である。特に、2種類の電流の絶対値が等しく方向が逆の場合を純スピン流と呼ぶ。この場合は正味の電流はなく、スピンモーメントのみが伝導体を流れる。

電流ゆらぎ

試料で発生する電流の時間的なゆらぎ(雑音)であり、主に熱的なゆらぎに起因する熱雑音と電子の分配過程に起因するショット雑音からなる。通常測定では、電流の時間的なゆらぎを高速フーリエ変換によって電流スペクトル密度に変換して評価するのが一般的である。

スピントロニクス

電子がもつ電荷だけでなくスピンを積極的に利用することで新機能を持ったデバイス開発を目的とした研究分野。