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生命現象の根本に化学がある

高分子化学研究で世界的な業績

理学研究科・教授・原田明

原田明特別教授は「高分子化学に関する研究」で多くの世界的業績を残してきた。研究テーマは、高分子の分子認識による超分子構造の構築や、生体高分子の機能化、新規高分子の合成。大阪大学の教授だった父・篤也さんの「阪大は世界一の大学だ」という勧めで、大阪大学理学部に入学。以来、研究の面白さに触れ研究者に。生体内で起きている分子間の反応に興味を抱いたことから高分子や超分子の研究に取り組み始め、合成化合物を使用して、簡単な高分子にも生体で見られるような厳密な分子認識が起きることを世界で初めて見いだした。分子認識というミクロの世界を「センサー」や「接着」といったマクロの世界(リアルワールド)で活用することにも成功し、注目を集めている。

生命現象の根本に化学がある

生体で見られる厳密な分子認識を世界で初めて見いだす

「高分子」は、膨大な数の分子が固く結合し鎖状に連なっている分子。プラスチックや合成繊維などの合成高分子だけでなく、私たち生物の細胞内のタンパク質やDNAも天然高分子からできている。また「超分子」は、複数の分子を弱い力で相互作用させた分子集合体で、単体の分子を超えた構造や性質、機能を持つ。

原田教授が研究に取り組み始めたのは「生体内で起きている分子間の反応に強い興味を覚えたから」。子供の頃から動植物の機能に興味があった。微生物学者で発酵の研究をしていた父の研究室(阪大産業科学研究所)を夏休みに訪れ、顕微鏡でプランクトンなどを観察していたという。「その頃から生命現象の根本に化学があると感じていたのだと思う。実際、分子が相手を見分けるということが生きていることの本質。生体高分子は自分に合う分子を精密に見分けて集まり、一つの構造体を作っていく。高分子・超分子の研究に取り組むようになり、合成の世界でも同様のことができないだろうかと考えた」。そして高分子を他の分子がどのように見分けるのかを見極めるため、分子認識による超分子構造の構築について追究。合成高分子にも、生体で見られるような厳密な分子認識が起きることを世界で初めて見いだした。

超分子ポリマーの合成に成功し高機能材料の開発に貢献

キーとなった実験材料は、数個のグルコースがドーナツ状に結合した、シクロデキストリン(CD)という化合物。内部の空孔に多くの有機化合物を取り込む能力を持つ 。 原田教授は「CDの空洞に 、 分子量の大きい長いポリマーを取り込ませることはできないか」と考えた。初めは思うような結果が出なかったが、ついに人工合成された鎖状のポリマーがCDを数珠つなぎに貫く「超分子ポリマー」(ポリロタキサン)の合成に成功。これは分子と分子が違いを見分けたうえで引き合う程度の弱い力で集まった人工の超分子。論文は1992年、英科学誌「ネイチャー」に掲載された。この超分子ポリマーは産業界でも活用され、傷の付きにくいコーティング剤として携帯電話の塗装剤などとして用いられている。この研究は内閣府のImPACTプロジェクトの主要な研究として採択されている。

化学反応により接着剤なしでモノとモノを接着する手法を開発

またイノベーティブな研究として注目を集めているのが「モノクローナル抗体(一つの遺伝子に由来する抗体)」を化学物質として用いた研究。抗体を用いて人工光合成や酵素のような反応を実現したり、危険物のセンサーを開発した。「CDは3種類なのに対して、モノクローナル抗体は5億種類と無限で、厳密に相手を認識し強く結合する。新たな機能分子として使えないかと考えた」。

最新のトピックは、「化学反応により材料同士を直接的に接合する新たな手法」の開発。鈴木・宮浦クロスカップリング反応(炭素−炭素結合を形成する重要な反応の一つ)を利用し、世界で初めて共有結合形成による材料の接着に成功した。一体化しているため有機溶媒に浸しても剝離しないという。「分子と分子が反応するなら、モノとモノも分子の一部が反応し接合するのではないかという発想だった」。この研究成果を掲載したWebニュースは、8,900を超える大きな反響を見せ、世間の注目を集めている。

流されず本質を突き詰めること フィロソフィーを世に示すことが大学の役割

原田教授の研究成果の数々は世界的に注目されているが、「分子認識のマクロ的発現に関する研究は世界で初めての研究分野。分子認識をマクロな世界(リアルワールド)で表現したのが一番の成果かなと思っている。最近、自分で実験をして発見した。いかにして高分子が他の分子により認識されるかがわかれば、合成高分子により、生物のような働きをするものを作成できる。また生物ができないことも可能になるはず」。この論文(Nature Chemistry)はPost-Publication Review誌で、ぜひとも読むべき論文のトップ2%に選ばれた。

理学研究においてフィロソフィーを重視している。後輩の研究者や学生には「流されず、本質は何かを突き詰めること。これをリードするのが大学の役目。より高い視点から自分にできる貢献を考える姿勢が大事。そのためには、専門外のことも知っておく必要がある」とアドバイスしている。

●原田 明(はらだ あきら)

1972年大阪大学理学部高分子学科卒業。77年同理学研究科博士課程修了。IBM研究所(San Jose)客員研究員、コロラド州立大学客員研究員などを経て、82年に大阪大学産業科学研究所助手。88年大阪大学理学部助手。90年スクリプス医学研究所客員研究員。94年大阪大学理学研究科助教授。98年に同教授に就任。日本IBM科学賞(93年)、高分子学会賞(99年)。日本化学会賞(2012年)を受賞。2013年7月から大阪大学特別教授。


(本記事の内容は、2014年12月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)