準結晶の美しさに魅せられ、物理の未知へ
異分野融合で、隠れた秩序の謎に挑む
理学研究科(兼)量子情報・量子生命研究センター(QIQB) 竹森那由多 准教授
いろいろな形が規則性をもちながら、繰り返すことなく並ぶ——そんな原子状態の「準結晶」が、通常の結晶では見られない驚きの物理現象を生む。竹森那由多准教授は、準結晶で起きる独特な超伝導の仕組みや未知の物性を理論的に解き明かしてきた。さらに、多数の粒子が複雑に絡む現象を効率的にシミュレーションする量子コンピュータアルゴリズムも開発。物性物理と量子計算の異分野融合により、物理学の可能性を広げている。そして現在、ハイパーユニフォーミティという「見えない秩序」を手がかりに、固体の多様な構造を統一的に捉える秩序の解明にも挑む。不思議が満ちた物質の世界の最先端で「誰もやったことがない」研究領域を切り拓き続けている。

教科書を書き換えた「第三の固体」との出会い
物理学の世界では長く固体は、原子が周期性を持って規則的に整列した「結晶」と、原子がランダムな状態の「アモルファス(非結晶)」の2種類しかないとされていた。ところが1982年イスラエルの物理学者シェヒトマン(2011年にノーベル化学賞受賞)が、偶然アルミニウムとマンガンの合金で新たな構造を発見。周期的ではないが、不思議な幾何学的パターン(ペンローズ・タイルなど)のある構造だ。教科書を書き換えた「第三の固体」で、準結晶と呼ばれることになった。
「何よりその美しさに惹かれました」。子どもの頃、ピアニストになることも本気で考えたという竹森准教授は、独特の正五角形の模様が現れる準結晶のX線回折像を示しながら準結晶との邂逅を振り返る。5回対称性や10回対称性など周期結晶ではありえない特性があり、未知の物性があることにも興味を持ったという。「研究者になるからには、誰もやったことがない研究を」とテーマを探していた時に出会った準結晶。存在しているのに、まだ誰も解き明かしていない世界。竹森准教授は、その魅力に引き込まれ、理論物理学者となった。
竹森准教授の大きな成果は、準結晶で起こりうる特異な超伝導を理論的に予測したことだ。電気抵抗がゼロになる超伝導について、従来の超伝導理論では、周期結晶を前提とした記述が一般的だった。しかし竹森准教授は、大規模な数値計算で、原子が周期的に並んでいない非周期の世界をシミュレーション。電子のペアが周期結晶とは異なる振る舞いをすると予想した。同時期に、実際に名古屋大学のグループが準結晶超伝導の実験に成功。その後の実験で超伝導に変わる瞬間の比熱(超伝導体の温度を1度上げるのに必要な熱量)の変化が準結晶では結晶より小さくなるという竹森准教授のシミュレーションと整合する結果が得られ、「準結晶特有の新たな超伝導」という物理学の新分野が切り拓かれた。

量子計算という異分野との融合
準結晶と超伝導という全く結びつかないと思われていたものを融合させた竹森准教授。「自分の研究に『これは使えそう』という異分野研究を“嗅ぎ分け”て、融合させるのが大好きなんです」と研究を切り拓く原動力を明かす。大阪大学では、量子情報・量子生命研究センター(QIQB)にも所属し、固体物理学シミュレーションと量子計算という新たな異分野融合にチャレンジしている。もともと大学院生時代には強相関電子系(電子同士の強い相互作用で多彩な物理現象を示す系)について、古典コンピュータを使って動的平均場理論(DMFT)という高度な計算理論でシミュレーションする研究をしていた。そんな背景から、準結晶の複雑な構造上での電子の性質を計算するには「量子コンピュータだ」と考えたのだ。足を踏み入れて2年ほどで物性計算に量子計算を新しい計算手法として取り入れ、準結晶を含む系への応用を進めている。「本格的な誤り耐性量子コンピュータはまだ実現していませんが、今の段階でも部分的には使えます。大阪大学の量子コンピュータ実機や専門研究者が身近にいる環境で、互いに研究を高めることができます」と、異分野融合と阪大の量子研究環境の醍醐味を感じている。
ハイパーユニフォーミティで秩序の統一へ
今、魅せられているのは、ハイパーユニフォーミティと呼ばれる構造の研究だ。ハイパーユニフォーミティとは、大きく見ると密度にムラのない超均質な構造だ。その中には、周期性がなく一見ランダムな「きれいなアモルファス」と呼べる構造もあり、結晶や準結晶も包含する「見えない秩序」だ。「鳥の網膜の光受容体や植物の葉脈の分布、砂漠の植生分布など自然界にはあちこちに存在しています」。一見ランダムに見える非周期な構造でも、ハイパーユニフォーミティを持つように適切に設計することで、光の伝播を制御でき、この特徴を利用すれば、新しい光学フィルターや高性能センサーなどへの応用につながる。また電気や磁気などに特徴的な性質を持つ新材料を見つけたり、設計したりすることも期待できる。「周期結晶、準結晶、きれいなアモルファス、ランダムなアモルファスと分断されている固体物理を、ハイパーユニフォーミティという新たな秩序で一般化できるのではないか」という構想のプロジェクトが進行中だ。1060を意味する「那由多」の名前どおりのスケールの大きな研究で、カオスな世界を統一する美しい秩序を見いだし続ける。
竹森准教授にとって研究とは?
一見複雑なシステムからそれを司るエッセンスを引き抜き、それによって因果関係をクリアに理解すること。言うならば、エントロピーを下げることです。
◆プロフィール
2016年東京工業大学(現東京科学大学)大学院理工学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。同年理化学研究所基礎科学特別研究員。17年岡山大学異分野基礎科学研究所特任助教。21年大阪大学量子情報・量子生命研究センター特任准教授。23年同准教授。24年より現職。22年第16回日本物理学会若手奨励賞。23年米沢富美子記念賞。名前の「那由多」はサンスクリット語に由来する「極めて大きな数量」の意味で漢字文化圏の命数法では「1060」を表す。
■参考URL
大学院理学研究科
量子情報・量子生命研究センター(QIQB)
大学院理学研究科附属フォアフロント研究センター(FRC)
(本記事は、2026年10月7日発行の大阪大学NewsLetter 95号に掲載されたものです。)
(2026年6月取材)
