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免疫細胞の複雑な個体差を捉える

シングルセル解析技術で 抗体制御のメカニズム解明に切り込む

感染症総合教育研究拠点 James Badger Wing 教授

新型コロナ感染症で重症化する患者とそうでない患者がいるのはなぜか、多くの人が疑問を抱いた。感染症総合教育研究 拠点(CiDER)において「ヒト生体防御学チーム」を率いるジェームズ・ウイング教授は、新型コロナなど重症感染症に おいて免疫不全が起こる仕組みを解明し注目された。「なぜ人によって感染症やワクチンに対する免疫応答がこれほど多 様なのか?」という複雑な個体差の問題に、最先端のシングルセル解析や質量サイトメトリーという技術を駆使し挑んで いる。坂口志文特別栄誉教授の制御性T細胞の発見に触発されて来日して以来、濾胞性制御性T細胞と抗体制御のメカニ ズムを研究し、感染症、ワクチン、自己免疫に対する応答をより深く理解し、その制御を目指す。

免疫細胞の複雑な個体差を捉える

常在菌で発病する人としない人その違いへの疑問から免疫学研究に

 ウイング教授が生まれた英国南部の港町ポーツマス近郊は、中世ヨーロッパを席巻した黒死病(ペスト)で大きな被害を受けた地域の1 つだ。中学生のころにその歴史を学んだことで感染症や細菌に興味を持ったウイング教授は、大学で髄膜炎や淋病を起こすナイセリア属の細菌を学んだ。「常在菌なのに病気になる人とならない人がいるのが面白かったのです」。細菌の側だけでなく人間の側の免疫システムの違いにも原因があることを知り、関心は微生物学から免疫学、ワクチン応答の研究に移っていった。

 英国シェフィールド大学で博士号を取得しポスドク研究を終えた後、2010年にJSPS(日本学術振興会)フェローシップを得て来日。「ポスドク時代にワクチン関連のT細胞に研究の焦点を移しましたが、その過程で、B細胞がどのように制御されるのかに興味を持つようになったのです。坂口先生が発見した制御性T細胞(Treg)がB細胞を制御していることは明らかでしたが、その詳細なメカニズムは不明でした」。そこで坂口先生に連絡を取り、日本でTreg研究を進めたいと考えた、と振り返る。免疫学フロンティア研究センター(IFReC)で坂口研究室に所属し、初期の研究では坂口特別栄誉教授の先駆的な研究を発展させ、B細胞の機能に関する重要な知見をもたらした。

 その後の10年間の研究で、ウイング教授はTreg、特に濾胞性制御性T細胞(Tfr)が抗体産生をどのように制御し、自己免疫を防ぐのかを解明していった。TfrがB細胞濾胞に移動し、胚中心応答を調節する重要な役割を果たすことを明らかにしたのだ。この基盤研究は、新型コロナ感染症のパンデミック時に緊急の課題に取り組むための礎ともなった。

シングルセル解析技術による研究の展開

 ウイング教授のチームは、免疫細胞を詳細に解析できるシングルセル解析技術を用いて研究を大きく前進させてきた。血液細胞は1 つずつ分離しているが、ほとんどの細胞は組織としてつながっていて従来は分離することが困難だった。そのため複数の細胞をまとめて平均的なデータしか取得できなかったが、シングルセル解析技術は個々の細胞を分離し細胞ごとの独立したデータを取得し分析できる。「シングルセル解析によって単一細胞ごとのmRNAの発現量などを測定でき、遺伝子配列の細胞間の違いも分かるようになったことは素晴らしい進歩です」と話す。ウイング教授らは、質量サイトメトリーという一度に多数の細胞パラメーターを測定できるプロテオーム解析(タンパク質解析)技術も使って、Tregによる様々な免疫細胞の制御や免疫細胞間の相互作用を総合的に分析できる単一細胞抑制プロファイリング( scSPOT)という手法を開発。これによってTregが特定の免疫細胞を標的にしていることを解明するなど多くの成果を上げている。

コロナ感染症パンデミックを契機に

 ウイング教授のCiDERでの研究室設立は、新型コロナ感染症のパンデミックと時期が重なったが、この危機が感染症におけるTregと抗体制御の役割に焦点を絞る契機ともなった。昨年秋には、新型コロナを含む重症感染症患者において、Tfrの初期前駆細胞(細胞の〝赤ちゃん〟状態)が著しく減少していることを発見した。「我々の研究では、ウイルス感染時にTfr細胞、特にその初期前駆細胞が血液から失われることが分かりました。この喪失は自己抗体の有害な増加と一致しており、自己抗体は体の組織を攻撃します」。チームでは、有害な自己抗体産生がTfr細胞の減少によって引き起こされ、ウイルスによる損傷に大きく影響していると考えている。「この破壊的なプロセス全体は、感染時に生じる強い炎症によって駆動されているようです」。この発見は重症ウイルス感染症のバイオマーカー( 指標)になり得るものであり、リスクの高い患者を早期に特定でき、より効果的な治療戦略が期待できる大きな成果だ。
 ウイング教授は現在もTfr関連の研究で坂口特別栄誉教授と協力している。「私はTfrの研究で坂口先生と緊密に連携しながら、Tregが多様な免疫細胞にどのように影響するかを理解するための新しい方法を開発しています」。ヒト免疫学は疾患に直接関連するが、異なる細胞が互いにどのように作用するかを判断するのは難しい場合があるという。「scSPOTでは、Tregの機能を明らかにし、その抑制力を比較し、抗CTLA-4抗体や抗PD-1抗体といった臨床で使用される免疫調節薬を試験できるより良いin vitro(試験管内)モデルを構築できました」。治療が免疫制御をどのように再構築するかを明確にする助けになる、と手応えを話す。

オルガノイドを使って免疫システムの全体像の解明を

 ウイング教授の今後の大きな研究目標は、オルガノイド(ミニ臓器)を使って人間の免疫システムを体外で再現するモデルを作ることだ。「マウスでできることは限界に近づいています。種が違うので細胞動態がかなり異なるからです。相互作用で免疫細胞は変異し、T細胞も変異するなど人間の免疫システムは変異します。オルガノイドを使ってその全体像を捉えたいです」。免疫細胞ひとつひとつの分析が、壮大な真理探究につながっていく。

ウイング教授にとって研究とは?

未知への探求。人の体は、まだ空白だらけの地図のようなものです。新たな細胞とその働きを解明することで、免疫系を理解し、感染症に対抗する新しい道が開けます。

◆プロフィール
英国ポーツマス近郊生まれ。シェフィールド大学で博士号取得後、2010年大阪大学免疫学フロンティア研究センター。12年特任助教、17年特任准教授、24年から現職。21年「シングルセル解析を用いた制御性T細胞の免疫動態の研究」で大阪大学賞受賞。

■参考URL

感染症総合教育研究拠点

https://www.cider.osaka-u.ac.jp/


(本記事は、2026年2月発行の大阪大学NewsLetter 94号に掲載されたものです。)

(2025年12月取材)