3Dプリンターを用い、人の体に限りなく近い人工骨の作製に挑戦。
生体材料工学/大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻 准教授 松垣 あいら

人を生かし、機能させる。「生命」を司る化学反応に、興味を抱いた学生時代。
現在はバイオマテリアルを手がける私ですが、実は生物学や材料工学ではなく化学分野の出身。一度研究の世界を離れて就職するなど、少し変わった経歴を歩んできています。私が研究職に憧れを抱いたのは、高校生の時。当時から「生きている」ということの源流に興味があり、「人の体の中で起こっている化学反応を突き詰めれば、この謎を解明できるかもしれない」と思って、化学領域に進学しました。入学後は生化学や分子生物学に興味の裾野が広がり、分子やDNAを構造体として捉えた研究に奮闘。細胞や遺伝子がどのようにはたらいているのかを、分子レベルで分析していました。
しかし基礎を突き詰める研究に明け暮れていたこともあって、博士前期課程を終えるころには「もっと研究と社会をつなぐような仕事をしたい」と思うように。公的研究機関の広報関連部署に就職し、研究成果を世の中に向けて発信したり、サイエンスカフェを運営したりと、これまでとは全く違う視点で仕事に取り組んでいました。その後また大阪大学に舞い戻り、現在所属する工学研究科の中野研究室でバイオマテリアルの研究を始めるわけですが、そのきっかけとなったのが「自分でも、なにか発見をしたい」という想い。他の研究者の方の成果を広く発信するうちに、研究者魂に再び火がついたのを感じました。あえて一度研究畑の外に出たことで「やっぱり研究が好き」と気づくことができ、現在につながっているのだと思います。
金属3Dプリンターで作製した溝構造の上で伸展する骨芽細胞(緑色)
形だけ埋めるのではなく、骨として機能する構造物を。
現在所属している中野研究室は、元々は航空機に使われる金属などを研究する材料工学を専門としています。飛行機と生物の骨とでは大きく乖離があるように思えますが、突き詰めて考えれば骨も体をつくる材料のひとつ。しかも人工骨などによく用いられ、生物の体に馴染みやすいチタンは、航空機に多く使われる素材です。中野研が持つ材料への知識と、私が研究してきた生物の分子機能に関する知見。それらを組み合わせることで、新たな人工骨の可能性を探ることが、私のミッションとなっています。
超高齢社会となった日本では、人工骨へのニーズが年々高まっています。しかし現在の医療技術では、骨が欠損した場所を「埋める」という治療しか行えません。無機質に見えても、骨は体の一部。力がかかっていることを骨の中にあるセンサーが感知して、破骨細胞や骨芽細胞が反応するなど、生命のサイクルの一部を担う「機能」を持っています。現行の人工骨でも失った骨の代わりに体を支えることはできるのですが、硬すぎて周囲の骨が痩せ細ってしまったり、神経や細胞と連携できないため体に馴染みにくかったり、といったデメリットも。そういった問題を解決するために、体の中にある骨と同じような構造と強度を持ち、体全体のサイクルの中できちんと機能する人工骨を作ることをめざしています。
人の体に限りなく近い人工骨の開発に向けて、現在我々が取り組んでいるのがチタン製の骨置換材料です。材料に特殊な加工を加えると、正しい向き、密度で骨の細胞が並び、本物の骨に近い強度、機能を持った構造体が出来上がります。この土台の調整はナノ~マイクロメートル単位で行う必要があるのですが、それを可能にしているのが金属3Dプリンターの技術。3Dプリンターを用いることで、これまで人が手間と時間をかけなければ行えなかった高度な材料作りを自動化できるとともに、より緻密な調整も可能になりました。バイオマテリアルに3Dプリンターを使う、という発想はおそらく生物学の視点からは出てこないアイディア。材料工学を主戦場としてきた研究室だからこそ、生まれた技術だと感じています。
偶然が生む接点を、イノベーションのきっかけに。
化学から分子生物学、広報などの経験も経て、材料工学、バイオマテリアルの世界へ。私の場合、こういった紆余曲折があったから、計画通りに歩んできた道ではないからこそ、自分の中にさまざまな分野の知識と経験が貯まり、つながりあって現在の研究に至っているのではないかと思います。実はこの「予定調和的ではないつながり」が、イノベーションを起こすためにはとても大切なのではないか、と思う部分があるのです。
私の子どもがまだ小さい頃、大阪大学キャンパス内の保育園に通わせていました。送り迎えやイベント時には当然、大阪大学の研究者や職員の方々が集まります。話してみると、普段出会う機会のなかった他分野の専門家がたくさんいらっしゃいました。研究者同士はもちろん、産業界の方々との集まりなどに際して、私たちはどうしても専門領域に近しい枠組みで固まってしまいがちです。一方保育園では「子どもが同じ保育園に通っている」という、研究領域に関係ない共通項により、さまざまな分野の方との意外な出会いが生まれていました。このような、ある意味“ごった煮”とも言える出会いの場、つながりを創出する機会が、思いもよらない共創や融合につながるのではないか、と考えています。
また材料工学とバイオが融合した中野研究室での日々も、視野を広げ続ける大切な要素のひとつ。金属の強度を調べる学生の隣で、タンパク質の構造解析に取り組む学生がいる。毎日異分野と触れ合える環境は、研究者にとって最大の栄養源です。一言では専門領域を言い表すことのできないユニークな環境を味方につけ、自分自身の視野を広げていくと共に、これからの社会をつくっていく学生にも、分野を超えた研究活動の楽しさ、大切さを伝えていきたいと考えています。
- 2050未来考究 -
機能する人工骨で、歳をとっても歩き続けられるように。
超高齢社会を迎えた日本ですが、高齢ながらも元気に過ごされている方はたくさんいらっしゃいます。年齢を感じさせない元気の源。それはやはり自分の足で歩き、活動的に生活を送ることにあるのではないでしょうか。年齢や疾患に伴って骨に不具合が生じても、同様の強度と機能を持った人工骨で欠損を補える。人の体でこれを実現できれば、寝たきりになる人や、寝たきりになったことが原因で体の調子やQOLが悪化してしまう人を、大きく減らすことができるはず。元気に、自分らしく人生を全うできる社会をめざして、人工骨の社会実装に向けた研究開発に、全力で取り組んでいきたいと考えています。
先生にとって研究とは?
教科書に載っている、当たり前とされている知識。これって、本当に正しいんだろうか。そんな疑問が、私の研究に対する原動力。その知識が発見された背景は?根幹にあるメカニズムは?そんな知識のオリジンに迫ることが、私にとっての研究です。
●松垣 あいら(まつがき あいら)
大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻 准教授
2006年大阪大学理学部化学科卒業。08年同大学院理学研究科生物科学専攻にて博士前期課程を修了したのち、公的研究機関の広報関連部署に就職。その後、大阪大学に戻り、13年大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻にて博士後期課程を修了、同年に同専攻特任助教、20年助教を経て、21年から現職。
(2024年7月取材)