環境・遺伝の二軸で人の営みを紐解く。日本唯一の「ふたごの図書館」。
臨床免疫学・臨床検査学/ふたご 大学院医学系研究科 保健学専攻/附属ツインリサーチセンター 教授・センター長 渡邉幹夫

貴重な「ふたごデータ」を、永続的に守るプラットフォーム。
私がセンター長を務めるツインリサーチセンターは、まさに人同士のつながり、信頼関係の蓄積によって生まれたプラットフォームです。私は甲状腺専門医であり、本業は臨床免疫学・臨床検査学領域の教育研究活動で、もともとは「ふたご」の専門家ではありません。センターの始まりは、私が大学院を修了した時代にまで遡ります。当時大阪大学の看護学専攻に、ふたごの人たちを集めて、老化や行動の研究をされている先生がいらっしゃいました。しかし先生の退職時期が見えてきて、「貴重なふたごの方々とのつながりを、誰かが引き継がなければ」という課題がもちあがってきたのです。そこで、手を挙げたのが当時の私の上司。我々の研究室が中心となってふたごの方々とのつながりを引き継ぎ、研究に生かしていこう、ということになりました。
とはいえ、いち研究室が引き継ぐだけでは、つながりを永続的に保っていくことは不可能。代表となる先生が退任されて研究室が解散すれば、そこで終わりになってしまいます。そこで生まれたのが、ツインリサーチセンターという構想です。研究室という枠組みを超えた新たなプラットフォームをつくることで、長年蓄積してきたふたごの方々に対するデータを継続的に守り続けていくこと。そんな大きな目的を持って、当時の教授陣が中心となり、日本初で唯一の組織となる「ふたごの図書館」、ツインリサーチセンターは誕生しました。センター長は私で4代目。現在もふたごの方々とのつながりを広げながら、運営を続けています。
“遺伝子が同じ”という特異性が、医学以外の分野でもさまざまな研究に役立つ。
センターに登録されているふたごは現時点で1000組以上、そのうち約580組については、遺伝子の情報はもちろん、臨床検査値や生活習慣などを詳細にデータベース化し、情報を提供しています。しかしそもそもなぜ、「ふたごのデータ」は有用で、守っていくべきものなのでしょうか。
ふたごの方、中でも一卵性双生児の方々は遺伝子が全く同じです。しかし遺伝子が同じであっても、好みが違っていたり、片方だけが病気になったり、ということが起こります。生物として最初に与えられた設計図は「同じ」なのに、なぜ「違い」が生まれるのか。それを比較検討することで、疾病の原因などが生まれ持った「遺伝要因」にあるのか、生活習慣などの「環境要因」にあるのか、を明らかにできることがふたご研究の強みです。他人同士はもちろん、親子や兄弟でも異なる「遺伝子」が同一であるからこそ、比較検討が可能になり、多くの謎の解明に役立つ。それがふたごのデータを蓄積していくべき理由なのです。
ツインリサーチセンターが医学系研究科附属の組織であること、遺伝・環境要因を解明することが疾病の原因発見につながりやすいことなどから、ふたごのデータは医学領域の研究によく用いられています。しかし本来、これらのデータはもっと幅広い分野の研究に用いることができる情報です。ふたごのデータから遺伝・環境要因を読み解いた、おもしろい事例をあげてみましょう。まずは「ジェットコースターが好きかどうか」。スリルに対する反応は一見、後天的な人生経験によって変化しそうに思えますが、実は少なからず遺伝要因に左右されることが分かっています。また喫煙に関する興味深い結果も。タバコを「吸うか/吸わないか」は、その人が育った家庭や職種などの環境要因に左右されます。一方で、タバコを吸う人が「どのくらいの頻度・本数で吸うか」は、実は遺伝要因によって決定づけられる部分も多いのです。こういった事例を知ると、ふたごのデータを心理学や経済学、社会学などの観点から読み解ける予感がしてくるはず。ツインリサーチセンターのデータは、人の営みの研究に、広く活用できるポテンシャルを有していると、私たちは考えています。
データの源となるのは、人同士の信頼関係。
ここまでふたごをあえて研究対象、研究テーマとして語ってきましたが、ツインリサーチセンターが豊かなデータベースを築けているのは、ふたごの方々の善意のご協力があるからこそ。血液をいただいたり、生活習慣に関するヒアリングをしたり、どちらかがお亡くなりになった際には理由を教えていただいたり……。大切な情報を提供いただくためには、何よりもまずふたごの方々と信頼関係を築いていくことが大切です。だからこそセンターでは、情報をいただいて終わりではなく、その結果として分かったことをふたごの方々にもお伝えしたり、電話やお手紙を通じて連絡をとったり、コロナ前は「ふたごフェスティバル」という交流イベントを企画したり、地道な人間関係づくりを続けています。ふたごの方々がいてくれるからこそ、人の営みを紐解ける。そんな意識を忘れないよう、心掛けています。
昨年、ふたごの方々とセンターとのつながりの深さを感じる、うれしい出来事がありました。当時我々はセンターの運営に関わるクラウドファンディングを実施しており、ふたごの方々に「クラウドファンディングを行っていることを、ぜひ周囲の方々にお伝えください」というお知らせを配信。寄附は積極的にはお願いしていなかったのですが、蓋を開けてみると登録されているふたごの方々から、高額なご寄附も含めてたくさんのご支援が届いていたのです。阪大としてツインリサーチセンターという組織をつくったこと、センターの維持にあたって人同士のつながりを大切にしてきたことは間違っていなかった、と再確認し、深く感動した瞬間でした。
前述したように、センターの情報は医学分野などまだまだ特定の領域での活用に留まっています。情報を提供してくださっているふたごの方々の期待に応えるためにも、データに秘められた可能性を周知し、研究のつながりを広げていくこと。その成果として、ツインリサーチセンターから社会を驚かせるような研究を、次々生み出していくこと。センターの重要性が多くの方に伝わり、私が引退した後もふたごの図書館が永続的に運営されていくこと。そういった目標を掲げながら、今後も、センターを起点としたつながりをあたため、広げていきたいと考えています。
ふたごの血液やDNAサンプルは超低温フリーザーで保管されている
- 2050未来考究 -
血液一滴で、病気のリスクや才能が花開く分野が判明する。
ふたごのデータ研究が進むと、人がいつ・どんな病気になるのか、どんな仕事・趣味を選択すれば才能を生かせるのかなど、ある種の「人生の未来予想図」を描けるようになると思います。赤ちゃんの血を一滴とるだけで、避けるべき行動や環境、優先すべき人生の送り方が見えてくる。そんなことが可能になるかもしれません。もちろん人生には予測できないからこそ楽しいこと、素晴らしいことがたくさんあります。遺伝で全てが決まるというわけではありません。人間らしい不確定さも大切にはしつつ、その人が不幸になってしまうような悪い未来は予め防ぐ。そんな技術が確立されると、社会はより豊かになるのではないでしょうか。
先生にとって研究とは?
「社会に役立つ無駄」をすることかなと思います。人が興味を持たない研究、社会実装が難しそうな研究であっても、研究者の中には50年、100年後の社会には役立つビジョンが見えていること。それが、私にとっての研究の定義です。
●渡邉幹夫(わたなべ みきお)
大学院医学系研究科 保健学専攻/附属ツインリサーチセンター 教授・センター長
1993年大阪大学医学部医学科卒業。97年同大学院にて博士課程を修了し、医学系研究科保健学専攻にて助手、助教、准教授を経て、19年に教授着任。自身の専門である予防診断学、甲状腺疾患の研究を進める傍ら、ツインリサーチセンターのセンター長を兼任。
(2024年7月取材)