近くて遠い20世紀をたどる旅
世の中の見方を拡張するドキュメンタリー映画
人文学研究科 准教授 東志保
空間芸術である建築、絵画、彫刻、時間芸術である音楽、舞踏、文学・詩。 この6つの芸術に対して、20世紀に遅咲きで花開いた映画は空間・時間を総合する「第七芸術」と呼ばれる。 その新しい芸術を学問として研究する現代映画理論が生まれたのは、1960年代のフランスだった。東志保准教授は、そのフランスで生まれた映画理論を参照しながら、ドキュメンタリー映画の新たな魅力を引き出す。 日本ではあまり研究されてこなかったクリス・マルケル*(1921~2012年)というフランスの映画作家をはじめ、複数の作家の関係性について「移動」という独自の観点から調査、比較検討するなどし、ドキュメンタリー映画史に新たな視座をもたらしている。
現実のざらついた雰囲気に惹かれ
映画にのめり込んでいったのは高校生の頃。ミニシアターに通い、ヌーヴェルヴァーグ系の映画などにはまった。大学時代は社会学を専攻する傍ら、映画作りもダブルスクールで学ぶなど映画愛は深まるばかり。フランス留学中に映画学と出会い、映画を学ぶのも楽しいなと思った。大学院に進み研究するようになると、「人工的、虚構的な映画より、現実のざらついた雰囲気のドキュメンタリー映画」に惹かれていった。
社会性と芸術性が両立する多面的な魅力に溢れていたマルケル作品を研究し始めたのは、留学先のパリ第三大学で。博士論文でマルケルの作品に登場する世界の都市のイメージを掘り下げた。例えば代表作の1つ『サン・ソレイユ』は、東京の風景とアフリカの映像などを連想によってコラージュ的につないでいき、哲学的で詩的なナレーションを重ねて、新たな都市のイメージを生み出してゆく。そんな作品群を初期から後期にかけて追いかけることで、映画の新たな知覚体験がどのように更新され続けてきたのかを明らかにした。
現実の創造的処理
東准教授は、場面の繋がりや、映像表現に着目しながら、その作品の中で何に重きが置かれているかを考察する。それらの表現は、フィクションではなく、日常を切り取るドキュメンタリー映画だからこそ際立つことがある。「ドキュメンタリー映画」の概念を生んだ英国の映画制作者で批評家のジョン・グリアソン(1898~1972年)は、ドキュメンタリーを「現実の創造的処理」と言った。この言葉の意味を、東准教授はこう説明する。「人間が普段見ている風景と、カメラを通して切り取った風景は異なります。たとえば、スローモーションやクローズアップは生身の人間の目では知覚できないもの。人は、映像を通してそれまで経験したことのなかった知覚の拡張を手に入れました」。
現実を映しながらも、創造的手法が加えられる。カメラを通すことで、世界観が変容したのだ。「日常がすごく不思議なものに見えたり、よく知っているものが未知のものに見えたりする。そんな風に普段の風景をちょっと違ったように見せてくれる」。それこそが、ドキュメンタリー映画の魅力であり、役目なのだという。
撮影者と被写体が対等に
記録映画の中で「移動」というモチーフに着目したのは、2013年に山形国際ドキュメンタリー映画祭がマルケル特集を上映し、そのカタログ編纂を任されたことがきっかけだった。その作業の中で、彼の先駆者的存在のヨリス・イヴェンス(1898~1989年)や同時代のアニエス・ヴァルダ(1928~2019年)ら、他の映画作家との関係性にも関心が広がったという。三者とも世界各地を無国籍的に旅してドキュメンタリー映画を撮影したが、その移動には記憶という「時間の移動」も含まれた。「記憶によって1つの空間から別の空間へつながっていくという手法が共通」していたという。
映画が生まれた初期にもカメラマンが世界各地を旅し見知らぬ土地の風景を記録したが、それらは「見世物」として上映された。そこには異国趣味や帝国主義的な価値観が反映されていたが、イヴェンスら3人は、そのような傾向に抗い、「撮影者と被写体の対等な関係性を重んじ、ドキュメンタリー映画に新風を吹き込もうとした」のだという。
それは手持ちカメラや同時録音に特徴づけられる「シネマ・ヴェリテ(映画・真実)」や「ダイレクト・シネマ」と言われる1960年代以降の流れにもつながっている。こうして東准教授は、独自の視座によって、ドキュメンタリー映画史の新たな系譜を探り、潮流の再発見をしてみせた。
歴史を相対化する視点
20世紀は、近いようでまだ知られていないことも多い時代。読み解く手がかりは、多く残された当時の映像だ。ドキュメンタリー映画は、第二次世界大戦前後にはプロパガンダの手段ともなった一方で、マルケルらの作品は正反対に世界の多義性や複雑性を映し出そうとする。東准教授は「学生たちにはそうした作品を見ることで歴史を相対化する視点や批評精神を養って欲しい」と訴える。
映画を早送りで見る人が増え、映画のストーリーを短時間に要約する「ファスト映画(あらすじ動画)」があふれるスピードの時代に、ドキュメンタリー映画にはあえて1つの対象やありふれた日常を長時間投影し続ける「スローシネマ」と言えるような動きもある。「効率性とは真逆で、撮影対象とも濃密な関係を作ります。私はそこにもドキュメンタリー映画の1つの存在価値があると感じます」。
ドキュメンタリー映画はその昔、世界の新しい見え方を提示して人々に衝撃を与えた。いま、それらが指し示すのは氾濫する映像の海を正しく泳ぐ方法だ。
「過去の映像を振り返ると、自分の中に比較する基準ができ、映像リテラシーを養えます。一方的、真偽不明の映像があふれる現代だからこそ、そのリテラシーがきっと役に立つはずです」。
東准教授にとって研究とは?
新しい世界への扉。 研究対象を掘り下げると、別の事柄との繋がりがみえてきます。終わりのない拡がりが奥深いですね。
◆プロフィール
2006年国際基督教大学比較文化研究科博士前期課程修了。14年パリ第三大学芸術メディア研究科博士課程修了。映画視聴覚研究博士(Docteur en Cinéma et Audiovisuel)。国際基督教大学平和研究所助手などを経て、17年大阪大学文学研究科助教。21年同准教授。22年より現職。専攻は映像研究、比較文化論。
*クリス・マルケル=小説家/ジャーナリスト/カメラマンなど多彩な顔を持つ映画作家。サルトルに哲学を学び、第二次世界大戦中はナチスへの抵抗運動に参加して収容所も経験。戦後はユネスコの職員としても世界を飛び回った。東准教授は「映像とナレーションの言葉の関係が1回見ただけではよく分からず、何回も見てその映像の意味を読み解く面白さがある作家」だと評する。
■参考URL
(本記事は、2024年2月発行の大阪大学NewsLetter90号に掲載されたものです。)
(2023年11月取材)