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「そっと掴む」をロボットに。

少数派センサーの実用化で世界が変わる

基礎工学研究科 助教 小山佳祐

 研究の成果を世に問い、新たな課題を探り、社会に好循環をもたらす。大学発スタートアップは新たな価値を生む存在として大きな期待を背負う。大阪大学発のものは2023年3月末現在199社に上り、分野も幅広い。大学院基礎工学研究科の小山佳祐助教が研究の支柱として参画する「Thinker(シンカー)」もその一つ。ロボット技術の進化に欠かせない高性能センサーを開発し、会社設立からわずか1年で製品化にこぎつけた。急展開の裏には、10年以上の地道な研究の積み重ねがある。

「そっと掴む」をロボットに。

限界を超え隙間でも検知

不揃いに並ぶソーセージ。ロボットアーム先端のグリッパーがその中の1本を掴もうと、まるで知能があるかのように近付いていく。グリッパーにカメラはなく、センサーだけが付いていて、物体との距離や傾きを連続的に検知。グリッパーの先端でソーセージの表面に触れながら、わずかな隙間に「指先」を差し入れ、柔らかい食材をつぶすことなく最適な力加減で持ち上げた。細かな位置情報の設定はなく、もちろん、人間が操作しているわけでもない。AIを組み合わせたセンサーによる自動制御のなせる業で、ロボットに適した「感覚」を備わせたのだ。

このセンサーこそ「近接覚センサー」と呼ばれる小山助教の研究の結晶。狙いをこう話す。

「ロボットにとっては、数学の問題に置き換えられる大人レベルの高度な推論より、子どもでもできる単純な感覚運動の方が難しいと言われています。例えば、チェスは指せるけれど、紙風船をつぶさず掴むことは難しい。それに、ロボットは金属の塊なので、ぶつかると衝撃を受けてしまい、『触りながら制御する』ことが苦手。だからなるべく触らずに位置を調整する方がロボットに向いているんじゃないか、と考えました。近接覚センサー開発の出発点です」。現在の精度まで10年を要した。「連続的に対象物との距離や角度を測るセンサーを開発し、ロボットの指につけることで、対象物を正確に掴む複雑な動きが可能になりました」。

他にも、特徴的な能力がある。ごく至近距離の物体を検知できることだ。「よくある3次元視覚センサーやレーザ変位センサーだと物体との距離が10㌢以上、近くても1、2㌢離れていないと検知できないという限界があります。ところが、ロボットの指先を制御するには、もっと近い距離で測る必要がある。近接覚センサーは1㌢よりも短い距離で検知できます」。

また、鏡面や半透明な素材など通常の光センサーでは計測困難な対象物でも、正確に検知できる。こちらも6~7年かけたAI学習の試行錯誤のたまものだ。

近接覚センサー TK-01

近接覚センサー TK-01

実社会で活きるロボットを。Thinker設立へ。

小山助教が研究担当として役員を務める「Thinker」は2022年8月に設立。23年7月末には、第1弾の近接覚センサーの販売を開始した。価格は約20万円。早速、精密機器メーカーや食品業界などから、引き合いがあった。小山助教が続ける。

「半導体工場には、シリコーンウエハーという薄い板を搬送するロボットがあり、これをどう動かすかは人間がプログラムしています。うまく制御できないと、ロボットがウエハーを割ってしまうこともある。最適なプログラミングは、職人技になってしまっている。そこで、近接覚センサーを使って距離や傾き、角度を微調整することで、『優しく持ち上げて優しく置く』という自動制御に取り組んでいます」。

ベンチャー設立の必要性を意識したのは、東京大学の教員時代だった。「研究室の環境で成果を出しても実社会の応用までは距離がある。例えば、従来のロボットで困難なことを実現するのは学術的に意義がある。ただ、ブロックを運ぶなどの事例が多くなり、実用性からは遠くなってしまう」。企業との共同研究にも取り組んだが、当時、近接覚センサーは次代を見据えた技術。解決したいテーマが先にある共同研究とはなじまなかった。

大阪大に移った19年秋以降、ベンチャー設立を模索。大阪大にはベンチャー設立前の段階から社会実装を見据えた研究への支援制度がある。年間4000万円の研究費が支援されるものに採択され技術開発など準備を進めた。22年には、大阪大学ベンチャーキャピタル(以下、OUVC)のマッチング支援で、現在の中核メンバーと出会った。アカデミア出身は小山助教だけで、ベンチャー経験者ら4人が集う。同年9月、OUVCから1億円の投資を受けて始動した。

人とロボットの共働実現へ

近接覚センサー活用の幅を広げるために、着々と研究を進める。柔らかい樹脂製の筒にセンサーを仕込み、ベルトで体に装着する。呼吸に伴い、センサーが動きを検知して発光する。「緊張を強いられる場面などで、呼吸の具合を可視化することができます。健康面などで人間をアシストするロボットの開発につながる」と小山助教。23年9月には関連の論文を発表。「Thinkerの事業としても意外と早くアウトプットできそう」と手応えを感じる。

最後に研究者が起業するメリットを聞いた。

「正直なところ大変です(笑)。忙しくなりましたし、利益相反にならないよう配慮も必要。でも実社会で活きるロボットのためには、生きた課題を得る場所としてスタートアップは有用です。効率よく安全に作業できる人とロボットの『共働』実現に取り組みたい」。

ロボットの「考える指」が社会の景色を変えるかもしれない。

◆プロフィール
和歌山工業高専時代、高専ロボコンに出場し2年連続で準優勝。電気通信大学時代から近接覚センサーの研究に取り組む。2017年、同大大学院情報理工学研究科博士課程修了、博士(工学)。東京大学大学院情報理工学系研究科特任助教などを経て19年10月から現職。

■参考URL

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(本記事は、2023年9月発行の大阪大学NewsLetter89号に掲載されたものです。

(2023年7月取材)