究みのStoryZ

現実世界を乗り越える、“身体で考える”ロボットたち。

工学研究科 助教 増田容一

現実世界を乗り越える、“身体で考える”ロボットたち。

カラダが動きを探し出す。動物の「身体知能」に着目。

 人に代わって食事の配膳をこなしたり、危険地帯を探索したり。近年あらゆる分野で、ロボットが私たちの活動を助ける場面が増えています。みなさんはこのロボットたちが、どのような考えの下で造られているかをご存知でしょうか?大抵の場合、ロボットを造る動機となるのは、「歩かせたい」「荷物を運ばせたい」といった、私たち人間が「実現させたい動き」の存在です。ロボット工学では基本的に、この実現させたい動きを終着地点として、システム・構造設計が行われています。

 これらロボットの動きは、高度なコンピュータ=「頭に宿る知能」が身の回りの出来事を計算することで実現しています。一方、私たち人間や犬・猫などの動物は、動くときにいちいち「地面までの距離がこれくらいだからこうやって足を出そう」と考えたりしません。これができるのは、筋肉や骨、神経などの各種器官が無意識のうちに反射・連動することで勝手に適応してくれる「身体に宿る知能」を私たちが有しているからこそ。つまり多くのロボットと人を含む動物とでは、動きを司る知能の所在が異なっているのです。

 ロボットを造る起点を、「頭」から「身体」に置き換える。この発想こそが、私の研究の発端です。現在はこのアイデアを元に、骨や筋肉、神経からなる動物の身体構造を精巧に再現することで、動物と同じように「身体で考えて動くロボット」を開発することに取り組んでいます。

動物の構造を模写すると ロボットは「しなやかに」動き出す。

 動物の骨や筋肉、神経を精巧に模写したロボットを生み出すことが、私の目標。ただ実際の動物の身体の中身は、「どこまでが軟骨なのか」「どこからが靭帯なのか」など細部を判断することが難しく、簡単には模写できません。そのため私の研究室では生物学の領域に踏み込んで、動物の“リアル”を知ることを大切にしています。

 2020年に、研究室で馬の解剖に立ち合ったときのことです。骨や筋肉の位置だけでなく、それらが連動する動きまで観察するべく、私たちは解体された馬の後脚を持って動かしてみました。すると驚くべきことに、股関節を軽く振るだけで他の4つの関節も連動して弧を描き、走るような動作をしたのです。「後脚の構造を忠実に模写すれば、この動きを再現できるかもしれない」。そう思った私たちは、筋肉代わりのバネや腱として機能するワイヤ、骨組みなどを使って後脚ロボットを制作。すると出来上がったロボットは、股関節を振る動作に呼応して後脚全体が動き、左右の脚を交互に出して、本物の馬と同じように歩き始めたのです。複雑なコンピュータを搭載していないロボットが、「身体知能」によって効率的に歩くという大きな結果を得られた瞬間でした。

 この経験を踏まえて、現在は反射の連鎖が生む動きの連動性を解明し制御することで、「身体知能」の新たな可能性を模索しています。

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身体を再現することの先に、「人間/動物とは何か」を探究していく。

 ロボット工学の発展のみならず、「人とは何か」「動物とは何か」といった根源的な問いの解明につなげていきたい。それは研究にかける私の想いでもあります。

 ロボット工学の領域におけるメリットとしては、ロボットの「アドリブ力」の向上です。「頭の知能」で動くロボットはイレギュラーな状況に出合うと、対処ができず動けなくなることが多々あります。これでは何が起こるかわからない現実世界で、自由に動き回ることができません。一方「身体知能」を持ったロボットは、イレギュラーな出来事にも「身体知能」で柔軟に対応。バランスをとったり起き上がったりということを、簡単にこなす可能性を秘めています。動物のような「身体知能」をベースにしたエコな制御や学習ができれば、ロボットの活用方法は多様に広がっていくはずです。現在は人間が整えた環境下で活躍しているロボットたちが、臨機応変な行動が求められる街中や、障害物だらけの自然界で活躍する日がやってくるかもしれません。

 身体の中身や動きの仕組みを解明することは、動物にとってもプラスになります。短期的な視点で望めるのが、医療への貢献です。身体の構造を正確に把握できれば、失ってしまった手足を精巧に再現することができます。そこに反射・連動の仕組みも備わっていれば、以前と同じように動かせる義手・義足が誕生するかもしれません。「人間や動物そっくりに動く」という技術を発展させる。この観点が「人間/動物とは何か」という大きな問いに、ある種の答えを提示できるかもしれない、と私が考える所以です。馬の後脚ロボットを造った際、ひとつ驚くことがありました。頭も胴体もないロボットなのに、それが動く様子を見た人が、みんな「馬だ」と特定したのです。このことから、「身体知能」がもたらす動きが「人間らしさ」「動物らしさ」の多くを担っているのではないか、と考えるようになりました。非常に長期的な目線ではありますが、研究者としてそういった大いなる問いに挑戦していく意識をもって、未来に目を向けています。

 そういった未来に至るための一歩として、私が現在掲げているのは「鬼ごっこ」を行いながら進化するロボットたちの開発。獲物を追う・狩人から逃げるという動物の根源的な能力を再現するなかで、「身体知能」の可能性をさらに広げていきたいと考えています。



- 2050 未来考究 -

「ロボットが点在する暮らし」の初期段階に突入している。

現在も既に、製造現場ではロボットが活躍していますし、最近ではロボットがサービスを行う飲食店も話題になりました。2050年にはこういった「限定的な環境にいるロボット」だけでなく、「現実世界に点在するロボット」が当たり前になっているかもしれません。とはいえこの段階における彼らはきっと、人間を凌駕する存在というより、「新人のバイト」のような立ち位置。新人が仕事を覚えるのと同じように、ロボットにも現場に出て失敗しながら学ぶフェーズが必要です。2050年は親切だけどちょっぴりドジなロボットが街中に散らばって、人間がそれをあたたかく見守っているのではないでしょうか。


増田助教にとって研究とは

人類で自分しか知らないことを見つけられるもの。未来のカタチを知るための一つの方法だと思います。

○増田 容一(ますだ よういち)
大阪大学大学院工学研究科附属フューチャーイノベーションセンター 助教(機械工学専攻兼任)
大阪大学大学院工学研究科機械工学専攻博士課程修了後、2019年4月同研究科機械工学専攻助教。2021年4月より現職。

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▼大阪大学 「OU RESEARCH GAZETTE」創刊号
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(2022年12月取材)