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診察室の外にいながら病気を発見 検査技術で高度医療を支える

医学系研究科 教授 三善英知

「チーム医療」という言葉を目にする機会が増えている。先進的な治療や患者の生活の質を維持するためには、医師以外にも多種多様なスキルを身につけた専門スタッフの存在が欠かせない。臨床検査技師の国家資格にも求められる「検査技術科学」の知見は、診察室の外にいながら、患者の体の異変を予知したり、がんなどの病を誰よりも早く発見するために、重要な役割を担っている。大阪大学大学院医学系研究科の保健学専攻長、三善英知教授に最先端の検査技術について話を聞いた。

診察室の外にいながら病気を発見 検査技術で高度医療を支える

病気と深く関わる「糖鎖」

 検査技術科学の基本について、大阪大学公式サイトでは「人体の情報を正確に読み取り、これを分析して病気の発生を予知したり、病気の診断をしたり、治療法の効果判定、将来の状況の予測に役立てること」だと説明している。三善教授は大阪大学医学部の大学院に在籍していた頃から、特に「糖鎖」の研究に深くかかわってきた。糖鎖とは、文字通り糖が鎖状に連なってできた物質で、体内ではたんぱく質などと結合する。細胞の種類によって結びつく糖鎖が違うため、病気が発生したことを検知するマーカーとして活用するなど、医学の分野で幅広く研究が進められている。

 身近な例では、「ABO式」の血液型は赤血球表面の糖鎖によって判別される。血液型糖鎖は赤血球以外の細胞にも存在するため、糖鎖と結合して体内に入り込む細菌やウイルスの「侵入しやすさ」、つまり病気の「かかりやすさ」「かかりにくさ」が、血液型の影響を受けることを意味する。 ある本によれば、B型の人はコレラに感染しにくい(もしくは重症化しにくい)とされている。過去にコレラが流行したインドの一部地域では、コレラに対して抵抗力のあるB 型の人が多く生き残ったことにより、現在、B型の人の割合が極端に高いという話が書かれている。世界的流行が続く新型コロナウイルス「COVID-19」も、血液型によって感染しやすさ/ 重症化しやすさが違うとする論文が複数発表されている。

 がんの検知に使われる「腫瘍マーカー」も、半数以上が糖鎖に関係している。実用性が高い糖鎖研究もあるが未解明の謎は山積しており、文部科学省の「ロードマップ2020」にも、糖鎖研究を国家戦略として今後推進すべき重要課題の一つとして掲げられている。

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標的は膵臓がん

 三善教授は1961 年生まれ。49 歳の頃、親友が膵臓がんにかかり、帰らぬ人となった。膵臓がんは初期の自覚症状がなく、原因となる基礎疾患も解明されていないため発見が難しく、患者の5年生存率が他のがんに比べて極端に低い。

 こうした経験から近年、糖鎖を使って膵臓がんを診断する腫瘍マーカーについての研究を、他の学部と力を合わせて進めている。膵臓がんに対しては以前から「CA19-9」という糖鎖がマーカーとなっていたが、肝硬変など別の病気でもCA19-9 が増えるため、膵臓がんを発見する決定打にはなっていない。

 三善教授らはグライコプロテオミクスという糖鎖解析の手法を用いて、新たに「フコシル化ハプトグロビン」という糖鎖マーカーを発見し、企業の協力も得ながら検査キットを作り出した。このマーカーは大腸がんの肝転移予測にも有効であることがわかっており、広範な応用が期待される。

 さらに、消化器外科の土岐祐一郎教授・理学研究科の深瀬浩一教授らとの共同で、患者本人の免疫力を生かした膵臓がんの「糖鎖ワクチン療法」の開発までたどりついた。膵臓がんのワクチンとなる腫瘍抗原にブタの糖鎖を組み込む方法だ。通常の方法で腫瘍抗原を免疫しても異物として認識されにくく、抗体がなかなか生じないという問題があった。ところがヒトとは異なる糖鎖をつけて体内にいれると、自然抗体が反応して強い拒絶反応が起き、免疫機能が著しく活性化する。

 マウスを使った実験では、抗体の量が大幅に増えて膵臓がんの増殖が抑えられ、マウスの生存期間が約2倍まで伸びた。ヒトでも同様の効果が期待できるとし、実用化の道を探っている。

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患者の「生活の質」を高める

 三善教授がマーカーの開発にこだわってきたのは、単に病気を治すためだけではない。膵臓がんの生存率が低い理由の一つが、発見された段階で他の臓器への転移が進んでいるケースが多いことだ。完治の見込みがないのに不要な手術をすれば、患者の体力を奪って新たな苦しみを与え、死期を早めることさえある。マーカーを活用して病状を正確に把握し、化学療法や免疫療法など適切な処置を選択すれば、生活の質(Quality of Life)を維持しながら余命を延ばすことも可能になるはずだ。

 高齢化が急速に進む中、誰かが「生死と向き合う医学を誰かが真剣に考えなければならない」と三善教授は言う。新型コロナウイルスが広がり、社会活動が停止状態となる中、哲学書や文学書を読みあさった。そして「医療者はどうしても命を最優先に考えてしまうが、(死を目前にした人のケアを行う)ホスピスでは哲学的な考え方が重要になってくるかもしれない」と三善教授は考える。

 膵臓がんの研究以外にも、三善教授は悪性の脂肪肝を非侵襲的に糖鎖マーカーで診断する(通常は肝臓の組織をとって病理学的に調べる)方法の開発にも成功している。人に対してより優しい医療のあり方を考える時、痛みを伴わずに患者の体の状態をつぶさに観察できる検査技術の進化は、必要不可欠な要素になる。

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三善教授にとって研究とは?

一般的な意味では、医学研究は自己満足でなく、人のためにあるべきもの。保健学科においては、研究を通して人を育てることに主眼を置いている。受験勉強では「既知のものを理解する力」のみが求められるが、大学で研究に打ち込むことで新しいアイデアを生み出し、形にしていくための力を得ることができる。

●三善英知(みよしえいじ)

1986 年大阪大学医学部医学科卒業、消化器内科を中心として臨床研修後、1990 年から糖鎖に関する生化学的な基礎研究を始める。1994 年同医学系研究科修了、医学博士。2000 年に助教、2002 年に准教授(保健学科)、ブラウン大学に短期留学後、2007 年6 月より現職。2015-16 年と2020-21 年に大阪大学医学部保健学科長。

※本件は「大阪大学GUIDE BOOK 2022」に掲載された記事を転載したものです。

(2021年3月取材)