日常生活にヒューマノイドロボットを。
言葉と動きを結びつける計算論が、その扉を開く
数理・データ科学教育研究センター・特任教授(常勤)・高野渉
「動き」と「言語」を結びつける計算論を開発し、ヒューマノイドロボット(人工知能)研究に取り組む数理・データ科学教育研究センターの高野渉特任教授。人の言語をロボットが理解し、動作に変換する。あるいは、人の動きをロボットが観察して記憶し、言語化する。これまでのロボット研究とは一線を画した言語と動きを連動させる取り組みから、より人間に近い自然な動きを再現することを目指す。そこから、さまざまな応用研究が生まれている。
人の動きを言葉にできるロボットを
高野特任教授は、運動を統計モデルを用いて記号化する研究を進めてきた。ロボットを日常生活に取り入れるには、ロボットに「言語」を学習させる必要があるが、運動と言語を結びつける計算論は未解決だった。高野特任教授は、自然言語処理に使われる方法論と運動を記号化する統計モデルが同じであることに着目し、この問題を解決する新たな計算論を開発した。 次に必要になるのは、人の動きのデータ。よく使われるモーションキャプチャーによる実験では、実験室という限られた空間での動きとなり、取得できる情報に限界がある。
「実際の日常生活のあらゆる動きを記憶させたいと思い、今までに約10人を100日程度計測して、さまざまな動作を記憶として蓄積させました」。関節に当たる部分に加速度センサーを搭載したウェアを人が着用して、日常の生活を送る。その動きを観測させるという方法を採用した。 こうして得られた運動パターンを記号化し、その記号を言葉と結びつけていった。これまでに40万種類の文章を記憶させたという。ロボットは多くの単語を覚えるとともに、人の動きを見て関係がありそうな単語を連想し、それを並び替えて文を作っていく。逆に、文章から動きを作ることもできる。例えば脚本を人工知能に読ませ、自動でアニメを制作することも可能。実際、アニメーターと共同で開発したこともある。
哲学の影響
言語に焦点を当てるようになったきっかけは、ある哲学との出会いだった。
研究者を志す前は自動車メーカーに勤務し、車と人工知能をつなぐ研究をしていた。「もう少し最先端の理論を理解した上で技術をつくりたいなと考え、大学院の博士課程に入り、そのまま研究者になってしまいました」。
それまでは機械工学を専門としていたが、人工知能の研究を進めていく上で、「知能」とは何か?など心理学や哲学の分野にも学びを拡げていった。その過程で、スイスの言語哲学者ソシュールの唱えた「人の振る舞いを決めているのは社会の構造(言語等のルール)だ」という哲学に影響を受け、「ロボットを複雑な人の日常に取り入れるには言語を理解させねばならない」と考えるようになったという。
高齢者の見守りや介護にも応用
研究の応用可能性は多岐にわたる。その一つは「人の現在の動きをロボットが理解し、その行動の記憶を頼りにその先の行動を予測する」。
例えば「朝、起きた」「洗面所に行った」「顔を洗った」などという人の行動を、ロボットが記号の列として覚える。するとロボットは「朝起きたから、次はきっと洗面所に行くだろう」と推定する。「そこで人が別の行動をすると、ロボットは『いつもの動きと違う』と認識します」。この技術は高齢者の見守り、介護分野などへの応用が期待される。
さらに、「ロボットが人の動きを認識し、その状況で何をすべきか考える」という技術もある。「最近は、人の動きを識別できる人工知能を、スポーツ競技の自動採点システムに組み入れることに興味を持っています」。これまでの結果を基に身体環境との接触力、身体内部の筋張力の力学を考慮した統計モデルを作り、人の動きを理解する研究にも取り組んでいる。この研究は運転パターンの解析にも応用可能という。
高野特任教授にとって研究とは
ワクワクできるものに向かって、自分の好きな方法で、自由に発想を膨らませながら進めるもの。さらに高齢者ロボットに期待を寄せていることも分かってきた。今後は人の役に立てる研究をめざいたいと思います。
●高野渉(たかの わたる)
1999年京都大学工学部物理工学科卒業、2001年同大学大学院工学研究科修士課程修了、06年東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了、06年同研究科特任助教、07年助教、09年講師、15年准教授を経て17年より現職。10年科学技術振興機構さきがけ研究員を兼任。日本人工知能学会論文賞、ロボット学会研究奨励賞などを受賞。
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(2018年2月取材)