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異分野から発想した結晶技術で、次世代イノベーションに貢献

高品質で実用的な結晶作成に成功

工学研究科・教授・森勇介

森勇介教授は、レーザーに使う無機物から新薬開発に必要なタンパク質まで、多様な分野におよぶ結晶化の研究を進めている。これまでに、半導体の加工・検査などに役立つ紫外レーザー光を発生させる波長変換結晶の開発や、その結晶化技術を転用した高品質なタンパク質の結晶化に成功。現在は、新たな半導体材料として優れた素質を持つガリウムナイトライドの結晶化と、その実用化に取り組んでいる。

異分野から発想した結晶技術で、次世代イノベーションに貢献

紫外線を出す波長変換結晶「 CLB O」に世界が注目

「結晶」との出会いは、半導体の研究室に所属していた大学院生時代。「半導体の材料(主役はシリコン)には、原子がきれいに並んでいる完全な結晶が求められます。私たちは、半導体としての素晴らしい素質を持ちながら、結晶の品質が悪く、素質を引き出せていない材料(テーマはダイヤモンド)の才能を開花させるための研究開発に取り組んでいました。結局、半導体材料としての素質を引き出すには、不純物を含まず、結晶の品質が良いこと、つまり原子の並び方が厳密に規則的であることが重要なのです」

その後、レーザー関連の結晶を専門とする佐々木孝友教授(現光科学センター・特任教授)の研究室で、助手として、今後産業界で必要とされる短波長レーザー光が得られる波長変換結晶の開発に取り組んだ。「緑から青、紫へと、波長が短くなるほどレーザー光は加工性・集光性に優れ、特に紫外レーザー光は半導体やプリント基板の超微細加工、半導体マスク・ウエハの超精密検査などの分野で必要とされていました。しかし、高出力の紫外光発生には、レーザー発振器の高性能化と共に、紫外光発生に適した特性を有する波長変換結晶が必須なのですが、当時はそのような結晶が存在しませんでした」

新結晶探索プロセスは、論理的な方法がなく、実験してみないと分からない。「すべては仏様のみぞ知る」と笑う森教授は教科書を塗り替えるような発見をした。「就職を控えた学部4年の学生が何でもしますと言ってくれたので、軽い気持ちで新結晶探索を卒業研究テーマにしました。とりあえず、研究室にあったLBO(LiB 3 O 5 /リ チウムトリボレート )と CBO (CsB 3 O 5 /セシウムトリボレート)を混ぜ合わせてみたところ、全く新しい構造の結晶『CLBO(CsLiB 6 O 10 )』ができました。特性を測定すると、既存の波長変換結晶よりも優れたホウ酸系非線形光学結晶であることがわかりました」

このCLBOは紫外光を発生する素質は世界一だったが、世に出て活躍する(実用化する)ためには、光損傷耐性の強い結晶が必要。ひたすら完全結晶に近づける研究を続行した。「お風呂でお湯をかき混ぜていた時、流れが結晶成長に大事なのではないかと思いつきました」。従来の装置を改造して攪拌してみると、結晶の光損傷耐性が3倍も向上した。この結晶は、今でも国内企業はもちろん、海外からも注文が殺到しているという。

タンパク質の結晶化が新薬開発を支える

森教授は次いで、CLBOで開発した高品質結晶育成の技術を転用し、結晶核(種になる結晶)の発生や結晶育成が難しいタンパク質の結晶化に挑戦。異分野の研究者と共同で、結晶化のプロセスにレーザーを用いる手法を開発した。

「通常の結晶作成では、溶液を蒸発させ溶けきれなくなった物質を結晶核として発生させます。しかしタンパク質の場合、この方法では結晶核が発生してからの成長が早く、質の悪い結晶に成長してしまいます。結晶育成に理想的な薄い溶液状態で強制的に結晶核ができないものかと考え、大きな力を瞬間的に出せるレーザー照射で刺激を与え、結晶核を誘起することに成功しました」。そしてその結晶核を、タンパク質結晶育成の分野では非常識と考えられていた溶液攪拌によって高品質なタンパク質の結晶へと成長させることができた。

タンパク質の結晶作成は、新薬開発を支えるタンパク質の分子構造解析に必要不可欠な基盤技術。森教授はタンパク質結晶化の業務を受託する大学発ベンチャー(株式会社創晶)を2005年に設立。創晶には企業では結晶化できないタンパク質が持ち込まれるが、7割の成功率で結晶化に成功している。

GaN結晶化で究極の省エネデバイスを

現在の森教授にとって、CLBOやタンパク質の結晶を超える最大の研究テーマが、究極の省エネ半導体と言われている「ガリウムナイトライド(窒化ガリウム:GaN)」の高品質結晶化。「例えば、家電などのインバーター(電流を直流から交流に変換する制御装置)はシリコン製で、5%の電気を常にロスしています。私たちのGaN結晶が実用化できればロスは 0.7 %程度になり、小型化も実現します」。新幹線でも何㌧もある変圧器の搭載が不要となるなど、さまざまな分野で革新的な省エネが実現するという。

「私たちは、ナトリウムとガリウムの混合溶液に窒素を溶け込ませるナトリウム・フラックス法により、世界で最も品質の良いGaN結晶を発生させることができました。半導体で求められる大型結晶も原理的に作れることを実証しており、現在は結晶化の成功効率の向上が課題です」

ナトリウム・フラックス法からGaN 結晶化に取り組んでいる研究者は、世界で森教授のグループのみ。「大きなプレッシャーを感じています。しかしオンリーワンの技術から高品質な結晶を作ることで、次代のイノベーションを創出し社会を変えられます。結晶プロセスの基本的原理はすべて明らかになっていませんが、工学分野にはその原理を解明したいと思う研究者と、研究成果の実用化に喜びを感じる研究者がいます。私は典型的な後者です(笑)。原理が完全にわからなくても、大学で進めている基礎的な研究が、社会で役立つことを実感できることが何よりのモチベーションになっています」

結晶化のポイントは 原子を気持ちよくしてあげること

物質を構成している原子・分子には、ここにいると気持ちが良いという指定席のようなものがある。原子・分子の位置や向きが規則的に並び、流動性のないものが「結晶」。原子・分子に流動性がないのに、その位置や向きが規則的でないものが「アモルファス」。(例えばガラスは、原子が規則的に並んでないのでアモルファス)
「結晶は原子の座席が決まってはいるのですが、その席に居てもらうのが難しいという特徴があり、結晶になるかどうかは原子が気持ちよいかどうか、エネルギーを得するかどうかで決まります。私たち研究者の仕事は、原子が気持ちよく規則的に並んでくれる環境を作ること。結晶の世界では、原子をきれいに並べる方法を見つけることが青色LEDの発明のように社会貢献やノーベル賞にもつながります」


(本記事の内容は、2013年6月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)