硬くて脆いシリコンをフレキシブル化することでテラヘルツ波を制御

硬くて脆いシリコンをフレキシブル化することでテラヘルツ波を制御

MEMS微細加工で「フレキシブル・テラヘルツシリコンフォトニクス」を創成

2026-10-27●工学系
基礎工学研究科招へい教授冨士田 誠之

研究成果のポイント

  • 半導体材料である単結晶シリコン基板に微細なばね構造を形成し、硬くて脆いシリコン基板をフレキシブルかつストレッチャブルな構造へ変換
  • シリコン微細構造を機械的に変形させることで、テラヘルツ波に対するシリコンの光学応答を制御できることを実証
  • 機械的に変形するシリコンとテラヘルツ光学機能を同一のシリコン構造に統合する「フレキシブル・テラヘルツシリコンフォトニクス」の基盤技術を創成

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フレキシブル・ストレッチャブル単結晶シリコン基板

概要

地方独立行政法人大阪産業技術研究所(本部:大阪府和泉市、理事長 湯元 昇、略称:ORIST オリスト)は、大阪府・市が設置した技術支援機関です。

このたび、当研究所 電子・機械システム研究部の山根 秀勝 主任研究員、山田 義春 主幹研究員、近藤 裕佑 主任研究員、宮島 健 主任研究員、村上 修一 研究室長の研究グループは、東北大学 電気通信研究所の冨士田 誠之 教授(大阪大学 大学院基礎工学研究科 招へい教授を兼任)との共同研究で、MEMS微細加工技術を用いて、硬くて脆い単結晶シリコン基板そのものを曲げたり伸ばしたりできる構造へと変換し、その機械変形によってテラヘルツ波に対する光学応答を制御することに成功しました。

半導体材料であるシリコンは、テラヘルツ波の吸収が小さく、半導体微細加工技術によって、導波路やレンズ、偏光素子などを高精度に作製できることから、テラヘルツデバイスの有力な材料として研究されています。一方、通常の単結晶シリコン基板は硬くて脆いため、従来のシリコン製テラヘルツデバイスは、形状が固定された剛直な構造に限られていました。本研究では、厚さ200 マイクロメートルの高抵抗単結晶シリコン基板に、周期的な渦巻きばね状の微細構造を形成し、シリコン自体の構造を設計することでフレキシブルかつストレッチャブルな自立型シリコン基板を実現しました。さらに、この微細構造は、基板を変形させる機械的なばねとして働くだけでなく、テラヘルツ波に対する光学材料としても機能します。このシリコン基板を伸ばすと、シリコンと空気の割合や構造の異方性が変化し、それに伴ってテラヘルツ波に対する実効屈折率、位相、偏光応答およびスペクトル応答が変化します。すなわち、本研究では、同一のシリコン微細構造が「大きく変形できる機械的機能」と「テラヘルツ波を制御する光学的機能」の両方を担っています。これにより、固定形状を前提としてきたシリコンフォトニクスに機械変形という新たな設計自由度を導入し、形状と機能を機械的に調整できる「フレキシブル・テラヘルツシリコンフォトニクス」の基盤を提示しました。

本研究成果は、米国科学誌「Optica」に、2026年10月20日(火)にオンライン掲載されました。

研究の背景

テラヘルツ波は、およそ0.1テラヘルツから10テラヘルツの周波数を有し、電波と光の中間に位置する電磁波です。物質を透過しやすいという電波の性質と、直進性や分光計測に適した光の性質を併せ持つことから、非破壊検査、材料分析、セキュリティ検査、センシング、イメージングなどへの応用が期待されています。一方、テラヘルツ帯では、従来の電波技術と光技術のいずれも適用が難しく、発生・検出・伝送・制御を担うデバイス技術が十分には成熟していません。また、6Gやその先の未来の超高速無線通信においても重要になると考えられています。これらの応用を実現するためには、テラヘルツ波を効率よく発生・検出する技術に加え、低損失に伝送し、位相や偏光などを自在に制御する光学材料が必要です。

高抵抗単結晶シリコンは、テラヘルツ帯における吸収が小さく、屈折率が高い光学材料として知られています。さらに、MEMS・半導体分野で培われた微細加工技術を利用して、フォトニック結晶や有効媒質などの微細構造を高精度に形成できます。これらの特長を生かし、テラヘルツ波を低損失に導く導波路や、位相・偏光・波面を制御する光学素子をシリコン上に形成・集積する「テラヘルツシリコンフォトニクス」の研究が進められています。

一方、単結晶シリコンは硬くて脆い材料です。そのため、従来のシリコン製テラヘルツデバイスは、剛直な構造を前提としており、シリコンに対する応力や衝撃は破壊の原因となります。ここで、フレキシブル電子デバイスの分野では、シリコンを極めて薄い膜に加工し、樹脂などの柔らかい基板に転写する方法が用いられていますが、薄膜化や転写工程が必要になるほか、樹脂材料の熱安定性、寸法安定性、長期信頼性などが、高精度な光学デバイスを作製する上で制約となります。

そこで本研究では、薄いシリコンを別の柔らかい材料に載せ替えるのではなく、MEMS微細加工によってシリコン自体を加工し、単結晶シリコン基板そのものを機械的に変形可能な光学基板へ変換することを目指しました。

研究の内容

本研究では、厚さ200マイクロメートルの高抵抗単結晶シリコン基板に、周期200マイクロメートルの渦巻きばね状構造を形成しました(図1)。構造を構成するシリコンの線幅および空隙の幅は、およそ10マイクロメートルです。フォトリソグラフィによって基板上に微細なパターンを形成した後、深掘り反応性イオンエッチングによってシリコン基板を貫通加工しました。これにより、樹脂や金属を支持材料として用いない、シリコンと空気のみからなる自立型のフレキシブル構造を作製しました。このように、材料そのものの柔らかさではなく、微細な形状によって全体の機械特性を設計した構造は、機械メタマテリアルの一種と位置付けられます。

作製した渦巻きばね構造の周期は、対象とするテラヘルツ波の波長よりも十分に小さく設計されています。このため、テラヘルツ波から見ると、微細な構造ではなく、シリコンと空気が混合した均質な有効媒質として振る舞います。この基板を伸ばすと、ばね構造の隙間が広がり、テラヘルツ波が通過する領域に占める空気の割合が増加します(図2)。 作製したシリコン基板について、伸長していない状態(自然長)、7.3%、12.6%伸長した状態のテラヘルツ透過特性を測定しました。測定には、テラヘルツ時間領域分光法を用いました。

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図1. MEMS微細加工により作製したフレキシブル・ストレッチャブル単結晶シリコン基板。(a)試料全体と平面渦巻きばね構造の模式図。中央のMEMS加工領域には、周期200マイクロメートル、設計上のシリコン線幅および空隙幅がそれぞれ約10マイクロメートルの構造を形成した。青色はシリコン、白色は基板を貫通する空隙を示す。
(b)作製した厚さ200マイクロメートルの高抵抗単結晶シリコン基板の外観(左)と、機械的柔軟性を示すために曲げた様子(右)。なお、テラヘルツ応答の測定は曲げ状態ではなく、一軸伸長状態で行った。

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図2. 伸長に伴う平面渦巻きばね構造の変形。(a)自然長、(b)7.3%伸長時、(c)12.6%伸長時の光学顕微鏡像。伸長は図中のy方向に加えた。黒色部はシリコン基板を貫通する空隙であり、伸長率の増加に伴って空隙が広がる。この変形によって、シリコンと空気の割合および構造の異方性が変化する。

入射するテラヘルツ波の偏光方向を、伸長方向に対して平行な方向と垂直な方向に設定し、シリコン構造の変形に伴う偏光依存性も評価しました。その結果、0.6テラヘルツ以下の領域において、有効媒質としての高い透過特性を維持しながら、伸長量の増加に伴って有効屈折率が単調に低下することを確認しました。12.6%伸長時には、伸長方向に垂直な偏光では、有効屈折率の低下率は周波数にほとんど依存せず、約6%でした。一方、伸長方向に平行な偏光では、低下率により明確な周波数依存性が現れ、最大約8%に達しました。二つの直交する偏光方向で屈折率の変化量が異なることから、シリコン構造の伸長によって複屈折を機械的に調整できることを示しました。

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図3. シリコン基板の伸長による有効屈折率の変化。(a, c)伸長方向に垂直な偏光、(b, d)伸長方向に平行な偏光に対する結果。(a, b)は有効屈折率、(c, d)は自然長を基準とした有効屈折率の変化率を示す。黒線、赤線、青線は、それぞれ伸長前、7.3%伸長時、12.6%伸長時を表し、実線は測定結果、破線は電磁界シミュレーション結果を表す。(c, d)では、負の値が屈折率の低下を示す。伸長に伴って有効屈折率は低下し、その変化量は偏光方向によって異なる。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究の意義は、これまで剛直な材料として利用されてきた単結晶シリコン自体を、機械的に変形できる光学材料へと変換し、その変形をテラヘルツ波の制御に直接利用できることを示した点にあります。これにより、従来は完成後の形状や機能が制限されていたシリコン製テラヘルツデバイスに、「曲げる」「伸ばす」「形を変える」という新たな設計自由度を導入できます。

今後、構造の最適化やMEMSアクチュエータとの一体化を進めることで、曲げ変形可能なテラヘルツ導波路や機械的に調整可能な位相・偏光制御素子、フィルタ、ビーム走査素子、焦点可変レンズなど、様々なデバイスへの展開が期待されます。また、デバイスの形状を設置場所や伝送経路に合わせて変更できるようになれば、従来の平面基板では実装が難しかった曲面や狭い空間へのテラヘルツ回路の配置、新しいパッケージング、三次元的な配線などにもつながります。これらの技術は、6Gやその先の未来の無線通信、非破壊検査、材料センシング、イメージングなどにおいて、使用環境や目的に応じて形状と機能を変更できるテラヘルツシステムの基盤技術となることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「Optica」に掲載済み。

論文タイトル:“Refractive Index Tuning of Terahertz Photonic Materials Based on a Stretchable Silicon Effective Medium”
著者:Hidemasa Yamane, Yoshiharu Yamada, Yusuke Kondo, Ken Miyajima, Masayuki Fujita, and Shuichi Murakami
掲載日:2026年10月20日
DOI:10.1364/OPTICA.596183

本研究の一部は、JSPS科研費(JP24K00933、JP26K01423)および、JST CREST(JPMJCR21C4)の支援を受けました。

用語説明

テラヘルツ波

およそ0.1テラヘルツから10テラヘルツの周波数を有する、電波と光の中間に位置する電磁波。電波のように物質を透過しやすく、光のように直進性や分光計測に適した性質を併せ持ち、非破壊検査、材料分析、センシング、イメージング、次世代無線通信などへの応用が期待されています。0.6テラヘルツは、波長500マイクロメートルに相当します。

MEMS(メムス)

Micro Electro Mechanical Systems(微小電気機械システム)の略で、半導体微細加工技術を用いて、微小な機械構造、センサ、アクチュエータなどを基板上に形成する技術。

シリコンフォトニクス

半導体としてのシリコンを、光を伝搬させる誘電体材料として考え、光の回路や機能素子を実現する技術。

フォトニック結晶

固体結晶と類似の周期的な誘電率分布を有する構造であり、電磁波の波長程度の周期を有する。

有効媒質

波長よりも十分に小さい構造が多数並んでいる場合に、その微細構造全体を一つの均質な材料とみなす概念。

機械メタマテリアル

材料そのものの性質ではなく、内部に形成した微細な形状や配列によって、柔軟性、伸縮性、変形方向などの機械的性質を設計した人工構造体。

テラヘルツ時間領域分光法

短いテラヘルツパルスが試料を透過する前後の時間波形を測定し、その波形を周波数ごとに解析することで、透過率、位相、屈折率などを求める分光法。

複屈折

光や電磁波の偏光方向によって屈折率が異なる性質。直交する二つの偏光成分に異なる位相変化を与えられるため、偏光状態を制御する光学素子などに利用される。

MEMSアクチュエータ

電気信号などを微小な変位や力に変換し、微細構造を動かす駆動機構。