
遺伝子異常に基づくリンパ管奇形の病態を解明
新しい治療戦略の開発に期待
研究成果のポイント
- リンパ管の難病である「リンパ管奇形」について、PIK3CA遺伝子の異常が病気を引き起こすメカニズムの一端を解明。
- 原因遺伝子からRNA、蛋白質、臨床所見、顕微鏡像(病理組織像)までを包括的に解析し、PIK3CA遺伝子異常が特徴的な顕微鏡像と関連していることや、リンパ管奇形ではPIK3CA/AKT/mTOR経路が活性化していることを明らかに。
- 病気の形成・維持に関与する候補分子NFATC1を特定し、新たな治療戦略につながることに期待。
概要
大阪大学大学院歯学研究科の廣瀬勝俊講師、豊澤悟教授、同医学系研究科の堀由美子招へい教員、森井英一教授、三重大学、岐阜大学の共同研究グループは、リンパ管奇形においてPIK3CA遺伝子の異常の有無により顕微鏡像が異なることを見出しました(図1)。これはPIK3CA遺伝子異常が病気の形に関与していることを初めてヒト症例で示すものです。さらに病気の形成維持に関与する候補分子群を特定しました。
「リンパ管奇形」はリンパ管の形や分布の異常を特徴とする病気です。小児の頭頸部(頭や首)に多く発生し、繰り返し起こる感染や出血の原因となり、整容面(外見)にも大きな影響を与えます。さらに、気道閉塞などを引き起こす重症例は、国の「指定難病」に指定されています。これまでの研究で、リンパ管奇形の発症にPIK3CA遺伝子の異常が関わっていることがわかっていました。しかし、その遺伝子異常が、実際のヒトリンパ管奇形の病態とどのように関連しているかは未解決のままでした。
今回研究グループは、遺伝子解析や空間的トランスクリプトーム解析という最新技法を用いて、リンパ管奇形の「原因遺伝子」と「RNA」「蛋白質」「臨床所見」「顕微鏡像」の関連性を明らかにしました。これにより、PIK3CA遺伝子異常が病気の形に影響を与えることが示され、また、病気の形成維持に関与する候補分子群(NFATC1など)を特定しました。本研究成果は、PIK3CAの下流分子を標的とするmTOR阻害薬シロリムスの治療根拠となり、また、そのほかの新たな治療薬開発へとつながることが期待されます。
本研究成果は、米国カナダ病理学会誌「Laboratory Investigation」に、9月23日(水)(日本時間)に先行オンライン公開されました。
図1. リンパ管奇形は、リンパ管の形や分布の異常であり、小児の頭頸部に好発する(左図)。PIK3CA遺伝子異常が検出され、下流のPIK3CA/AKT/mTOR経路の活性化が病気の形成・維持に関与する(右図)。
研究の背景
「リンパ管奇形」はリンパ管の構造異常を特徴とする良性疾患です。およそ4,000~16,000人に1人の割合で発生し、小児の頭頸部に好発します。放置すると、感染や病変内出血、疼痛の原因となり、患者さんのQOL(生活の質)を低下させます。また、巨大病変では気道閉塞などの重篤な合併症を引き起こすこともあり、国の「指定難病」に指定されています。根治的な治療法は外科的切除ですが、筋肉、神経や重要臓器を巻き込むため切除が困難な症例も多いことから、新たな治療法が模索されています。
リンパ管奇形の60~80%の症例においてPIK3CA遺伝子の異常が検出されます。これまでの動物実験や細胞実験の結果、PIK3CA/AKT/mTOR経路の活性化が病気の発生に関与していることが報告されています。これを受け、日本では世界に先駆けて、同経路を標的とした分子標的薬シロリムスが、リンパ管奇形に対する初の治療薬として保険適用されました。しかし、PIK3CA遺伝子異常が、実際のヒトリンパ管奇形の病態とどのように関連しているかはわかっていませんでした。
研究の内容
研究グループは、34例のリンパ管奇形症例を対象に遺伝子異常を調査し、病気の発生メカニズムについて包括的な検討を行った結果、以下の重要な知見を得ました。
① PIK3CA遺伝子異常を有する症例は、検出されない症例と比較して、病気のリンパ管が散在型を呈すること多いことが明らかになりました(図2)。これは遺伝子異常が病気の形に関与していること示すものです。
② 遺伝子異常の有無にかかわらず、PIK3CA/AKT/mTOR経路が活性化していることを明らかとしました。遺伝子検査をしなくても、分子標的薬シロリムスが効く可能性を示すものです。
③ リンパ管奇形の病変形成・維持に関与すると考えられる候補分子群(NFATC1など)を特定しました。
図2. 顕微鏡写真。遺伝子異常を有する症例は、病気のリンパ管(*)が集合する形(集合型)よりも、組織内で散らばった形(散在型)をとることが多い。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、リンパ管奇形の既存治療薬であるmTOR阻害薬の治療根拠となり、治療の適正化につながります。さらに、原因遺伝子からRNA、蛋白質、そして最終的な表現型である臨床所見や顕微鏡像に至る一連の関連性を明らかにすることにより、病気発症の詳細なメカニズムの解明が進み、新たな治療薬の開発や難病に対する治療選択肢の拡大が期待されます。
特記事項
本研究成果は、2026年9月23日(水)(日本時間)に米国カナダ病理学会誌「Laboratory Investigation」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Comprehensive Molecular and Clinicopathological Profiling of Lymphatic Malformations”
著者名:Katsutoshi Hirose, Yumiko Hori, Kazuaki Maruyama, Michio Ozeki, Daisuke Motooka, Takahiro Matsui, Masaharu Kohara, Satoru Toyosawa and Eiichi Morii.
DOI:https://doi.org/10.1016/j.labinv.2026.106168
参考URL
用語説明
- リンパ管奇形
リンパ管の先天的な構造異常で、頭頸部領域に好発する良性疾患である。小児(多くは先天性)に発生し、大小のリンパ嚢胞を主体とした腫瘤性病変を形成する。重症例は、小児慢性特定疾病や指定難病となっている。
- PIK3CA遺伝子
ホスファチジルイノシトール-3キナーゼ(PI3K)の触媒サブユニットp110α蛋白質をコードする遺伝子であり、その遺伝子異常は多くのがんの発生に関与している。
- PIK3CA/AKT/mTOR経路
細胞の生存、代謝、増殖などに関わる重要な細胞内シグナル伝達経路である。このシグナル伝達経路の活性化亢進はがんの形成に関与しており、創薬の治療標的となっている。PIK3CA、AKT、mTORは、この経路を構成する主要な蛋白質であり、それぞれが順番にシグナルを伝達する。
- 分子標的薬
病気の原因となる特定の分子(遺伝子や蛋白質)にだけ作用するように設計された薬で、がんを含む様々な疾患の治療に用いられている。
