\歯からひもとく、骨の病気/低ホスファターゼ症の歯の症状を再現するモデルマウスを開発

\歯からひもとく、骨の病気/低ホスファターゼ症の歯の症状を再現するモデルマウスを開発

遺伝子の違いによって歯の症状が変わるしくみの解明へ

2026-10-6●生命科学・医学系
歯学研究科准教授大川 玲奈

研究成果のポイント

  • 低ホスファターゼ症の患者さんでみられる歯や歯を支える組織の異常を再現する、新しいモデルマウスを作製することで、全身の骨に大きな異常がみられない軽いモデルマウスでも、歯を支える骨が弱くなることや、歯と骨をつなぐ組織が弱くなることを明らかにした。
  • 低ホスファターゼ症の症状の現れ方には個人差があり、作製したモデルマウスの数が限られていること等から、患者さんによって歯の症状が違うのかは、十分にわかっていなかった。
  • 低ホスファターゼ症は、血液中のアルカリホスファターゼの値だけでなく、ALPL遺伝子の違いによっても、症状が異なる可能性が示され、歯の症状の程度に合わせた歯科治療法の開発につながることが期待される。
  • 本研究は、443名の方々から寄せられたクラウドファンディングによる支援を活用して実施した研究であり、患者さんに寄り添った新たな歯科治療法の開発を目指す成果である。

概要

大阪大学大学院歯学研究科 小児歯科学講座の大川玲奈准教授、仲野和彦教授らの研究グループは、低ホスファターゼ症でみられる歯の症状を再現するモデルマウスを新たに作製し、遺伝子の変異によって歯や歯を支える組織の症状が異なることを明らかにしました(図)。

低ホスファターゼ症は、骨や歯をつくるために重要な「アルカリホスファターゼ」という酵素の働きが弱くなる生まれつきの病気です。主な特徴として、骨が弱くなることや、乳歯が通常より早く抜けることが挙げられます。ただ、その症状の現れ方には個人差があり、骨の症状が強い人もいれば、歯の症状だけが目立つ人もいます。このように、なぜ患者さんによって歯の症状が違うのかは、十分にわかっていませんでした。

今回、研究グループは、患者さんで実際にみられるALPL遺伝子の変化を再現したモデルマウスを作製しました。その結果、比較的軽いタイプのモデルマウスでも、歯を支える歯槽骨の密度が低下し、歯の根の表面にあるセメント質や、歯と骨をつなぐ歯根膜に異常が生じることがわかりました。さらに、別のモデルでは、これらに加えてエナメル質や象牙質の石灰化が弱くなり、象牙質が薄くなるなど、より広い範囲の歯の異常が確認されました。

これらの結果から、低ホスファターゼ症の歯科症状は、単に血液中のアルカリホスファターゼの値だけでなく、ALPL遺伝子にどのような違いがあるかによっても、歯の症状が異なる可能性が示されました。将来的には、歯が抜けることを防ぐ治療、歯槽骨を守る治療、さらに矯正歯科治療を安全に行うための方法を研究するための基盤になることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「JBMR Plus」に、8月25日(火)に公開されました。

20261006_2_1.png

図. 本研究の概要

研究の背景

低ホスファターゼ症は、ALPL遺伝子の異常によって、組織非特異型アルカリホスファターゼ(TNAP)という酵素の働きが低下する病気です。TNAPは、骨や歯にカルシウムなどのミネラルを取り込み、硬くするために重要な役割をもっています。このため、TNAPの働きが弱くなると、骨や歯が十分に硬くならないことがあります。低ホスファターゼ症の症状は人によって大きく異なります。重い場合には全身の骨に症状がみられますが、軽い場合には、骨の症状がほとんどなく、乳歯が早く抜けるなど歯の症状だけが目立つことがあります。

これまでにも低ホスファターゼ症のモデルマウスは作られていましたが、重症のモデルでは早く死亡してしまうため、成長したあとの歯を詳しく調べることが難しいという問題がありました。また、日本の低ホスファターゼ症患者さんでよくみられる遺伝子変異を再現したモデルは限られていました。そこで研究グループは、患者さんで実際に確認されている複数のALPL遺伝子変異をもつマウスを作製し、歯や歯を支える組織を詳しく調べました。

研究の内容

研究グループは、患者さんでみられる3種類のALPL遺伝子変異を導入したマウスを作製しました。その中から、主に次の2種類のモデルを詳しく調べました。

一つは、p.R184Wという遺伝子変異をもつマウスです。この変異は、骨の症状が少なく、歯の症状を中心に示す「歯限局型低ホスファターゼ症」でよくみられる変異です。もう一つは、c.1559delTとp.F327Lという2種類の変異をもつマウスです。このマウスでは、歯の症状に加えて軽い骨の変化もみられました。

マイクロCTという装置で骨や歯を詳しく調べたところ、両方のモデルマウスで、歯のまわりにある歯槽骨の密度が低くなっていました。一方、腕や脚にあたる長い骨では、大きな異常がみられない項目も多くありました。つまり、全身の骨の異常が目立たない段階でも、口の中の骨には変化が起きている可能性が示されました。

また、c.1559delTとp.F327Lの変異をもつマウスでは、象牙質が薄くなり、歯の内部にある歯髄の空間が大きくなることがわかりました。さらに、エナメル質と象牙質のミネラル量も低下していました。p.R184Wのマウスでは、エナメル質の大きな異常はみられませんでしたが、象牙質のミネラル量が低下していました。

さらに、歯を実際に引き抜く試験を行ったところ、2種類のモデルマウスはいずれも正常なマウスより小さな力で歯が抜けました。この結果から、歯と骨をつないでいる歯根膜が弱くなっていることが示されました。歯の根の表面を調べると、歯を骨にしっかり固定するために重要なセメント質にも異常がみられました。

以上の結果から、低ホスファターゼ症では、歯槽骨、セメント質、歯根膜、象牙質、エナメル質など、口の中のさまざまな組織が影響を受け、その程度は遺伝子変異によって異なることがわかりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

低ホスファターゼ症では、患者さんによって歯の症状が大きく異なります。そのため、すべての患者さんに同じ歯科治療を行うのではなく、病気の程度や遺伝子変異に応じた治療が必要になる可能性があります。今回作製したモデルマウスを使うことで、乳歯や永久歯が抜けるしくみ、歯槽骨やセメント質が弱くなるしくみなどを、これまで以上に詳しく調べることができます。将来的には、歯が抜けることを防ぐ治療、歯槽骨を守る治療、さらに矯正歯科治療を安全に行うための方法を研究するための基盤になることが期待されます。

また、低ホスファターゼ症では、歯の症状が病気を発見する最初のサインになることもあります。本研究は、歯科医師が病気を早く見つけ、医科と歯科が協力して患者さんを支えるためにも役立つと考えられます。

特記事項

本研究成果は、2026年8月25日(火)に米国科学誌「JBMR Plus」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Creation and characterization of novel knock-in mouse models of hypophosphatasia”
著者名:Rena Okawa, Marin Ochiai, Hiroshi Kurosaka, Tamami Kadota, Misato Takagi, Yuto Suehiro, Hiroko Okawa, Shuhei Naka, Satoshi Yamaguchi, Shin-ichi Horike, Takiko Daikoku, Atsushi Watanabe, Michiyo Matsumoto-Nakano, Satoshi Imazato, Toshimi Michigami, Keiichi Ozono, Takashi Yamashiro, and Kazuhiko Nakano
DOI:https://doi.org/10.1093/jbmrpl/ziag147

なお、本研究は、2020年に実施した大阪大学未来基金クラウドファンディング基金「低ホスファターゼ症の子どもたちへの先進的な歯科治療法の開発を」の一環として行われ、443名の皆様からいただいた総額1,701万円のご支援を活用して進められました。
患者さんやご家族、そして研究を応援してくださった多くの方々の支援が、低ホスファターゼ症の歯科症状を再現する新たなモデルの開発と新たな治療法の研究基盤の構築という具体的な研究成果につながりました。

参考URL

大川玲奈准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/a3a667475cede57e.html

大阪大学クラウドファンディング
「低ホスファターゼ症の子どもたちへの先進的な歯科治療法の開発を」
https://readyfor.jp/projects/hpp
(2020年1月~4月実施 ご寄付 443名、17,010,000円)

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を

用語説明

低ホスファターゼ症

Hypophosphatasia: HPP。骨や歯をつくるために必要なアルカリホスファターゼという酵素の働きが、生まれつき弱くなる病気です。重い場合には骨が弱くなったり骨折したりします。軽い場合には骨の症状がほとんどなく、乳歯が通常より早く抜けることがあります。歯の症状をきっかけに病気が見つかることもあります。

ALPL遺伝子

組織非特異型アルカリホスファターゼ(TNAP)という酵素をつくるための設計図となる遺伝子です。この遺伝子に変化が起こると、TNAPの働きが低下し、低ホスファターゼ症の原因になります。