
\次世代量子技術に繋がる新理論!/ 無数の候補から有望な「光る欠陥」を高速探索
量子コンピュータや量子暗号通信向けの材料開発を加速
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院工学研究科の岩本蒼典さん(博士後期課程)、原征大助教、渡部平司教授、小林拓真准教授らの研究グループは、材料を選ばない、高輝度色中心の高速・高精度予測手法を確立しました。
量子センサーや量子暗号通信などの次世代量子技術の開発において、色中心は「室温動作・集積可能」な極めて有望なシステムです。しかし、数ある材料候補の中から優れた発光特性を持つ色中心を効率的に見つけ出す手法は確立されておらず、実用化への大きなボトルネックとなっていました。
特にこれまでの理論予測では、結晶の格子振動(フォノン)による複雑な光損失の評価に膨大な計算時間を要し、多くの材料を網羅的に探索することが実質的に困難という大きな課題がありました。
今回、研究グループは、フォノンによる複雑な光損失をシンプルな理論式で記述するとともに、効果的な近似を導入することで、従来の計算時間の壁を打ち破る高速な理論予測手法を確立しました。これにより、紫外から可視、さらには通信波長帯まで網羅する広範な色中心の高速探索が可能となり、次世代量子技術の材料開発が劇的に加速すると期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「npj Computational Materials」に、8月25日(火)18時(日本時間)に公開されました。
図. 色中心の発光過程(ΓZPL)と光損失過程(ΓNR)を説明する模式図
研究の背景
結晶中の色中心は、量子ビットや単一光子源として機能し、室温動作かつ集積化が可能な次世代量子技術の基盤として期待されています。現在はダイヤモンドNVセンターが主流ですが、量子通信や量子コンピュータといった多様なアプリケーションへの実装には、用途に応じた最適な発光特性を持つ新たな色中心の開拓が不可欠であり、さまざまな波長域で高効率な発光を示す色中心の開発競争が世界中で激化しています。このような膨大な候補材料から有望な色中心を効率的に見出すには、従来の実験主導の探索には限界があり、第一原理計算などを活用した大規模な理論予測が不可欠です。しかし、従来の理論予測手法では、フォノンに起因する複雑な光損失(発光効率の低下)を正確に評価することが困難であり、これが予測精度の低下や計算時間の著しい増大を招く大きなボトルネックとなっていました。
研究の内容
小林准教授らの研究グループでは、対象となるホスト材料を選ばない、汎用的(はんようてき)な色中心の高速・高精度理論予測手法を確立しました。本手法では、従来のシミュレーションの最大の課題であったフォノンによる光損失効果を、複雑な数値計算を必要としないシンプルな理論式へと落とし込むことに成功しました。さらに、従来は多大な計算コストがかかっていた原子の動きに伴う電子状態変化の計算(摂動計算)に対し、効果的な近似手法を導入することで計算プロセスを劇的に簡略化して、現実的な時間内での高精度な色中心の発光効率予測を可能にしました。
実際に本アプローチを用いて、炭化ケイ素(SiC)中の約300種類に及ぶ候補欠陥のスクリーニングを実施したところ、すでに実験で実証されている色中心が本手法の予測範囲にたしかに含まれることが確認されました。さらに、同研究グループが2023年に新規に提案した「SiC OV中心」が極めて有望な色中心であることもあらためて確かめられました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果の最大の意義は、ホスト材料の制限を取り払ったことで、あらゆる材料を対象とした色中心探索が可能になった点にあります。これにより、従来のダイヤモンドやSiCといった代表的な材料に留まらず、優れた光物性が期待される窒化物半導体や、超ワイドバンドギャップを持つ酸化物材料など、未知の広範な材料系へと色中心の探索領域を飛躍的に拡大させることができ、新たな量子科学のフロンティアを切り開くプラットフォームとなります。
本手法を通じて、優れた量子特性を持つ新たな色中心の発見・開発が飛躍的に加速することで、冷却装置を必要としない「室温動作」かつ大規模な「集積化」が可能な次世代の量子センサー、量子暗号通信、そして量子コンピュータといった高度量子インフラの社会実装へ向けた道が切り開かれるものと期待されます。
特記事項
本研究成果は、2026年8月25日(火)18時(日本時間)に「npj Computational Materials」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Unified first-principles framework for predicting radiative and non-radiative processes in color centers”
著者名: S. Iwamoto, M. Hara, H. Watanabe, and T. Kobayashi
DOI: https://doi.org/10.1038/s41524-026-02267-8
なお、本研究は、JSPS科研費JP25K01263、JP25K24649、JST戦略的創造研究推進事業CREST JPMJCR25I2、および同事業 さきがけ JPMJPR22B5の助成を受けて行われました。
参考URL
大阪大学 大学院工学研究科 物理学系専攻 精密工学コース 先進デバイス工学領域
http://www-ade.prec.eng.osaka-u.ac.jp/
小林拓真 准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/5a9b0b4063dae614.html
原征大 助教 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/0eba4fd5573f5ffa.html
渡部平司 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/5eaba14b0f47fb11.html
SDGsの目標
用語説明
- 量子技術
ミクロな物質が示す「量子的重ね合わせ」や「量子もつれ」といった、量子力学の固有の現象を積極的に制御・応用する次世代の技術。従来の限界をしのぐ計算性能を持つ「量子コンピュータ」、原理的に盗聴不能な通信を実現する「量子暗号通信」、極微小な磁気や温度変化を原子レベルの分解能で捉える「量子センサー」などの革新的な技術を指します。
- 色中心
ダイヤモンドやSiCなどの結晶において、原子の欠損(空孔)や不純物元素の導入によって生じる点欠陥の一種。この欠陥に局在した電子がエネルギー準位を形成することで、特有の光吸収や発光を示します。近年では、結晶中に孤立した色中心が室温でも優れた量子特性を維持できることから、次世代の量子系(量子ビットや単一光子源)として世界的に注目されています。
- 紫外
人間の目に見える光よりも波長が短く、エネルギーが高い光の領域(一般に10 nmから400 nm程度の波長域)のこと。量子技術の分野では、従来の可視光を用いた技術に加え、近年では高いエネルギー効率や太陽光の影響排除の利点を生かした紫外光通信や次世代センサーへの応用研究が急速に進展しています。本研究が確立した予測手法は、新しい可能性を開く紫外域の色中心に対しても一貫して適用可能な高い汎用性を備えています。
- 可視
電磁波のうち、人間の目が光として感知できる領域(一般に400 nmから780 nm程度の波長域)のこと。紫から青、緑、黄、赤へと至る、いわゆる「虹の色」に相当します。現在、世界中で最も研究が進んでいるダイヤモンドを用いた代表的な色中心の多くがこの可視光の領域で機能しており、固体量子ビットや量子センサーなどの実証実験における標準的な光の領域となっています。
- 通信波長帯
光ファイバー網において、伝送損失が極めて小さくなる波長領域(一般に1.3μm帯から1.55μm帯付近の近赤外波長域)のこと。既存の光通信インフラをそのまま流用して、長距離の量子暗号通信や量子インターネットを実現するために不可欠な波長域であり、この領域で高効率に発光する色中心の探索が強く求められています。
- フォノン
結晶格子を構成する原子の集団的な熱振動を、量子力学的に一つの「準粒子」として扱ったもの。色中心が光を放出する際、このフォノンと相互作用(電子-フォノン結合)を起こすことでエネルギーの一部が結晶の振動へと逃げてしまい、光の損失を引き起こします。この損失を正確に評価し、制御することが色中心開発の最大の課題の一つです。
- 量子ビット
従来のデジタルコンピュータが扱う情報の最小単位であるビット(0または1)に対し、量子コンピュータなどの量子情報処理が扱う最小単位のこと。量子力学特有の性質である、0と1の両状態が同時に重なって存在する「量子的重ね合わせ」を利用することで、特定の計算処理を大幅に高速化できると期待されています。色中心の一部は、欠陥に捕らえられた電子のスピンと呼ばれる微小な磁石を制御することで、室温でも安定した量子ビットとして機能します。
- 単一光子源
光の最小単位である光子(フォトン)を、一個ずつコントロールして放出できる特殊な光源のこと。通常のレーザーやLEDの光は、統計的な揺らぎを伴う複数の光子が集まったものですが、量子光源は一度に必ず一個の光子(単一光子)のみを出力します。この単一光子の一粒一粒に情報を乗せて伝送することで、原理的に盗聴不能な量子暗号通信などの技術の実現が期待されます。
- ダイヤモンドNVセンター
ダイヤモンド結晶中の炭素原子1個が窒素原子(N)に置換され、それに隣接する炭素原子の空孔(V:Vacancy)と結びついた色中心のこと。室温でも極めて長いスピンコヒーレンス時間(量子情報を保持できる時間)を持ち、単一の欠陥レベルでスピン状態の光制御や読み出しが可能です。現在、最も研究が進んでいる色中心の代表格であり、例えば細胞内の微小な温度や磁気変化を捉える超高感度な量子センサーとしての社会実装が期待されています。
- SiC OV中心
SiC結晶中の炭素原子1個が酸素(O)原子に置換され、シリコンの空孔(V:Vacancy)と結合した色中心のこと。同研究グループが2023年に理論的に提案しました[T. Kobayashi, et al., J. Appl. Phys. 134, 145701 (2023)]。ダイヤモンドNVセンターと類似したスピン構造を持つだけでなく、発光波長が通信波長帯に近い近赤外領域に位置するため、光ファイバー中の伝送損失低減の観点でも有望視されています。また、SiCは大型ウエハを既存の半導体プロセスで生産・微細加工できるため、デバイス化の面でもダイヤモンドを凌駕する大きな利点があります。


