
「光が得意な問題」を解く新たな 計算モデルを提案
大規模組合せ最適化の効率化に向けた新手法
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院情報科学研究科の山下洋史助教(現在は東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構特任講師(常勤))と鈴木秀幸教授(情報数理学)は、光を用いて組合せ最適化問題を解く空間光イジングマシンに適した新しい計算モデルである spatial QUBO(spQUBO)を提案しました。
空間光イジングマシンは、光の並列的な情報処理能力を利用することで、1万変数規模の大規模な組合せ最適化問題に対しても効率的な計算が可能になると期待されています。しかし、実際にどのような問題に適用すればその性能を最大限に引き出せるのかは明らかではなく、実用化に向けた大きな課題となっていました。
今回の研究では、新しい計算モデルを提案することで、これまで明確でなかった「空間光イジングマシンが得意とする問題」の範囲を理論的に明らかにしました。これにより、大規模な組合せ最適化問題への実用的な応用に向けた道筋を示しました。提案されたspQUBOは空間的畳み込み構造をもった組合せ最適化問題を表現するもので、大規模な実問題を解くにはこの構造の活用が鍵になります。また実問題を空間光イジングマシンに実装可能な問題に変換するアルゴリズムの提案も行いました。これらの成果は、大規模な組合せ最適化問題を高速・高効率に解く光計算技術の実用化に向けた基盤となるもので、社会・産業システムの最適化によるカーボンニュートラルの実現に貢献することも期待されます。
本研究成果は、英国Nature Portfolioの学術雑誌「Communications Physics」に2026年7月29日(現地時間)にオンライン掲載されました。
図1. 空間光イジングマシンが行う計算の模式図。多数の変数の情報をレーザー光の空間パターンで表現し、並列に処理可能。
研究の背景
イジングマシンは、組合せ最適化問題をイジング問題として表現し、その最適解を探索する専用計算機です。イジングマシンは多くの実問題を表現できるため、データ科学、社会・産業システムの設計などで重要な計算基盤として注目されています。一方、変数間に密な相互作用がある問題に対しては、問題の大規模化に伴い相互作用の数が急増し、そのイジングマシン上での表現のために多くの計算資源が必要になります。空間光イジングマシンは、光の空間並列性を利用して多数の変数間の相互作用を扱う光計算技術です。しかし、従来の構成では直接実装できる問題に制約があり、実問題を含む適用範囲の拡張には多重化などの工夫が必要でした。このような工夫は実装効率を低下させるため、光学的な特性を生かしてより直接的な実装を行うための新しい問題表現の枠組みが求められていました。
研究の内容
研究グループは、イジング問題の変数を空間的に配置し、変数間の相互作用を相対的な位置関係で表す数理的枠組みである spatial QUBO(spQUBO)を提案しました。この枠組みにより、空間的構造を持つ組合せ最適化問題を、空間光イジングマシンに適した形で記述できます。また、空間光イジングマシンにより直接的かつ効率的に実装可能なのは、spQUBOの空間的な次元が二次元で周期性を持つ場合であることと、その条件を満たさない場合であっても、空間的畳み込み構造を保ったまま問題を変換することで実装可能であることを理論的に証明しました。
また具体例として、施設配置問題とクラスタリング問題を取り上げ、提案された枠組みが実問題におい
ても利用可能であることを示しました。加えて、空間的畳み込み構造は高速フーリエ変換などによるデジ
タル計算の効率化にもつながります。これらの研究成果は、大規模で密な変数間相互作用を持つさまざま
な実問題の光計算を通じた効率的解決への道筋を示すものです。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
物流の配送拠点の配置や交通信号の制御、電子機器の回路設計など、私たちの暮らしや産業を支える仕組みには、「どこに何を配置するか」「どう組み合わせるか」を最適化する問題が数多くあります。本研究成果により、光計算技術の実用化が進展し、こうした大規模な計算をより高速かつ省エネルギーで実行できるようになることが期待されます。また、システムの最適化によるエネルギー利用効率の向上を通じてカーボンニュートラルの実現に貢献することも期待されます。さらに、組合せ最適化は人工知能(AI)や機械学習においても重要な基盤技術であり、クラスタリングやグラフ構造解析、AIモデルの設計・学習などにも広く利用されています。本研究成果は、将来的にAI分野における大規模データ処理や省電力な情報処理技術の発展にもつながる可能性があります。
特記事項
本研究成果は、2026年7月29日(現地時間)に英国Nature Portfolioの学術雑誌「Communications Physics」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Convolutional Formulation of Large-Scale Quadratic Unconstrained Binary Optimization with Dense Interactions”
著者名:Hiroshi Yamashita and Hideyuki Suzuki
DOI:https://doi.org/10.1038/s42005-026-02747-9
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ALCA-Next(先端的カーボンニュートラル技術開発)「グリーンコンピューティング・DX領域」技術領域における研究課題「空間光イジングマシンの低ランク計算モデルと高効率光学実装」(研究代表者:鈴木秀幸、課題番号:JPMJAN23F2)等の一環として行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- 組合せ最適化問題
多数の選択肢の組合せの中から目的に最も合う組合せを見つける問題です。変数の数が増えると候補となる組合せが急激に増えるため、大規模な問題では高効率な計算手法が求められます。
- イジングマシン
イジング問題は、スピンと呼ばれる±1の二値を取る変数同士の相互作用で表されるエネルギーを最小化する問題であり、多くの組合せ最適化問題をこの形で表現できます。大規模とは変数の数が多いこと、密な相互作用とは変数の相互作用の数が多いことを意味します。またイジング問題は QUBO とも呼ばれます。イジングマシンは、これを高速に解くための専用計算機で、さまざまな方式が提案されています。
- spatial QUBO(spQUBO)
spatial Quadratic Unconstrained Binary Optimization。変数同士の関係が「どのような位置関係にあるか」によって決まる組合せ最適化問題です。施設配置のように空間的な構造を持つ問題を表現しやすく、本研究ではこの特徴を利用して光による高速な計算を実現しました。
- 空間的畳み込み構造
変数間の相互作用が、それぞれの変数の絶対的な位置ではなく、変数同士の相対的な位置関係によって決まる構造です。この構造があると、空間光イジングマシンが実現する空間パターンをそれぞれの周波数成分へと変換する光学的フーリエ変換を通じた効率的な計算が可能になります。

