プロペラ分子を用いて脂質膜の“海”に“島”をつくる

プロペラ分子を用いて脂質膜の“海”に“島”をつくる

トリプチセンの噛み合いを利用した新しい膜制御技術

2026-8-5自然科学系
理学研究科講師岩田 隆幸

研究成果のポイント

  • プロペラ型分子「トリプチセン」をもとに設計・合成した脂質様分子が、脂質膜の中で集まり、「分子の島」ともいえる安定な「脂質ドメイン」を作ることを明らかにした。
  • 脂質は互いに混ざりやすいため、これまで、脂質膜の中で特定の分子だけを集め、安定な脂質ドメインを作ることは簡単ではなかった。
  • 今回、トリプチセン脂質が、そのプロペラ部分によって歯車のようにかみ合い、さらに周囲の脂質分子がその隙間に入り込んで糊のように固めることで、加熱してもバラバラになりにくい脂質ドメインを作ることを発見した。
  • 今回作製した脂質ドメインは、脂質ドメインの上に触媒などの機能性分子を集めることで、化学反応を促進する触媒膜、特定の分子を効率よく捕まえる膜材料、薬を運ぶドラッグデリバリー材料などさまざまな膜材料への応用が期待される。

概要

大阪大学大学院理学研究科の岩田隆幸 講師(前九州大学先導物質化学研究所 助教)、群馬大学大学院理工学府の木下祥尚 准教授(前九州大学大学院理学研究院 助教)、九州大学大学院理学研究院の松森信明 教授、九州大学先導物質化学研究所の新藤充 教授らの研究グループは、プロペラ型分子「トリプチセン」をもとに脂質様分子を設計・合成し、この分子を使って脂質膜の中に熱的に安定な「脂質ドメイン」をつくることに初めて成功しました。

これまで、脂質分子は互いに形や性質が似ているため混ざりやすく、脂質膜中で安定な脂質ドメインを形成することは簡単ではなかったため、脂質膜中に安定なドメインを作るための新たな方法論の開発が望まれていました。

作製した脂質様分子を天然リン脂質と混ぜると、トリプチセンを含む領域(脂質ドメイン)と含まない領域に分かれました。この状態は、温度を上げても58 ℃まで保たれました。高温(47 ℃以上)では両領域がやわらかく流動的な状態(流動相)にあるため、これら二つの領域が混ざり合わないことは、驚くべき結果です。

X線測定から、このトリプチセンを含むドメインは、リン脂質 2分子とトリプチセン脂質1分子の割合でできていることが分かりました。また、トリプチセン同士の羽が歯車のようにかみ合う「ギア効果」と、周囲の脂質が羽のすき間に入り込む、いわば糊としての働きが示され、この2つが働きが組み合わさることで、ドメインを安定に保っていると考えられました。

本成果は、脂質膜の中に特定の分子を集めるための全く新しい分子設計の考え方を提示するものです。ドメインの上に機能性分子を担持することで、化学反応を促進させる触媒膜や、特定の分子を集める膜吸着剤、薬を運ぶドラッグデリバリー材料など将来、様々な膜材料への応用が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」に、7月31日(金)に公開されました。

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図1. トリプチセン脂質を用いた脂質ドメインの形成

研究の背景

私たちの細胞を包む膜は、主に脂質という分子でできています。脂質膜(“海”)の中では、すべての分子が均一に混ざるのではなく、一部の分子が集まって小さな「島」のような領域を作ることがあります。このような領域は「脂質ドメイン」と呼ばれ、細胞膜では膜タンパク質などの機能性分子をこの領域に集積させることで、様々な細胞現象の発現に重要な役割を果たすことが近年明らかになっています。

このことは、機能性分子を膜全体にばらばらに配置するのではなく、特定の領域に集めることで、分散しているときには見られない新たな機能を引き出せる可能性を示しています。しかし、脂質分子は互いに形や性質が似ているため混ざりやすく、脂質膜中で安定な脂質ドメインを形成することは簡単ではありません。そのため、脂質膜中に安定なドメインを作るための新たな方法論の開発が望まれていました。

研究の内容

研究グループは、3枚の羽をもつプロペラ型の分子「トリプチセン」に、油になじむ3本の長いアルキル鎖と、水になじむカルボン酸部分を取り付けた「脂質様分子」を設計・合成しました。この分子を天然リン脂質と混ぜて膜を作製し、蛍光顕微鏡で観察したところ、30 ℃で明るい領域と暗い領域に分かれ、トリプチセンを多く含む脂質ドメインが形成されることが分かりました。さらに、この二つの領域は温度を上げても維持され、形成されたドメインが高い熱安定性をもつことが明らかになりました。

また、X線回折測定により、トリプチセンを多く含む領域では脂質の鎖が規則正しく並び、リン脂質と脂質様分子が2対1の割合で集まっていることが分かりました。さらに、膜を一層だけ広げた実験から、隣り合うトリプチセンの羽が互いのすき間に入り込む「ギア効果」に加えて、周囲の脂質分子もトリプチセンのすき間に入り込むことが示されました。この二つの働きが組み合わさることで、安定なドメインができると考えられます。このドメイン形成法は、コレステロールによる脂質鎖の整列や、水素結合などの特定の分子間力を利用する従来の手法とは異なる全く新しい原理によるものです。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究から、分子の立体的な形と「かみ合い」を利用して、脂質膜の中に安定したドメインを作る新しい設計法を示しました。得られたドメインに触媒、蛍光分子、糖やペプチドなどを集めることができれば、膜の限られた場所だけで化学反応を起こしたり、特定の分子を効率よく捕まえたりする材料につながる可能性があります。また、薬を必要な場所へ運ぶ膜材料や、人工細胞の部品への応用も考えられます。

特記事項

本研究成果は、2026年7月31日(金)に米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Triptycene-Based Lipid Mimics for Thermally Stable Membrane Phase Separation”
著者名:Takayuki Iwata, Masanao Kinoshita, Itsuki Higashionna, Nobuaki Matsumori, Mitsuru Shindo
DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.6c05364

なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費(23K04735, 20K06590, 23K05719, 22H02744, 23K24007, and 23K17919, 26K09263)、旭硝子財団若手継続グラント、物質・デバイス領域共同研究拠点基盤共同研究の一部を用いて行われました。

参考URL

岩田隆幸 講師 Researchmap
https://researchmap.jp/Takayuki_Iwata

木下祥尚 准教授 Researchmap
https://researchmap.jp/read0137619

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

トリプチセン

3つのベンゼン環がプロペラ状に配置された化合物。全ての炭素ー炭素結合の回転が抑制されているため、非常に堅牢な分子骨格を有し、各ベンゼン環の間に分子空間が生じる。本研究では、この空間に別のトリプチセンの“羽”が入り込むことで、自ら集まる性質(=「ギア効果」)に着目した。

脂質ドメイン

細胞膜をはじめとする脂質膜では、脂質同士が均一に混ざり合っているのではなく、局所的に特定の脂質が多く集まった領域を形成することがある。この領域を脂質ドメイン(=“島”)という。特に、細胞膜においては、この脂質ドメインが生命現象の発現に重要な役割を果たすことが近年の研究から明らかになっている。しかし、人工的に脂質ドメインを形成することは、簡単ではない。