
「適合するドナーは限られています」の一文で、骨髄ドナーの提供調整が進む
ドナー候補の途中離脱を低コストで抑えるナッジの効果を実証
研究成果のポイント
- 骨髄移植のドナー候補者に送る「適合通知」に、適合する登録ドナーは患者一人あたり限られているというメッセージを加えると、提供前の適格性検査(確認検査)への進行率が約7.3%上昇することを、ランダム化比較試験で実証。
- 費用対効果の試算では新規ドナー約40,880人の登録確保に相当し、年齢上限により今後5年間で見込まれるドナー減少(約10万人)の約4割を、ごく低コストで補える計算となる。
- 複数のメッセージを同時に示すと効果が薄れ、行動をうながす情報は「簡潔に伝える」ことが重要であることも明らかに。
- 骨髄バンクに限らず、希少な血液型の献血など、協力できる人が限られる場面への応用に期待。
概要
大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)の加藤大貴特任准教授(常勤)、大竹文雄特任教授(常勤)は、国立がん研究センター中央病院の福田隆浩氏、東京大学医学部附属病院の吉内一浩氏、伊那中央病院の黒澤彩子氏との共同研究として、日本骨髄バンク(JMDP)の協力のもと、ドナー候補者に送る通知文に行動経済学的なメッセージ(ナッジ)を加えるフィールド実験をランダム化比較試験として実施しました。
その結果、「1人の患者に適合する登録ドナーは限られている」ことを伝えるメッセージを加えると、提供調整の重要な節目である確認検査(CT)への進行率が、従来の通知文に比べて約7.3%上昇することがわかりました。医師は確認検査に到達したドナーの中から最適なドナーを選定するため、この効果は、移植に向けて選択できるドナーの層を広げることを意味します。
本成果は、登録済みドナーの「途中離脱」を低コストで減らす実用的な方策を示すもので、骨髄バンクに限らず、希少な血液型の献血など、協力できる人が限られる場面にも応用できる可能性があります。
本研究成果は、2026年6月18日付で国際学術誌 Journal of Economic Behavior & Organization にオンライン掲載されました(オープンアクセス)。
図1. 通知文へのメッセージ追加の仕組みと、確認検査(CT)到達率への効果
研究の背景
造血幹細胞移植は、白血病などの血液がんに対して再発率の低い有効な治療法ですが、世界的にドナー不足が課題となっています。日本骨髄バンクでは、患者が登録しても移植に至るのは約6割にとどまります。
造血幹細胞は、白血球をはじめとする免疫細胞を生み出す、いわば免疫システムの源です。造血幹細胞移植では、患者さんはドナー由来の細胞から免疫を新たにつくり直します(免疫の再構築)。ドナーと患者の適合を判断する指標であるHLA(ヒト白血球抗原)も、免疫が自己と非自己を見分けるための中心的な分子です。さらに、移植の前後の患者さんは免疫が著しく低下し、感染症に対して非常に脆弱な状態に置かれます。適切なドナーを早く確保し移植を円滑に進めることは、この感染リスクの高い時期をできるだけ短くするうえでも重要です。
移植に至らない大きな要因の一つが、適合通知を受け取ったドナー候補者が、提供調整(コーディネーション)の初期段階で辞退・中断してしまうことです。日本骨髄バンクでは、提供調整の半数以上が、ドナー側の理由で確認検査に進む前に中断していると報告されています。新規ドナーの募集には費用と限界があるため、すでに登録しているドナーの離脱をいかに防ぐかが重要な課題となっていました。
研究の内容
研究グループは、行動経済学の知見にもとづき、適合通知に加える2種類のメッセージを設計しました。
(1)マッチング困難メッセージ:1人の患者に適合する登録ドナーは限られていることを伝え、ドナー一人ひとりが「代わりのきかない存在」であるという認識を高めます。利他的な人ほど「ほかにも提供できる人がいる」と考えると意欲が下がってしまう現象(動機のクラウディングアウト)を抑えることを狙いとしています。
(2)早期コーディネーションメッセージ:早く対応するほど移植率が高まることを伝え、対応の先延ばし(現在バイアス)を抑えることを狙いとしています。
2021年9月から2022年2月にかけて、日本骨髄バンクの協力のもと、送付された計11,154通の適合通知を「従来通知のみ(対照群)」「(1)のみ」「(2)のみ」「(1)と(2)を併記」の4群に週単位で無作為に割り付け、フィールド実験を行いました(解析対象は国内在住者にかかる11,049件)。
分析の結果、(1)マッチング困難メッセージを加えた群では、確認検査への到達率が対照群(22.25%)と比べて1.63ポイント、相対的に約7.3%上昇しました。一方、(2)早期コーディネーションメッセージ単独、および両方を併記した群では、統計的に有意な効果は認められませんでした。両方を併記すると効果が消えたことは、情報過多の可能性を示しており、行動をうながす情報は簡潔に伝えることが重要であることを示唆します。
なお本研究は事前登録やパイロット試験を行っていませんが、多重比較の調整やロジスティック回帰など複数の手法で結果の頑健性を確認しています。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
費用対効果を試算すると、このメッセージの効果は新規ドナー約40,880人の確保に相当します。年齢上限(55歳)により今後5年間で約10万人が登録から外れると見込まれるなか、その約40.9%を補える計算となります。新規ドナーの募集には1人あたり相応の費用(米国の例で約150米ドル)がかかるのに対し、通知文へメッセージを加える費用はごくわずかであり、費用対効果に優れた方策といえます。
本研究で用いた「適合する協力者が限られている」というメッセージの考え方は、骨髄バンクに限らず、希少な血液型の献血など、協力できる人が限られる場面にも応用できる可能性があります。研究グループは、対象を絞った効果的なメッセージのあり方について、さらに検討を進める予定です。
本研究は、感染症総合教育研究拠点(CiDER)が掲げる、感染症と免疫をめぐる課題に医学と社会科学を融合して取り組むという方針のもと、行動経済学の手法を、免疫の再構築に直結する造血幹細胞移植の現場に応用した成果です。
特記事項
本研究成果は、2026年6月18日に「Journal of Economics Behavior & Organization」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Exploring information provision to promote stem cell donation: Evidence from a field experiment of the Japan Marrow Donor Program”
著者名:Hiroki Kato, Fumio Ohtake, Saiko Kurosawa, Kazuhiro Yoshiuchi, Takahiro Fukuda
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jebo.2026.107666
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号 20H05632、25K24681)および厚生労働省(課題番号 19FF1001)、厚生労働科学研究費補助金・移植医療基盤整備研究事業の支援を受けて実施されました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- ナッジ
強制したり金銭を支払ったりせずに、情報の伝え方や選択肢の見せ方を少し工夫することで、人々がより良い行動を自分から選びやすくする、行動経済学の手法。
- フィールド実験
実験室の中ではなく、実際の社会の現場で人々の行動を調べる実験。本研究では、日本骨髄バンクが実際に送る通知文を用いて、現実のドナー候補者の行動を観察した。
